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過去の最期

この話で不思議な精神分裂の話は終わりです

「剣が……呼んでる…」


 剣を覗くと、そこには深い深い景色が広がっていた。さまざまな、移り変わっていく景色。草原や、砦、街並みなど。本当に、色々な場所だ。


 けどどれも共通点がある。


「この光景は…ボクが、生み出したの?」


 折り重なる死体の山。けれどそれは魔族のものではない。人間の死体だった。


 幾千もの人間の魂がこの剣には宿っている。その魂が吸収された場所を、この剣は覚えていたのだ。


「つまりボクは…人殺し。ボクは……勇者じゃなかったの?」


「ミア……」


「なんでだ、何が起こったんだ!ボクが勇者になってから、この景色が広がるまでの間に!」


「…いや、そもそもボクは本当に勇者になったの?あれはただの虚像で…ボクの妄想だとしたら……」


「もうやめて!」


 横からいきなりしがみつかれる。


「ど、どうしたの?」


「これ以上は考えちゃダメ!ミアが…ミアでなくなっちゃうから…」


「どういうこと…?ボクは今ここにいるんだよ?いくら精神が分裂しているとはいえ…」


「その後半が問題なの!あなたは…精神が一度壊れている。それなのに分裂なんてしたら…修復できない可能性もある。さらに、自分の過去も否定し始めたら今までの人生がないも同然になっちゃうんだよ?その意味がわかってるの?分裂した過去が、もう自分の記憶としてはなくなっちゃうってことなんだよ?」


「………」


 そこまでの考えは及んでいなかった。けれど、勝手の体が動いてしまう。もう一度剣を見て、何かに引き込まれる。


「この景色は……。この人たちは……」


 剣に写っていたのは、どこかの牢獄。そこ写っているのは紛れもなく自分だった。鞭で叩かれて、地面に這いつくばって血を吐いている。


 拷問のような景色に思わず剣から目を背けてしまう。


 そして目を逸らした時に、姿が重なる。


「あゝ!」


「大丈夫⁈。深呼吸して」


「ふぅー、ふぅー」


 今視界に映ったのは、ボクの目線。下から見上げる目線だ。目の前には男の人がいて。鞭で叩いたり剣で切り裂いたりしていた。


 じゃあなぜ……この剣はその景色を覚えているんだ?


「もしかして……ボクは一度死んでいる?」


 考えなくなかった可能性が脳裏をよぎる。この剣の特性として切った魂を覚えるというものがある。それはさっきまで光景がフラッシュバックされていたのが証拠だ。


 そしてそれは逆にいえば魂が切られないと覚えていない。なのに剣はボクが奴隷のように扱われていることを覚えていた。それはつまり、ボクは一度この剣によって死んでいる。


「ねえ……ボクは一度、死んでいるの……?」


「何を…言っている…?」


「ボクはこの剣で確実に切られていた。でもボクは生きてここにいる。ボクは……蘇生されったってこと…?」


「…………そうなるね」


「知っていたの?ボクの過去を。ボクの未来を。それを知っておいて、どうして何も……」


「…しょうがなかったんだよ。死という事象はとても重いもの。それを安易に人に伝えたりするのは御法度。だから…いくらミアとはいえ伝えられなかった」


「そんな………。じゃあボクの魂は、生まれた時のものとは違うの?」


「そんなことは…ない。ただ少し、濁っている」


「濁ってる?」


「魂の濁り。それは生き物としての一般的な感覚を鈍らせるもの。魂が濁る場合として、同族を殺したり残虐なことをすることが挙げられる。…けど、それをするにはそもそもの基礎的な耐性が必要なの。一般人はさっきあげたような行動をすると魂が濁る以前に耐えきれないのよ。けどミアはそれができる。前からずっと不思議に思ってたの。ミアはなんで同族を殺すことに抵抗が少ないんだろうって。でもそれは多分、魂を濁らせる第3の選択が行われたから。それが蘇生行動」


「そんな……」


「蘇生っていうのは、何も代償がないのにできるわけではないのよ。それなりの対価が必要が必要。それが魂の純潔さ。魂を濁す代わりに復活することができる。ミアが一度殺された理由は……よくわからない。ただの事故だったのかもしれないし、意図的なものだったのかもしれない。けど殺しに慣れさせるという面では、蘇生という手段は有効なのよ。特に勇者という職業においては」


「勇者?」


「そう。勇者は職業柄、たくさんの命を自らの手で殺めないといけない。それなのに殺しをいちいち躊躇っていたら話にならないでしょ?だから強硬手段が取られたのかも。元々、勇者には殺しに対する免疫があるんだけどね…。ミアは強いから、元来の耐性だけじゃ殺しに耐えられないって判断されたのかも」


「そんな………。それじゃあボクは……ただ選ばれて、殺されて、いい駒になっていただけじゃないか!そんな人生……嫌だよ」


「でもそれを乗り越えたのよ。未来のあなたは」


「え?」


「そうでしょ。だから今私と会っている。すごいと思わない?未来の自分がさ」


「…少し、誇らしいかも…」


「でしょ。だから誘導するようになるけど、体を渡してくれる?君の中にいる人にさ」


「ボクの中に…いることがわかるの?」


「もちろん。これでも親友だからね」


「…………わかった。決心がついたよ。未来のボクは、ボクが思っているより大物みたいだ」


「うん。そうだね」


「じゃあ体を渡そうかな。ありがとう。短い時間だったけど。…時間で言うと3日ぐらいかな…?」


「そうね」


「…最後にさ、謝罪したい。路地裏で見た時に、ボクは君を殺そうと思った。人間が正しいと思って。でもそれは間違いだった。間違っていたのはボクだ。ごめんね」


「気にしないで。目が覚めたらそのミアをボコボコにしてあげるから」


「あはは、お手柔らかに。じゃあバイバイ。本当に」


「また会おうね。過去のミア」


※※※


「…おはよう。これを君に言うのも最後になりそうだけどね」


 何度目かのこの景色。


「未来の私は……思ってたよりも強いんだね」


「もちろんさ。なんてったってボクは、この世界で最も強いんだから」


「それは言い過ぎじゃない?」


「あはは。バレたか。でも、そうだね。ボクは昔の自分が思うよりも強くなってるみたいだね。精神的にも、肉体的にも」


 笑顔でいる私が目の前にいる。それはとても不思議なことだ。今の自分であれば笑うなんてことは到底できっこない。けど、未来の私はそれができている。どん底の人生から、いつしか脱却している。


「そうみたい。…ところで最後の質問をしてもいい?」


「いいよ」


「私は…全部の記憶を集められたの?」


「うん。ボクが生まれて、勇者に選ばれて、王都で拷問に近い行為を受けて。魔王軍に寝返って、人間を殺して。そこまでの道筋を辿ってきたんだ。君も、ボクも」


「……そう思うと過酷だね。私たちの人生は」


「うん。でも過去に重いも軽いもないんだよ。あるのはただ過去から生まれた想いだけ。その想いが軽いか重いかってことだと思うんだよね、ボクは」


「それは……そうかも」


「でしょ?だから何が言いたいのかっていうと、過去にこだわるのは良くないってこと。時々思い出すぐらいがちょうどいいんだ。今回みたいに何かをきっかけにしてね。じゃないと、ボクらは過去の亡者になっちゃう」


「なにカッコつけてるのさ」


「いいじゃん。もう最後なんだからさあ。早くお別れしよう。どうせ、ボクらはまた会えるんだから」


「確かにね。私が君に吸収されるだけならまた会えるか。君が問いかけてくれれば」


「ああ。ボクが過去を見ようとするたびに、君と会うことになる」


「じゃあ、私は君と一体になろうかな」


「そうしてくれると助かるよ」


 そう言って、過去の自分は今の自分に近づいてきた。


「じゃあまた会おう。またね、ボク」


 最後には、何も言わなかった。ただハグをして、ボクの中に過去が入ってきた。





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