過去1
「おとうさーん!」
「よーしよし。今日もミーナは元気だなぁ」
ここは吸血鬼が住まう街。数にして約1万弱の吸血鬼が月の下で過ごしている。そして私の父は街の中では最も強い戦士だった。
「そうだミーナ。今日は森へイノシシを狩りに行こうじゃないか」
「イノシシ?」
「そう、イノシシだ。森の中でも強い獣、これを一人で狩れるようになればお前も一流の戦士だぞ」
そういってほのかに暗い森へ入っていく。しかし暗いといってもそれはあくまで月の光が届かないというだけ。吸血鬼族は夜に愛された種族、生まれつき暗視の能力を持っている。
「いたぞ。あいつだ」
側にあった倒れた木に背中を預け、身を潜める。
顔を出すとそこには軽く3メートルはあるような大きな獣が周りの木々を薙ぎ倒していた。
「いいか、まずはお父さんがお手本を見せるからここで静かに待っているんだぞ。お父さんが合図をしたら出てきていいからな。わかったか?」
「うん!」
「よし、いい子だ」
手にある槍を持ち、イノシシへ突撃していく。
父は、綺麗にイノシシを仕留めた。上手く出血を抑え、血が体外に漏れ出ぬよう首を狙った一撃。見ていて惚れ惚れするような腕前だった。
「こうやって獲物は狩るんだ。どうだ?楽しそうだろう?」
「うん!面白そう!」
「そうかそうか。ミーナには素質があるからな。きっといい戦士になれるよ」
頭をポンポンと撫でられる。
「お父さんに追いつけるようにミーナも頑張る!」
その手の温もりを、私は忘れていなかった。
〜数年後〜
私はいつも通り森へ獣を狩りにきていた。目の前で見たあの父の槍の振り方、立ち回り、ステップ、呼吸に至るまで全てを模倣しようと日々努力していた。
たった1人の、自分の家族。幼い頃、母は病気で亡くなった。その時には既に父は街で1番の戦士であったため、その妻が亡くなったともなれば大きな葬儀となった。街総出で悲しみ、色々な人が私と父に言葉をかけていった。しかし私は、その時から感情が欠落していたのかもしれない。母が亡くなっても心が傷つくことはなかった。もちろん、何かが失われた感覚はあった。けれどそれは吸血鬼族特有の感覚。
吸血鬼族には第六感とも言える感覚が存在する。血を操る種族、それが吸血鬼。血縁関係という血が通っているもの達の中ではコミュニティが生まれその感覚を共有する。吸血鬼はみな、1人の男から生まれたとされている。その子孫が今の吸血鬼族だ。そのためコミュニティという枠は、街全体、吸血鬼全体に広がっている。その影響で同族間では基本話をしない。その第六感を使い脳内で会話を終わらせるのだ。だからこそ同族が死ぬと皆が一緒に葬儀を行う。家族同然のものが死んだのだから。
私にはそれが不気味でしょうがなかった。街はいつも静かで、月の明かりのみが届く、そんな場所が。
しかしだからこそ、父という存在は大きかったのだ。頼ることのできる、唯一の存在。
「よし、このぐらいでいいかな」
イノシシを1人で何体も仕留めれるようにまで成長し、その死骸を解体していた。イノシシの皮や肉、血などを背負っている籠に入れて立ち上がる。
その瞬間、街の方からバァァン!という大きな爆発音が鳴り響いた。気づくと炎が森の木々を乗り移り、明るく染め上げている。
「な、何が……起こって……?」
急いで籠を背から下ろし、手に槍を構え街の方へ戻っていく。
到着した頃には家は燃えており、中には父がいるのが見受けられた。私は炎を避けながら父の方へ近づいた。
「父さん!」
見ると、足が瓦礫に下敷きになり動けないようだった。
「大丈夫、僕がなんとかするから…!」
「ミーナ!お前だけでも逃げろ。ここは危険だ」
「でもお父さんが…!」
「いいかミーナ。お前は俺の、たった1人の自慢の息子なんだ。俺はお前が生き残ってくれればそれでいい」
「……それは僕が良くないよ。お父さんを置いて逃げるなんてできない……」
「いいから逃げるんだ。ここは危険すぎる。俺がこの世で最も信頼できる人を近くに呼んだ。覚えているか?お前と初めてイノシシを狩った場所。あそこに今すぐきてもらうように頼んだ。これからはその人を父と思って行動するんだ」
「…………」
「お父さんを信じろ。不安になる気持ちはわかる。……俺もこの家から抜け出して、そっちに合流するから」
「……本当?」
「ああ、本当だ」
ここで初めて気持ちが揺らいだ。父に指示された場所に行くことができれば、私は助かり、父も後から合流できる、と。しかしこの状況で背を向けてしまえば、もう2度と父に会えない気がした。
「ミーナ」
頬に手を当てられ、優しく撫でられる。
「お前は十分育った。これからはお前が生きたいように生きろ。ただ、行く前に1つ覚えておいてほしいことがある」
「…なに?」
「人間、こいつらには気をつけろ。いずれ真実を知っても、自分を見失わないように。いつか、お前を正しく導いてくれる存在が現れるはずだ。そいつを信じて前に進め」
「で、でも…」
「ほら、わかったら行くんだ!」
「う、うん!」
結局、背を向けて父の下から走って去ってしまった。今となってはそれが憎い。これが人生最大の過ちだ。父の最後を……見届けることができなかった。残ったのは、人間という種族への憎悪だけで。