最初の関門
時間は過ぎ、街の明かりや太陽の明かりさえも消え失せたころ。街は完全に静かになり、聞こえるのはボクら4人が歩き地面の砂利と擦れる音のみ。
「<転移>(テレポート)」
ティアの転移魔法で、ボクらの作戦が始まった。
ティアによってボクらは昼間に来た大きい工場の目の前に移動した。ここからは短期決戦。4人で顔を見合わせて覚悟を決めたことを確認すると、攻撃を始める。
「「爆炎柱」」
ティアとリゼ、2人の魔法使いにより工場に火がつけられた。昼間の下見により、石炭や高炉がある場所は確認済みだ。あっという間に幾つもの工場は燃えていき、キーッという鈍い音と共に崩れる音がする。
続いて空に向かって大きな炎を1つ打ち上げ主戦力班に合図を送る。
街の住民の大半は未だ異変に気がついていない。しかし、気づいているものもいた。
※※※
「な、何が…起こって……」
城壁から見えるのは、街の中心に近い場所から上がっている何本もの火の柱。見た感じは工業が盛んであり、工場が乱立しているエリアから火が出ている。
このことに気づいた者は、同じく城壁にて夜番を勤めていた同僚に伝えていく。しかし、その数は多くても15人程度。あの大きさの火災はこの人数では到底収めることはできない。
情報を共有していると、空が一瞬だけ明るくなったのを見逃さなかった。まるで一瞬だけ太陽が復活したのではないかというほどの光が目の前に生まれ、その炎が消えるとまたいつもの暗闇に戻っていく。
「なあ、これは流石にフェイク様を呼んだ方がいいんじゃないか?」
「だな。急いで呼んでくる!」
最近、城壁を指揮しているフェイクという十二騎士を呼びにいく。彼は最近出てきたばかりで身元がよくわかっていないが王国の柱の1人。十二騎士である時点で十分信頼には足る方だ。しかし……欲を言えばモンスーンにいるもう1人の十二騎士、ハルカ様を呼びに行きたかった。だが彼女は城壁ではなく街の中心部にある屋敷にいる。街を囲むようにある城壁から呼ぶには遠すぎる距離だった。
フェイク様を呼んできてくれ、その言葉を同僚に伝えてその場は収まる……はずだった。
火災に見舞われている街とは反対に、真っ暗な闇が広がっている城壁の外側に問題が発生した。一見、ただ何もないように見える。しかし、何かが違う。長年門番をしてきた彼からすれば少し、違和感があったのだ。
そしてその違和感の正体はすぐに判明する。
「うぎゃーーー!」
「ど、どうしたんだ………」
横を見ると、同僚が横たわっているのがわかった。そしてその側には、頭から角の生えた大男が血に濡れた剣を持っていた。その姿はまさしく、噂に聞く竜人族の姿だった。
「なぜ……魔族がこんなところに……」
「悪りぃなおっちゃん。ここで死んでくれや」
男は剣を振りかざし、衛兵は成す術もなく倒れた。
※※※
「ティア、調子はどう?」
「いい感じに火を放ててるよ」
「いいね。結構火災も大きくなってきた感じがする」
工場に火を放ち、襲撃を始めてから10分ほど。火災は街の1割ほどに広がり、後は放っておけば広がるところまできた。おそらくは、そろそろギルクたちも街に乗り込んできているところだろう。
「調子はいいけど……流石に、これ以上は好き勝手させてもらえないかもね」
ボクが見据える炎の先には1人、魔法使いの格好をした女性が立っていた。
「こんな夜中に火災が起きたかと思えば、貴方達魔族の仕業だったのね」
真夜中だから眠気の含んだ声で喋っている。
「あなたが王国十二騎士の1人、ハルカでいい?」
「ええそうよ」
「よかった、久しぶりに会えたよ。えっと自己紹介するね。ボクの名前は……」
「魔族と会話する舌など持つものか!<魅了>(チャーム)」
放てれたのは典型的な精神魔法。
「……………ちょっと、人の話は遮らないの」
ただボクには効かない。精神魔法には耐性があるからね。
「な、なんで効いていないの?」
「いやー?精神魔法ってね実は弱い魔法だから」
「そんなことあるものか!精神魔法は……私をここまで押し上げてくれた素晴らしい魔法なんだ!」
「そんなこと言ってもね…君は精神魔法に頼りすぎなんだよ。一辺倒はいつか限界が来る。ボクみたいな相手が来たらね。精神魔法っていうのは簡単にいうと相手の精神の傷につけこむ魔法。じゃあその傷を無い相手には…どうするんだろうね?心の中に強い柱を作ってしまえばそれで終わり。ボクの場合は親友とかね」
ティアの方を笑顔でみるとティアは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「で、精神魔法の脆弱性に気づいた君は今夜死ぬ。それはもう確定しちゃっているからね」
「そんなことあるものか!私は十二騎士の1人、国王様から恩寵を頂いているのだ!魔族に対して私が負けるはずがない!」
「ならボクらも遠慮なく行こうか。さあミーナとリゼ、初の十二騎士戦頑張ってね」
「え、ラミア様は?」
「ボクは観戦してる。ティアも手を出さないから2人でなんとかしてね」
「ごめんねー、ミアとそういうことで決めていたから。ピンチにならない限りは手出ししないわ」
「ちょっと2人共!なんて投げやりな……」
「まあリゼさん。2人でもいけるんじゃないですか?」
流石の冷静を持っているミーナがリゼさんに話しかける。
「私も舐められたものだ。小娘2人が相手になるとはな。<洗脳>」
「あまい。そのぐらいなら効かない」
「私も。ティアさんの魔法の方が強いかな」
ハルカの魔法は想像していたよりも弱かったようだ。たしかに、ティアの精神魔法と比べても威力が明らかに弱い。普段からティアと魔法を打ち合っているリゼさんなら対処できるだろう。ミーナも精神魔法に対しては耐性がある。というか、ボクの隊のみんな、精神魔法に関しては特訓させてある。
ハルカが言っていたように、精神魔法は弱くはない。相手の精神を操り、自分の傀儡として寝返らせる。それだけで十分な効果を発揮する。数的な差も生まれるし、傀儡となった者の仲間は仲間意識から攻撃するのを躊躇う。効果だけでも強すぎる。
ただ、対処が他の魔法に比べて簡単だということだけ。さらに、こんだけ強い魔法なら対策しておく他あるまい。っということでミーナも耐性をつけているんだよね。
そしてリゼとミーナは相性も良かったようだ。ハルカ相手に善戦している。ハルカは1番の得意技である精神魔法を縛られてしまい、通常魔法を使わざるを得なくなってしまった。
リゼさんが防御系の魔法を貼ることでハルカの魔法を封じ、対してミーナは隙のできたハルカを剣でダメージを与えていく。
イメージ的にはリゼさんが攻撃を引き受けて、ミーナが直接アタックしにいく感じ。いいね、連携が取れている。
「このままハルカは討ち取れそうだね」
「そうね。でも2人とも善戦はしているけれどこれ以上の戦闘は望めないわ。さすが十二騎士ってとこでどうやったら敵が体力を消耗しやすいかをハルカは知っている。おかげで2人はヘトヘトだよ」