温泉宿
最近、夢が濃い。
いや、正確には――
同じ夢を、何度も見る。
ソフィアだ。
今よりも、少し大人びたソフィア。
柔らかな線が、どこか儚くて、
俺の腕の中で、静かに呼吸をしている。
抱き締めると、
確かに温かい。
なのに。
次の瞬間、
その温もりが、指の隙間から零れ落ちていく。
儚く。
簡単に。
まるで、最初から存在しなかったみたいに。
落ちる。
俺ごと、世界が。
底が抜けたような感覚。
身体が、心臓が、思考が、
全部、下へ引きずられる。
――彼女だけは、助けてくれ。
声にならない咆哮。
叫んでいるのに、音にならず、
ただ、世界に溶けていく。
そこで、いつも目が覚める。
汗だくで。
息が荒くて。
胸が、ひどく痛い。
……なんなんだ、これは。
温泉宿に着いてからも、
その感覚は、消えなかった。
廊下を歩く。
畳の匂い。
湯気の立つ中庭。
ふと、前を行くソフィアを見る。
冬の装い。
少しだけ赤くなった頬。
楽しそうに、クリスと話している。
……生きてる。
それだけで、
胸が、わずかに落ち着く。
俺は、もう認識している。
初恋を、
とっくに拗らせているということを。
分かっている。
どうやっても、
軽く流される未来しか、見えないことも。
幼馴染みとして。
「大切な人」の枠の中で。
そこから先には、
簡単に踏み込ませてもらえない。
それでも。
夜。
部屋に戻る途中、
うたた寝しているソフィアを見つけた。
長旅で、疲れたのだろう。
縁側で、膝掛けをかけたまま、静かに眠っている。
呼吸は、規則正しい。
俺は、足音を殺して近づいた。
そして、
そっと。
口付けを、落とす。
触れるだけの、軽いもの。
それなのに。
胸の奥が、少しだけ、埋まった。
……初めて、口付けたあの日を思い出す。
まだ、ずっと小さかった頃。
眠っているソフィアは、
擽ったそうに、ほんの少し笑った。
あのとき、
言葉にできない何かが、
確かに胸に残った。
不思議な感覚。
あれが、始まりだったのだと、
今なら分かる。
手離したくない。
理由なんて、いらない。
必ず……
俺も……。
そこまで考えて、
ふっと、現実に引き戻される。
――そうだ。
温泉だ。
一緒に、温泉に入る。
それだけでいい。
今は、それで。
同じ湯に浸かって、
同じ空気を吸って、
同じ時間を過ごす。
それだけで、
彼女が、ここにいると確認できる。
……結局。
俺は、
一緒に温泉に入りたい気持ちで、
頭がいっぱいなだけだった。
我ながら、単純だ。
それでも。
夢の中で、
あんなふうに失うくらいなら。
今、この距離に、
しがみつく。
それが、今の俺にできる、
唯一の選択だった。




