デルハイドとハミルトン
デルハイド辺境伯城の温室は、
一年を通して穏やかな光に満ちている。
大きなガラス越しに差し込む日差し。
湿った土の匂い。
咲き誇る花々が、柔らかく揺れていた。
「やっぱり、ここは落ち着くわね」
ミラ・デルハイドが、花の世話をしながら微笑む。
「ええ。本当に」
隣で同じように手を動かしているのは、
サラ・ハミルトン。
二人は、学園時代からの親友だった。
「昔から変わらないわね、私たち」
「変わらない方が、いいのよ」
くすりと笑い合う。
少し離れた場所では、
ルカ・デルハイドと、ノア・ハミルトンが
温室の椅子に腰掛け、茶を飲んでいる。
「しかし……」
ルカが、苦笑交じりに切り出した。
「最近、アデルがな」
「また何かやらかしました?」
サラが、楽しそうに振り返る。
「クリスに対抗して、
ソフィアと一緒に寝たいと言い出した」
一瞬の間。
そして。
「まぁ!」
「それはまた!」
ミラとサラが、声を揃えた。
「良いのではなくて?」
「仲が良い証拠ですもの」
即、肯定。
ノアが、額に手を当てる。
「それは、ダメだろう」
真っ当な意見だった。
「年頃の娘だぞ」
「そうかしら?」
ミラは首を傾げる。
「小さい頃から一緒に育ってるじゃない?」
「家族みたいなものよ」
サラも、うんうんと頷く。
「アデルは真面目だし」
「ソフィアは賢いし」
「仲良しなのは、健全よ」
ノアは、ゆっくりと息を吐いた。
「……だからこそ、線引きが必要なんだ」
だが。
誰も、深刻には受け取らない。
この場にいる全員が、
愛情表現に、ひどく慣れていた。
抱きしめる。
撫でる。
言葉にする。
愛は、溢れていて当然。
だから。
子どもたちの距離が近いことも、
独占欲が強いことも、
「仲良し」で片付けてしまう。
「それにしても……」
ミラが、ふと、遠くを見る。
「学園へ行っちゃうのよね」
「寂しいわね」
サラが、しみじみと言った。
温室の空気が、少しだけ柔らかく沈む。
「本当に」
「家が、急に静かになるわ」
ルカとノアも、黙って頷く。
その沈黙を破ったのは、
ミラの、ぱっと明るい声だった。
「……そうよ!」
「何か、思いついたの?」
サラが、身を乗り出す。
「増やしましょうよ!」
「え?」
「次は、女の子を産みたいわ!」
一瞬、時が止まる。
そして。
「まぁ!」
「それは素敵!」
二人は、すぐに意気投合した。
「じゃあ、私たちも」
「頑張っちゃいましょーか」
くすくす。
笑い声が、温室に広がる。
「……話が飛躍しすぎじゃないか?」
ノアが呆然と呟く。
「今さら何を言ってるの」
サラが、肩をすくめた。
「あなたも、その気でしょう?」
「……否定はしない」
ルカは、穏やかに笑った。
「家族が増えるのは、良いことだ」
花々は、変わらず咲いている。
子どもたちは、今日も仲良く――
少なくとも、大人たちの目には
そう見えている。
こうして。
今日も、デルハイドとハミルトンは平和だった。
誰一人として、その平和の中に、
小さな歪みが芽吹いていることに気づかないまま。




