どうでもいい存在
ここから先の舞台はアドリブだ。村人たちからボクに立ち向かってくる奴がいるか、それともいないのか。この選択は舞台をより面白くするのに重要な局面だ。
「誰もいないのか…。ならば……俺が行く」
「ちょ、ガルド。あんた本気なの?」
「ん、なになに。冒険者君たちはボクを楽しませてくれるのかい?」
剣を抜きながら軽く戦闘態勢に入る。一歩前に出始めたのは20代から30代に見える筋肉質な男。しかし筋骨隆々って感じではなく、細マッチョと言った方がいいかもしれない。
「ガルド。あんたは相手が誰だかわかっているの?魔王軍幹部、あの十二騎士様達でさえ一目置いている存在よ?」
「わかっている。こいつがそこら辺の魔獣や魔族とは全く違うことも。さっきの惨劇を見れば誰だって理解できる」
「じゃあ……なんで」
「俺は試したいんだ。この世界の強者ってやつを、この肌で感じてみたいんだ。だから、どうかこの愚かな選択を許して欲しい」
「あ〜…そんなこと言っているのに申し訳ないけど、強さの頂とやらを感じるより前に死んじゃうと思うけど、それでもいいの?」
「ちょっと黙っていてくれないか。今俺の女と重要な決断をしているんだ」
「…それは…ごめん。話が終わったら言ってー」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られろってどこかでみたことある気がするからね。多分、ティアがくれた小説に書いてあったと思うんだけど。
「ああ。…それで、どうなんだ?お前は俺についてきてくれるか?」
「全く………いいわよ。ついていってあげる」
「ありがとな。それじゃあ、魔王軍幹部さんよ。戦いをしようぜ。俺らは覚悟ができた」
「はいはーい。…でもその前に、1秒だけ待ってもらっていいかな?ボクも20秒は待ってあげたんだからいいよね?」
「……村人に危害は加えるな」
「さあ?それは知らないけど。<拘束>」
ボクは剣をしまって<拘束>の魔法を使い、村人たちを全て拘束した。でもそれはただ拘束しただけじゃなくて、一点に集めて空中に立方体を作ってそこに閉じ込めたって感じ。だから体は動かせるけど、小さな箱に入ってしまった彼らは実質的に身動きは取れない。
「な、こんな一瞬で…」
「魔法までも扱えるのね…」
「ボクは仮にも魔王軍の切り札だからね。剣術の他にももうひとつぐらいは戦える術を持っているよ」
拘束されたキューブの中で混乱してもぞもぞと動いている奴らを見るとなんだか気持ちが悪くなってくるな。ウジ虫みたいで。
「…さて、やろうか」
ボクは軽く飛び跳ねて1発回し蹴りを入れる。ステータスを全開放していないとは言え、5万ぐらいの筋力が乗った蹴りは簡単に受け止めることができる代物ではない。
実際ガルドとか名乗った冒険者が胸の辺りで剣を構えて蹴りを流そうとするも、かえって剣にヒビが入り、耐えきれずに吹き飛んでいった。
「あらら。まだ剣すら使ってないのに吹き飛んじゃったねー。内臓が潰れたりしてないといいけど」
「痛ってぇ……」
「お、まだ立ち上がれるんだ。よかったよかった」
家にぶつかった衝撃で建物が崩れたため、瓦礫の山に下敷きなったものの、なんとかその瓦礫から立ち上がるガルドの姿があった。
「今の蹴りで腹に随分とダメージをもらったぜ…」
「そう?じゃあダメージをもう貰わないように殺してあげよっか?」
「いや、まだだ。まだお前は剣すら使ってねえじゃねえか」
「そうだね。でも使うまでもないし…。あ、そうか。ボクはまだ剣を使うつもりはない。けど君は剣を使って欲しい。そうでしょ?」
「そうだな」
「けどボクは強い相手にしか剣を使いたくないんだ。だから、君が本気を出せばいい。ボクがそのお膳立てをしてあげるから」
「お膳立て…?」
ボクは冒険者が喋っている間に、隣に居た女冒険者を誘拐した。いやまあ正確には気絶させただけだけど。
「さ、今ボクの手元には細い女の首がある。ボクが手に力を込めれば、簡単に首が折れて一瞬で死ぬだろうね」
「お前………!」
「これで君はこの女を取り返そうと本気でかかれる。負けを前提にして戦っている相手が本気を出して戦ってくれるわけがない。そうでしょ?だからボクは優しいから君の枷を外してあげたのさ。早く来ないと、女が一瞬で肉塊になるよ」
「お前…。…うぉおおおおお!」
腹の底から唸るような声をあげて向かってくる。もちろんボクは女を手に持ったまま、ヒョイっと軽く避けてやった。まだ全然避けられはするものの、さっきよりかは手に力が入っているらしい。
「まあいい感じだね。可哀想だから剣ぐらい使ってあげようかな」
左手で剣を抜き、そのまま構える…ことはせず、流れで右手に持っている女を突き刺した。女はまだ気絶していたものの、剣を突き刺されたために痛みで強制的に覚醒し、数秒もがいた後にパタリと動かなくなった。突き刺された腹部からは多量の血が出血し、ボクの鎧へと血が滴り落ちている。
ボクは女をそこら辺の地面にポイっと投げ捨てて、汚れてしまった鎧を気にする。
「全く。これじゃあこの鎧を1番見せたい人に見せるときに示しがつかないじゃないか」
「貴ッ様………!!!」
「どうしたの?別にボクは君らの命を保証したわけじゃないし。むしろ最初っからずっと君らを殺すために来たって言ってるよね?なのになんで君はそう叫ぶのさ」
「ああ……ああ!」
「…‥壊れちゃったかな。じゃあもういいや。君はもういらない」
ボクは壊れてしまった男を剣でスパッと切り刻んでこのくだらない茶番劇を終わらせた。