名前
ヴェラさんにつれられて魔王城の周りの集合住宅のような場所に入って行った。ざっと1000はある家々が理路整然と並んでいるように見えるが、意外とそうじゃない。
例えば窓のついている向きが違ったり、人が通れるかわからないぐらいの隙間しか空いていない家同士だったり、逆に露骨に間が空いている家があったりと。おそらくそれぞれの近所同士でコミュニティーが形成されているんだろうな。
そしてボクはこの住宅街の端の方、『569』と書かれた家に案内された。
どうやらこの家々は魔王城に近ければ近いほど表札の数字が小さくなっていき、それは魔王軍の序列順に割り振られる。
今の住宅街で『1』の番号の部屋に住んでいるのは准幹部筆頭のヒリアさんと言う男の竜人の方らしい。なんでも最近加入した竜人族なのにその圧倒的な武力から准幹部筆頭まで成り上がったとのこと。
いつか手合わせをお願いしたいな。
「それでは私はこれで。こちらがこの家の鍵となっているので自由に出入りしてもらって構いません」
そういうとヴェラさんは魔王城の方へ戻っていってしまった。
先ほどもらったこの『鍵』と言うものを使ってみる。クルガが使っていたのを見ていたから使い方はなんとなくわかる。
確かこの少し空いている穴にこの歪な形をしている部分を差し込むはず。
はまった!
そしてそのままどっちかに捻る!
ガチャッ
「あ、開いた」
こうやって使うのか。クルガのことを見ていなかったら分からなくて魔王城に逆戻りするところだったよ。
家の扉が開けることができたのでさっそく中に入ってみる。
最初に靴を脱ぐ場所があって、その奥の扉を通ると広いスペースに出た。こういう場所をなんて言うんだっけ。えっと……リビング…みたいな感じだったと思う。
そのリビングにはテーブルや鏡、ソファに椅子などの家具が置いてあり、めちゃくちゃ快適に過ごせそうだった。
広さ的にもまあまあ広く1人で住むには十分な広さがある。魔族ってこんなに裕福なのか。もしかしたら昔の家族の家よりも広いかも。
家具とか以外の設備はよくわからないものが多かった。机や椅子、棚はわかるけどその他のものは全くわからない。なんなんだろ。
唯一分かった?のは机の上に置いてあった宝石のような玉だった。白色というか濁った透明色をしている綺麗な球体だ。
その玉に顔を近づけて遊んでみる。自分の顔が映ってなんだか面白い。だって人生で初めて自分の顔をまじまじと見る機会だったんだから。剣を通して見たことはあるけどあくまで気持ち程度だ。
ボクって銀色の髪をしているんだ。あと目は色が両方緑色。そういえば妹も似たような感じだったかも。銀色の髪は覚えてるけど、目はどうだったかな。
まあいいや。あいつのことなんて。
そのあとは家の中を散策したり剣の手入れをしたり。そして結局玉を見て遊んでいた。初めて見る物は眺めるだけでも楽しいんだ。
しばらく見ていると玉がいきなり紫に光出して、玉の色自体も紫色に濁っていく。
「あー。あー。聞こえているか?」
???
「この声は?魔王様?」
「お、聞こえているみたいだな。どうだ?人生ではじめての水晶玉を通しての会話には驚いたか?」
この玉って水晶玉って言うんだ。
「なんなんですかこれ?いきなり紫色に光出して、そしたら魔王様の声が聞こえて」
「これは遠くの人とでも話せる便利なアイテムだ。魔王軍はこれを使って連絡することも多いから覚えておいた方がいいぞ」
「そうなんだ……」
「さて、本題に入ろう。数時間前に言った通り魔法の適性を調べたいってことだからうちの魔法使いのエースに来てもらったぞ。だからもう一回魔王城に戻ってきてくれないか?」
「わかりました。魔王の間でいいんですか?」
「そうだな。魔王城は複雑だからさっきみたいにヴェラを城門に遣わせておいたから案内してもらえ。魔王の間に来たらちょっと話しがあるから時間を取るぞ」
「話ですか。わかりました。今すぐ行きます」
そういうとボクは家を飛び出して魔王城へ向かった。
※※※
魔王城に着くと魔王様が言っていたようにヴェラさんがいてそのまま魔王の間に通される。
もう2回目だからかあまり緊張しない。魔王様の姿もわかってるわけだしね。
入室すると魔王様の隣にはヴェラさんと似た雰囲気を持つエルフの女性がいた。
この人が魔法使いのエキスパートなのだろうか。
「勇者君、今私の隣にいるのが魔法使いのサラだ」
「こんにちは。勇者君。魔王軍幹部第5席、サラと申します」
「こんにちは……」
なんだろう。このヴェラさんと似た雰囲気は。家族なのかもしれないけど種族は違うから親戚かな?それとも赤の他人なのかな?
「話に入る前に決めたいことがあってな」
「決めたいこと、ですか?」
「ああ。お前、ステータスプレートの名前の欄、塗りつぶされていなかったか?」
「……。よく覚えていましたね……」
「そりゃ数時間前に見たことぐらい忘れないわ。元々はお前の名前をそのまま使おうと思っていたんだけどな、どうにも名前がわからないと言うことは決めるしかないだろう?ずっと勇者君呼びしててもこっちが疲れるし何よりお前の肩身がせまい」
うんうん。
「だから名前を決めたいんだが……自分で「この名前がいい!」と言う願望はあるか?」
「んー。なんでしょうか。今までずっと勇者と呼ばれ続けてそれに不自由を感じて来なかった。いや、感じることができなかったですからね。いきなり願望と言われても…」
「そうか。なあお前ら、勇者につけるいい名前ないか?」
魔王様が幹部の人たちの方をみる。
(いい忘れてたけど今魔王の間には10人ぐらいの方がいる)
みんな話が振られるとは思っていなかったのか目を泳がせたり、誤魔化そうとしたりしている。
「お前ら、まさかここに呼んでおいて話が振られないと思ってたんじゃないだろうな?ただ勇者を一眼見るだけだと思っていたのか?」
「いやー、まさかそんなことは。あはは」
「俺らも考えていましたよ。うんうん、考えてた……」
いっせいにとぼけ始めるし。大丈夫かな。
しかしその後は幹部の皆様があーでもないこーでもないと言いながらボクの名前の候補を挙げていく。
中にはカッコいい名前だったり、可愛い名前だったりとバリエーションがあった。
これらの中から選んでもいいんだけどせっかくなら自分の名前を自分で考えてみたいよね。…………ホントに思いつかないんだよな。んー。
ラ、ラ、ラミ……。
「ラミア」
「「「…………」」」
時が一瞬にして止まった。
「お前今なんて言った?」
「え、何か言った?」
「言ったさ!」
「えっと……ラミア」
「……いい名前じゃないか!ラミア、お前にぴったりな名前だ」
「え、いや、そう言うのじゃなくて……」
「ラミア。神話に出てくる怪物の名前だな。人間を殺したいっていう自分の気持ちに重ねてるんだな」
「…………………」
そんなに深く考えていなかったが言われてみればいいような気がしてきた。ラミア、か。単純に語感が良かった単語をいってみただけなんだけどな。
でも案外、自分でも気に入ってるから万事オッケーかもしれない。
「というわけで、勇者君。これから君はラミアという名で生きることになる。それでいいんだな?」
「はい。異論はありません」
「そうか。なら名前が決まったわけだし、本題に入ろう。さっき紹介したサラが魔法適性を測ってくれるからあとはサラ、任せてもいいか?」
「大丈夫ですよ。魔王様。ラミア君、とりあえずこちらにきてもらえますか?」
言われた通りにサラさんの方へ向かう。
あれ、この展開どっかで見た気がする。
「それでは訓練場にテレポートしますね」
「あ、ちょ待っ……」
ボクの叫び虚しく、テレポートさせられてしまっていた。