大切な弟と文通
甘い香りを連れて寮へ戻った。
スイーツ屋の包み袋を抱えたまま、石造りの廊下を歩く。
夕暮れの光が高窓から差し込み、昼間の賑わいが嘘みたいに静かだ。
「……食べ過ぎたかも」
ぽつりと呟くと、隣を歩くアデルが肩を揺らして笑った。
「今さらだろ。最初から最後まで全力だったじゃないか」
「全力で楽しむのが礼儀です!」
そんな他愛ない会話をしながら、寮の一階、壁際に並んだ郵便受けの前で足を止める。
私の部屋番号。
鍵を差し込み、ぱかりと扉を開けた瞬間――見慣れた封筒が一通、そこに収まっていた。
「あっ」
胸がふわっと温かくなる。
差出人を確認するまでもない。
この几帳面な文字、この厚み。
「クリスからだ!」
思わず声が弾んだ。
「……チッ」
すぐ隣から、聞き逃せない音がした。
「今、舌打ちした?」
「してない」
「絶対したでしょ」
「してない」
顔を見れば、アデルは視線を逸らしている。
分かりやすい。
「可愛い弟からのお手紙ですー。マメで健気で最高なの!」
「……はいはい」
適当に返事をされつつも、私は封筒を大事そうに胸に抱いた。
「じゃあ、私は返事を書きたいから。おやすみ、アデル」
「明日は?」
唐突に、腕を掴まれる。
「え?」
「明日」
力は強くないのに、逃げにくい掴み方だ。
「筋肉痛を癒します!」
「……学園の食堂だな」
「正解!じゃあまた明日ね」
「おやすみ」
……だから。
腕、外しなさいよ。
「部屋まで送る」
「同じ階ですけど?」
「送る」
即答である。
同じ寮、同じ階層。
中央の踊り場を境に、左が男子、右が女子。
数歩で分かれる距離だ。
私の感覚では十分すぎるほど近い。
「はいはい」
半ば諦めて、自室の前に立つ。
鍵を開ける――と。
「ちょっと」
「何だ」
「普通に入ってきたよね?」
アデルは当然のように部屋へ入り、ベッドの端に腰掛けていた。
「居座った!」
「送った。そして滞在中」
「意味が分からない!」
やれやれである。
私は深く溜息をつき、アデルを視界の端に追いやったまま、机に向かった。
今はそれどころじゃない。
可愛い弟からの手紙だ。
封を切る。
『愛しい姉様へ
僕は毎日、後継者教育のために勉強と剣の訓練をしています。
姉様を守れるように、立派な当主になります』
……。
「まぁ!!」
思わず机を叩きそうになった。
「なんて可愛いの……!」
「声がでかい」
「だって!見てこれ!健気!努力家!天使!」
すぐに返事を書く。
学園の話。
魔術科の授業の大変さ。
治療室の常連になってしまっていること。
でも、ちゃんと頑張っていること。
そして何より。
『クリスが努力していると思うだけで、姉様はとても嬉しいです』
たっぷり褒めて、労って、愛情を詰め込む。
ふ、と顔を上げると――
アデルが、がっつり手紙を覗き込んでいた。
「……」
「……」
「……もう!」
「クリスに手紙を書きたいなら、一緒に入れる?」
「いや。書くわけがない」
「素直じゃないんだから!」
本当にやれやれである。
そんな私の横で、アデルが指を伸ばし、私の髪を梳いて耳に掛けた。
慣れた仕草。
触れ方が、自然すぎる。
「集中しろ」
「今、集中してたの!」
文句を言いながら、封蝋を押す。
よし。
「忘れないうちに投函してくるね」
部屋を出ると、当然のようにアデルもついてくる。
ポストに手紙を入れ、振り返る。
別れ道。
「やっぱり?」
「部屋まで送る」
「だから同じ階だって!」
「部屋まで送る」
「シャワーしたいから、部屋の前までね!!」
念を押すと、アデルはやれやれと肩をすくめた。
……それ、私の台詞だよ。
今日も変わらず、距離感が曖昧で。
今日も変わらず、少し騒がしくて。
でも。
手紙を出した胸の奥は、あたたかい。
大切な弟と。
ブレない幼馴染と。
私は、ちゃんとこの世界で生きている。
そんな実感を抱えながら、私は自室の扉を閉めた。




