魔術の実技訓練
食堂でランチを終えた直後。
私は、人生でいちばん真剣に思っていた。
――吐きそう。
いや、正確には。
もう吐いた。
芝生の上に並べられた簡易魔法陣。
春の陽射しは穏やかで、空は高く、学園の白い校舎が遠くに見える。
雰囲気だけなら、ピクニックだ。
中身は地獄。
教官が明るい声で手を叩いた。
「はーい! 次いきましょう! 気持ちよく魔力を回してねー!」
気持ちよく、とは。
私の中で、魔力はグルグルではなく、ゴリゴリだった。
体内を無理やり循環させられている感覚。
胸の奥がむかむかして、視界が狭まる。
「な、なにこれぇ……」
声に出した瞬間、膝が折れた。
パタリ。
ああ。
また一人、天に召されかけている。
教官は慣れた様子で頷いた。
「はいはい。よくある。魔力回路が細いと、自分を傷つけるからね」
よくある、で済ませないでほしい。
「魔力は血と同じ。流れが悪いと詰まる。詰まると――」
教官は指を鳴らした。
「倒れる!」
笑顔だった。
全然、笑えない。
芝生に仰向けになり、空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。
このまま昼寝に移行したい。
「耐えるための基礎体力。足りないところは――」
教官は一拍置いた。
「気合いだ」
なるほど。
わかった。
理屈は、わかった。
だから、少し休みませんか?
心の中でそう訴えた瞬間。
「では! 走り込みを始めるぞ!」
え?
今?
今ですか?
見渡すと、あちこちで生徒が倒れている。
芝生と一体化している。
回復魔法の光がちらほら瞬いている。
「楽しい実技訓練! 開始だ!」
ひぃいいいい!
私は走り出した。
いや、正確には歩きに近い何か。
脚が重い。
肺が痛い。
魔力を回した直後の身体は、思った以上に言うことを聞かない。
隣を見ると。
アデルが、涼しい顔で並走していた。
息も乱れていない。
髪も乱れていない。
憎らしいほど完璧。
「フォームを整えて。足は前に出すだけでいい」
優しい声。
「……教官が増えた」
思わず呟くと、アデルが小さく笑った。
「励ましてるつもりなんだけどな」
夕方。
私は、魂が半分くらい抜けた状態で食堂の椅子に座っていた。
テーブルに置かれたトレー。
アデルが選んだ、私好みのメニュー。
湯気の立つスープ。
柔らかそうなパン。
胃に優しそうな香り。
ちらりと見る。
「……アデル。私、進路、誤ったかもしれない」
弱音を吐くと。
「ぷはっ」
笑いやがった。
憎たらしい。
「そこは励ますとこでしょう!?」
抗議すると、アデルは少し真面目な顔になって、私の頭を撫でた。
「今日を乗り切ったソフィアは、凄い」
なでなで。
胸の奥が、ふっと軽くなる。
「体力維持には筋肉と食事……」
呟くと、アデルがスープを差し出してくる。
「ほら。あーん」
「……おーいーしーいー」
温かい。
染みる。
アデルは、私の反応を見て満足そうに目を細めた。
シャワーを浴びて、寮の部屋へ。
ベッドにダイブ。
……。
天井を見つめる。
静かだ。
疲れているはずなのに、妙に目が冴えている。
私は、ベッドの下からダンベルを引っ張り出した。
「……少しだけ」
寝る前に、ほんの少し。
魔術も、体力も、逃げない。
根は真面目な私であった。




