狡猾なアイツ
……おかしい。
最近、明らかにおかしい。
なんだ、あれは。
どうして、あんなにも――
距離が、近い。
俺は、廊下の向こうを見て、眉をひそめた。
ソフィアの隣。
当たり前のように並んで歩いているのは、
――クリス。
いや、正確に言うなら、
くっ付いている。
腕が触れるどころじゃない。
半分、抱き付いている。
「……近過ぎるだろ」
思わず、声に出た。
すると、クリスがこちらを振り返る。
「毎日、一緒に寝てますから」
にやり。
勝ち誇ったような笑み。
……。
一瞬、思考が止まった。
毎日。
一緒に。
寝ている。
――なんて、羨ましい。
……違う。
違う、違う。
羨ましいとか、そういう話じゃない。
あいつは、
狡猾だ。
計算している。
絶対に。
年下だから許される距離。
弟だから許される接触。
「家族」という免罪符。
それを、最大限に利用している。
狡い。
本当に、狡い。
「……俺も一緒に寝る」
気づけば、口が勝手に動いていた。
ソフィアは、こちらを見て、
にこっと笑う。
「はーい!
却下で~」
軽い。
軽すぎる。
「それはないだろう!?」
思わず声を荒げる。
「俺は幼馴染みだぞ!?」
「だからでしょ」
即答。
……反論できない。
「ソフィアの弟は、危ないヤツだと思う」
真剣に言った。
あいつは、
距離感がおかしい。
独占欲が強すぎる。
俺のソフィアに、平気で触りすぎだ。
だが。
「はいはい」
完全に、糠に釘。
話を聞く気が、まるでない。
「クリスは可愛い弟ですー」
……そうやって、全部流す。
最近、ずっとだ。
胸の奥が、ざわつく。
焦り。
苛立ち。
言葉にできない、不快感。
それに追い打ちをかけるように。
最近、夢を見る。
いや。
夢、というより。
――ソフィア、だ。
夜、目を閉じると、
そこにいる。
笑っている。
呼んでいる。
手を伸ばしている。
なのに。
少しでも離れようとすると、
胸が、締め付けられる。
行くな。
離れるな。
置いていくな。
夢の中の俺は、
必死に縋っている。
目が覚めると、
汗だくになっている。
呼吸が荒くて、
心臓が、うるさい。
残るのは、
ひとつだけ。
――ソフィアから、離れてはダメだ。
理由は分からない。
ただ、そう思う。
理屈じゃない。
「……辺境伯さまに、頼んでみる!」
勢いで言った。
ソフィアの父。
デルハイド辺境伯。
この家の主。
この領の、絶対的存在。
俺は、
一緒にいられる理由を、
正式に作ればいい。
家族同然。
幼馴染み。
将来を見据えた関係。
そうだ。
それが、一番、確実だ。
後日。
俺は、
辺境伯さまの前に立っていた。
背筋を伸ばし、
真剣な顔で。
「……それは、ダメだろう」
即答だった。
「ガーン」
声が、漏れた。
いや、違う。
漏れたというより、
心の中で鳴った。
「君の気持ちは分かるが」
辺境伯さまは、穏やかに言う。
「年頃の娘に、
男が同室で眠る理由にはならない」
「ですが!」
食い下がろうとしたが、
視線だけで制された。
「弟とは、違う」
……分かっている。
分かっているからこそ、
納得できない。
部屋を出たあと、
廊下で立ち止まる。
拳を、ぎゅっと握る。
狡猾なのは、
クリスだけじゃない。
――俺も、だ。
それでも。
ソフィアは、俺の。
誰にも、譲る気はない。
その思いだけが、
胸の奥で、静かに、
――確実に、根を張っていた。




