学園の初授業
魔術科の教室は、
想像していたよりも、ずっと静かだった。
石造りの壁。
高い天井。
規則正しく並んだ机と椅子。
窓から差し込む光が、
床の紋様を淡く浮かび上がらせている。
前の教壇に立った教官は、
和やかな笑みを浮かべていた。
「入学、おめでとう!」
よく通る声。
「諸君は、魔術科を希望した者。
そして――選ばれた者たちが、ここに集っている」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
選ばれた。
その言葉に、少しだけ背筋が伸びた。
「希望した者は、当然だが……」
教官は、にこやかなまま、続ける。
「絶え間ぬ努力が必要だ」
……。
私のことか!?
胸の奥で、どくん、と音がした。
「魔術とは、知識もさることながら」
教官は、黒板に何かを書きながら言う。
「体力、そして気合いだ」
……。
「特に、魔力制御をミスると、
他者を巻き込み――死滅する」
一瞬、間。
「一瞬で死だ!
笑えるだろう?」
……全然、笑えない。
教室が、ぴしっと静まり返る。
「だから、最初の一年は」
教官は、淡々と告げた。
「ひたすら、基礎だ。
知識。
魔力巡回。
緻密な操作。
そして――体力を付けるための、筋力強化」
ざわざわ。
あちこちから、戸惑いの空気。
私は、
入学準備のときに、
さりげなく主張していたダンベルを思い出していた。
……やっぱり、必要だった。
隣に座るアデルが、
小さく呟く。
「当たり前の基礎からだな」
……ですよね。
「では」
教官が、手を打つ。
「授業を始める」
黒板に描かれたのは、
複雑な図形と、数式。
魔力の流れを示す線。
交点。
比率。
……。
私は、思わず、瞬きをした。
こ、これは……。
魔術?
いや。
「……数学だな」
ぽつりと、口から漏れた。
数。
配置。
法則。
魔力の量を、
どう割り振るか。
どう循環させるか。
「ここで重要なのは、
“感覚”に頼らないことだ」
教官の声が続く。
「数値化し、
理論で組み立てる」
黒板に、魔方陣の基礎形が描かれる。
縦。
横。
斜め。
合計値。
……あれ?
胸の奥で、
何かが、すっと繋がった。
難しい。
確かに、難しい。
でも。
「……分かる」
理解できる。
全部じゃない。
けれど、
どこか、馴染みがある。
理屈の組み方。
考え方。
算数と、数学と、理論。
「ここで崩れると、
魔力は暴走する」
教官が言う。
「逆に言えば、
ここを押さえれば、安定する」
……なるほど。
私は、無意識に、ノートを走らせていた。
線を引き。
丸を付け。
書き足す。
頭の中で、
霧が晴れていく感覚。
あれ。
もしかして。
――案外、いける?
心臓が、少しだけ跳ねた。
赤点。
退学。
その二文字が、
ほんの少し、遠のく。
「……!」
机の下で、
こっそり、拳を握る。
ガッツポーズ。
……よし。
その横で。
アデルが、ちらりとこちらを見る。
不思議そうな顔。
そして。
楽しそうに、
目を細めた。
その視線に気づいて、
私は、慌てて真面目な顔を作る。
……危ない。
学園の初授業は、
想像以上に、容赦がない。
でも。
思っていたより、
私は、ここに立てている。
魔術科の教室で。
数式と、魔力と、
未来に囲まれて。
私は、
ノートの余白に、そっと書いた。
――がんばれ私。
静かに、
でも、確かに。
新しい日々が、
動き出していた。




