学園の寮へお引越し
「……異世界だわ」
思わず、声が漏れた。
目の前にあるのは、
旅行カバン型のマジックバッグ。
見た目は、どう見ても普通の鞄なのに、
開けると、
入る。
入る。
とにかく、入る。
しかも、
重さ軽減。
持ち上げても、軽い。
「お金持ちでよかった!」
思わず、両手を広げた。
「貴族様々である……!」
城の荷物部屋で、ひとり感動していると。
「姉さま……」
聞き慣れた声。
振り向くと、
クリスが、目を潤ませて立っていた。
「やっぱり……行かないでください……」
……あ。
胸が、きゅっと縮む。
私は、鞄を置いて、
手を広げた。
「おいで」
その一言で、
クリスが、勢いよく飛び込んでくる。
ぎゅっと、抱き締める。
少しだけ、背が伸びた。
でも、腕の中の温度は、変わらない。
「大好きよ」
耳元で、そう言った。
「休暇には、戻ってくるわ」
「それでも……」
声が、震える。
「姉様が、いないと……僕は……」
私は、言葉の代わりに、
額に、そっと口付けを落とした。
そして、
ぎゅっと、抱き締める。
「……大丈夫」
クリスが、深く息を吸った。
「……僕も、大好きです」
そのとき。
「荷物、準備できたか?」
アデルの声。
視線を上げると、
こちらを見ていた。
一瞬だけ、
クリスを睨み付けて。
すぐに、
私に、いつもの笑顔を向ける。
「お金持ちを実感してたとこよ!」
マジックバッグを掲げる。
「見て!いっぱい入るの!」
アデルが、吹き出した。
「ぷはっ」
その横で、
クリスが、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
「……」
く、苦しい。
私は、ぽんぽんと頭を撫でた。
「よしよし」
すると、
すっと、離れてくれた。
私は、しゃがんで、
目線を合わせる。
「行ってきます」
その瞬間。
ぱっと、
クリスが顔を近付けた。
唇に、
ちゅっ。
……。
目を瞬く。
「ふふふ」
思わず、笑ってしまう。
「もう!可愛いんだから!」
行ってらっしゃいのチュウを、
もらってしまった。
私は、
頬っぺに、ちゅう。
「お返し」
「……お返し場所が違います!」
即、抗議。
その間に。
さっと、
アデルが間に入る。
私の唇を、
自分の服で、拭きまくる。
「わぷっ」
「痛い痛い!」
「……それは、俺のだから」
低い声。
「唇落ちるわ!やめい!!!」
わちゃわちゃ。
笑い声と、
足音が、重なる。
やがて。
馬車が、動き出した。
ガタゴト。
転移門を、くぐる。
視界が、ふっと歪む。
ガタゴト。
また、転移門。
三回ほど、繰り返して。
見えてきた。
王都。
「……すごい……」
思わず、息を呑む。
石畳。
高い建物。
人の流れ。
活気が、違う。
「さすがだわ」
アデルが、肩をすくめる。
「俺たちの辺境伯領と、変わらない」
「変わるし!」
即、突っ込む。
「規模が違う!」
新しい世界。
新しい場所。
胸の奥で、
小さく、鼓動が跳ねる。
新しい出会い。
新しい学び。
新しい人生。
「……地に足、付けて踏ん張らなきゃね」
ぽつりと、呟いた。
アデルが、こちらを見る。
「俺がいるから、無理するなよ」
「赤点三回で、退学なのに?」
自分で言って、
少しだけ落ち込む。
……そう。
私は、
あまり、頭が良くない。
馬車が、揺れる。
ガタガタ。
身体も、
それにつられて、ガタガタ。
その様子を見て、
アデルが、堪えきれずに笑った。
「可愛過ぎだろ」
……やめてほしい。
私は、窓の外を見ながら、
ひとつ、考えた。
この世界で。
鉛筆転がしは、
通用するのだろうか。
答えは、
まだ、分からない。
でも。
馬車は、進む。
学園の寮へ。
新しい日々が、
もうすぐ、始まる。




