座学と実技
午前中は座学。
午後は実技訓練。
この流れを考えた人は、きっと人の心を持っていない。
朝の教室は、光がきれいだった。
高い天井。大きな窓。王立学園らしい白壁。
机に座っているだけなら、知的で優雅な学生生活そのものだ。
教官が黒板の前でチョークを鳴らす。
「では、ここを解いてみなさい」
……嫌な予感。
視線が合った。
確実に、合った。
「そう。君だ。デルハイド嬢」
やっぱり私かー!!
椅子を引いて立ち上がる。
周囲の空気が、すっと静まった。
頭をフル回転させる。
魔方陣。
合計値。定和。
配置の対称性。
ああ、これ……。
前世で、ちょっと好きだったやつだ。
数式が頭の中で並ぶ。
縦、横、斜め。
中心値。
魔方陣定数。
「……このように、展開されます」
自分でも驚くほど、口が勝手に動いた。
一拍。
教官が目を見開く。
「……素晴らしい!!」
教室が、ざわつく。
「これは本来、上級生で扱う内容だ」
なぜ。
なぜこの問題を出した。
教官は興奮したまま黒板に補足を書き始める。
「このように、魔術陣とは数学的調和であり――」
私は、教室中の視線を一身に浴びていた。
やってしまった。
横を見ると、アデルがこちらを見ている。
本当に、心底驚いた顔。
「……凄いじゃないか」
久しぶりに見た、あの表情。
私は小さくガッツポーズ。
「赤点は回避」
アデルが、ぷはっと吹き出した。
「では次。ハミルトン君も解いてみよう」
しまった。
アデルが立ち上がる。
一瞬。
即答。
「正解だ」
おおー、とどよめく教室。
完全に、目立った。
居た堪れない。
……。
……居た堪れない。
午後。
実技訓練。
地獄。
魔力循環。
展開。
制御。
身体が、ついてこない。
「……なんでぇ……こうなるのぉ……」
息が切れる。
視界が揺れる。
「大丈夫だ。巡ってる」
隣でアデルが声をかける。
「巡りすぎだわ!!!」
はぁ、はぁ、はぁ……。
足元が、遠い。
あ、堕ちる。
地面が――。
アデルの腕が、私を支えた。
教官がため息をつく。
「……座学は完璧なのにな」
その言葉を最後に。
私は、暗転した。
目を開けると、白い天井。
治療室。
まただ。
入学して三ヶ月。
私はすでに、常連だった。
圧倒的に足りない体力。
気合いはある。
本当にある。
身体が、ついてこないだけだ。
治癒の先生が笑顔でポーションを差し出す。
「はい」
「……体力と筋肉が勝手につくポーションください」
「はっはっは! あったとしても出せないな!」
「……なぜぇ……」
「それがあったら世界が壊れる」
納得できるような、できないような。
「……起きた?」
声。
振り向くと、アデル。
授業が終わって、迎えに来てくれたらしい。
「実技で赤点を取りかねない」
弱音が漏れる。
「ぷはっ」
笑うな。
「大丈夫だ。一緒に鍛えよう」
「アデル教官!」
夕食後。
学園の自主訓練場。
薄暗い照明。
静かな空気。
アデルは、私に合わせて教えてくれる。
呼吸。
姿勢。
魔力の流し方。
「本当に、教官向きだよね」
「ソフィアにしか教える気がないから失格だな」
「なにそれ」
笑ってしまう。
汗が滲む。
息が上がる。
アデルの動きは、無駄がない。
美しい。
目が合う。
「なに?」
「……アデルが、カッコよ過ぎてときめいてた」
「惚れ直したってことか」
「はっはっは!」
「はっはっは!」
ブレない。
「明日に響く前に、風呂して寝ろ」
「今日もありがとう」
「ああ。また明日」
部屋に戻って、シャワー。
ベッドへダイブ。
「……明日こそ……倒れない……」
多分。
……ぐすん。
根は真面目な私であった。




