初めての景色
「そうか……そんなことが……」
記憶を失ってしまっているミアを医務室に運んだ後、魔王様を呼んできた。
ミアの容態を話し、魔王様は愕然としていた。
「ミア、わかるか?我のこと」
「……ううん。わからない。君が誰なのか」
「そうか……」
魔王様のことすら思い出せないという事実が胸に突き刺さってくる。
「とりあえず、このことは伏せておこう」
「幹部の皆さんにも?」
「ああ、現状の把握ができるまでは。ミアの記憶喪失がどれほどまでのものなのか。それがわからないとどうにもな。ましてや、今一番危惧するべきはいきなり記憶が戻ることだ」
「なんで、ですか?」
「ミアは一度、人格が壊れているんだ。王都にいた頃にな。つまりミアの体や精神はもとより弱っている。ならば、その状態で記憶が戻ればその負荷に耐えきれずに精神が壊れてしまう可能性だってある。何か些細なことが引き金となって」
「その引き金が幹部の方と会うことだったら……」
「そうだ、それが一番ケアすべきことだ」
「けれど…それではミアの記憶を戻すにはどうすればいいんですか……?」
「それは我にもさっぱりだ。できることなら、我だっていつものミアの笑顔が見たい。出来るだけ早く」
「そんなの……決まってるじゃないですか…」
「ティア……」
「私にとって、ミアは一番の親友なんです。失いたくなんか…ないですよ。私の…心の支えはいつだってミアでした。はじめての戦場でも、モンスーンでも」
「………」
「それに私、まだミアから答えを聞けていません」
「なんの答えだ?」
「ウーロンの海の真ん中で、ボートの上に2人っきりの時に、私はミアのことが好きだと伝えました」
「ちょ、は?そんなの聞いていないぞ」
「そらそうですよ。言ってないんですから」
「……なるほどな。そういうことなら、その答えを聞かないといけないよな」
わかりやすく前を向き魔王様の目の色も変わった。
「まずはミアの状況を把握するんだ。どれほどの記憶喪失が起こっているかを」
ミアの方に近づき話しかける。
「今、自分の名前を思い出せるか?」
「思い出すも何も…私には名前がないはずです」
「何?」
「親から何も言われてないですから。名前なんてありません」
「なあティア。どういうことだ?」
「さぁ。私にも皆目見当がつきません」
「というか、あなたたちは何者なんですか?それにこの場所も」
「あー、えっと、そうだな……」
「私たちはあなたを看病しているの。倒れているところを見つけたから」
「そうですか……ありがとうございます。けど、私はもう大丈夫なのでこれで失礼します」
「「ちょっと待って!」」
2人して大きな声を出したからか少し引いたリアクションが見られる。
こういう反応のミアも悪くはない……。
「?なんですか?」
「まだ治ってないかもしれないから、ね?」
「そうだ。まだそこで安静にしてしているんだ」
「で、ですが……」
「いいんだ。迷惑になんかならないから、な?」
「は、はい。……というか本当にここはどこなんですか?見た感じ村の中ではないと思いますし…」
「そうだな……」
(なあ。何て説明するか?)
(わからないです。魔都ですって正直に答えるとまずいですかね?)
(それは避けたいな……)
「ここは……まあ簡単に言うと寄り合い所みたいな場所だ。君みたいな人が沢山いる」
「うーん……」
「ん?どうかしたか?」
魔王様が自然な流れで会話を続ける。
「いや、なんかこの景色を昔に見たような気がしてですね。なんだったかは思い出せそうにないんですけど…」
「そうか。今は無理をしなくていい。またちょっとしたら戻ってくるからゆっくりしていろよ」
「はい」
「じゃあまたね」
私たちはミアの方に背中を向けて医務室を去った。
「なあ、1つ気になったことがあるんだが」
医務室を出たところすぐの廊下で魔王様に話しかけられる。
「なんですか?」
「ミアのステータスは今どうなっているんだ?」
「さあ?」
「親友として助けたい面が9割だが、残りの1割は仕事上だ。ペンタグラム筆頭が倒れていては敵わない。まして、ステータスが下がっていたなんてことがあったら……」
「では確認してみればいいじゃないですか。魔王様ならそれが出来るはずです」
「それもそうだな」
そう言って魔王様はミアの方に手をかざし、魔法を発動させる。
「<アナリシス>」
名前 ラミア(記憶喪失)
職業 魔剣士
レベル 113
<物理攻撃力>25640
<魔法攻撃力>19520
<速力>29110
<魔力>18270(20100)
<防御力>21230
スキル 剣術レベル10(20) 水魔法レベル10 火魔法レベル9 雷魔法レベル8
特性 職業『魔剣士』により<魔力>、剣術レベル上昇
「どうやら、変わっていないようだな」
「ですね……。それにしても、相変わらず桁違いのステータスだな」
「同感だ。これほどのステータスを持っているとなると体が危ういんだが、ミアはそれが一切ない」
「けど、肉体的にはなくても精神的に負荷がかかりすぎてますね」
「困ったなぁ」
手を頭の後ろに持っていき頭を抱える素振りを見せる。
「?どうしたんですか?」
「どうしたも何もないだろ。今戦場は熾烈になっているんだ。何回も言っているようにモンスーン以降戦場は激化している。さらには勇者の誕生。勇者に関してはまともな対抗策がミアしかいない。それなのにあの状態では戦うことは愚か、人の血を見ると吐いてしまうだろう」
「そもそも、我らがが魔族だっていうことを理解しているだろうか」
「それに関しては大丈夫です。幻覚魔法で私たちが普通の人間に見える様にしておきましたから。即座に暴走されても…って感じですからね」
「ありがとうな。だが……もしミアが勝手に街に出て行ったらどうなると思う?」
「それはなんとも。少なくとも、混乱はするでしょうね。その場で気絶してもおかしくはないです」
「そうか……。とりあえずは、このことを幹部のやつには伝えるか。ミアに会わせなければいいだけだしな」
「その間、ミアがおとなしくしているかどうかですが…」
「まず無理だな。命令やお願いは聞くが、それは信頼関係があるという前提での話だ。あいつから見たら今、我らは得体もしれない『誰かさん』なんだ。待機しろという長時間の命令は聞き入れないだろう」
「強硬策を取りますか……」
「ミアには少し、申し訳ないがな」
そう言って再度、ミアのいる医務室に入ろうとした。が、そこで魔王様に袖を引っ張られた。
「ちょ、待て。あいつに催眠魔法をかけようとしているならここからじゃないとダメだ。視認されてから魔法をかけられたということを認識されれば我らが敵と思われる」
「そ、そっか。………ミア、ごめんね。<スリープ>」
私が持ちうるありったけの魔力を使ってミアに催眠魔法をかけた。
「あれ…。なんだか眠くなって……」
バタン。
「<チェイン>」
ミアが眠ったのを確認して拘束魔法を唱える。足と手はこれで拘束されたのでそう簡単には抜け出されないだろう。
「本当にごめんな。ミア。我らが会議している間だけ眠っておいてくれ」
「というか、私の全力の催眠魔法に10秒ぐらい耐えるってどういう耐性しているんですか?」
「さあな。あいつの防御力に今更突っ込んでもだろ」
「それもそうですね……」




