朝の散歩
「朝だ!」
「朝からうるさいなー。もうちょっと静かに起こしてよ……」
「やだね。そもそも、ティアもレベルが高いんだから睡眠をあまり必要としないでしょ?」
この世界でのレベル。それが高い=強いということも確かだが、強い=体の使い方がうまいと言い換えることもできる。そして、体の使い方がうまいと余分な箇所で体力を使わず、あまり睡眠を求めなくなる。すなわち、レベルが高い=睡眠をあまり必要としないのだ。
「そうだけどさ……。朝っぱらからそんな起こされ方してもベッドから出る気にはならないよ」
「ほら、朝日が気持ちいいよ」
カーテンをバッと開けると朝の特有のいい香りと朝日が入ってくる。
「まだ寝てたい……」
「まったく、それだからティアは……。とりあえず、ボクは朝から散歩に行ってくるから。朝ご飯までには帰ってくるからそのつもりで」
「………」
「はあ。いってきまーす」
今の服装は完全に私服。とはいってもちょっと動きやすいようにスポーツウェアみたいになってるものだからオシャレかと言われればそうではないけど。
ホテルを出たらまずは大通り、このウーロンのメインストリートがある。普段は人でごった返すんだけど、今は早朝だからか全然人影が見えない。で、なんでこんな朝から散歩に行っているのか。それにはちゃんとした理由がある。それは行ってみたい場所があるから。
このウーロンには高台があり、そこから朝日がきれいに見えるとのこと。もちろん部屋のベランダからもきれいに見えるんだけど、どうせならもっといい場所にと。確かホテルからそう離れてはいないから「着いた頃には朝日が高いところまで来ちゃってました…」なんてことにはならないと思う。
えっと、ここを右だったかな。
視界が変わり、目の前に大きな塔が見えてくる。
お、見えてきた。あれだね、ウーロン展望台。
無事到着し、中に入ってみる。見た目は転移用の塔とあまり変わらないけど内装が違う。塔の方はいかにも観光地って感じでファンシーだったけど、この展望台は「景色を楽しんでください」って感じだから内装はシンプル・イズ・ベスト。おしゃれに見えるように壁とか床に装飾はあるけどそれ以外は特に何もない。いいね。派手なのもいいけどこっちの方が好きかもしれない。なんか奥ゆかしさを感じるというかなんというか。
展望台の内部に入り、階段を登る。屋上からの景色が有名なのでとりあえずそこまで移動。
「はあ、はあ。結構登ったな……」
おそらくはホテルよりも高い場所。いや、周りを見たらこの屋上よりも下にホテルがあったから確実に高い。そして周りを見てもここより高い場所はなかった。つまり正真正銘ここが一番高い場所、ウーロンの絶景スポットだ。
「うわぁーー……」
思わず感嘆の声が漏れてしまった。目の前にあるのは地平線からまだ完全に出てきてない太陽の姿。反対側にある月との対比も相まってなんかエモい。こんな朝陽を毎日見れたらなー……。いっそのことここに別荘でも買おうかな。自腹で。いや、でも来る機会がないか。まあ戦争が落ち着いたらぼちぼち考えよう。
「ティアがいればもっとよかったのに……」
今の景色は十分きれいだが、誰かと共有すれば美しさは何倍にもなる。その共有相手がティアなのだ。残念ながら今はベッドで寝ているけど。
結局10分ほどで屋上から降り、展望台を後にした。展望台を降りて街に向かおうとも思ったが、もうじき朝ごはんの時間の時間だということと、食後にティアと一緒に来ればいいと思ったためやめにした。
「ただいまー……って、ティアは?」
ホテルに帰ってきて部屋に入るが返事がなく、誰も居なかった。一瞬部屋を間違えたか⁉︎と焦ったがちゃんと1015と書いてあったため間違ってはいない。
「じゃあティアはどこに……。朝ご飯まではまだ時間があるし……」
ベランダを見てみたり、浴室を覗いたり、ベッドの下も見ていないか確認したがやっぱり見つからない。
でもどうせご飯になったら部屋に戻ってくるか、先に食堂に行ってるかなのでどうせ合流できる。なのでバッグからお気に入りの本を取り出して読むことにした。ベッド上に寝っ転がり、足をバタバタさせながら本を読む。この小説、世界観が独特で面白いんだよなー。なんか異世界って感じがして面白い。この世界にはないものが本の中の世界ではあって、逆にこの世界ではあるのに本の中にはないものもある。
30分ほど本を読んでいると時間がいい感じになったので食堂に向かうことにした。
「よいしょっと」
ベッドから飛び降り、本をバッグの中にしまう。
そして部屋の扉に手をかける。
「「うわぁ!!」
「びっくりしたー!」
扉を開けると目の前にはどこからか帰ってきたティアがいてかち合う形になった。びっくりしちゃうよ。
「どこ行ってたのさ。早く食堂に行こう?」
「ごめんごめん。この荷物置いたら行くからちょっとまってて」
ドサッと持っていた紙袋を床に置く。
「よし。じゃあ行こっか」
そう言ってドアを閉めて部屋から出て、食堂に移動した。
※※※
「ところでティアはさ、ボクが朝外出してた時に何をしてたの?」
場所は変わって食堂の個室。昨日と使っている場所は同じだが、朝と夜では雰囲気が違う。ガラス越しに見える景色も、蝋燭の有無も。
「ん?いや別に大したことはしてないよ」
口をもぐもぐさせながら喋る。こんな仕草も何気にかわいい。
「ミアが外出するーって言って出て行った時に、私もちょっと体動かさないとなー。って思ったからとりあえずウーロンの朝市に行ってきたの。ウーロンの朝市、有名でしょ?」
「そう……だね」
そうだったのか……。全く知らなかった。
「朝市、いいところだったよ。水揚げされたばかりの魚特有の匂いが漂っていたけど、私は別に嫌いじゃないからそんなに鬱陶しく思わなかったし」
「あの持っていた紙袋は?」
「ああ、あれは歩いていたら「そこの嬢ちゃん、1個買っていかないか?」って声をかけられてね。声をかけられたからには買わないといけないから買ってたらまた別の人からも声をかけられて。それが続いて気づけば手荷物パンパンになちゃったてた」
「中身は?」
「色々、かな。魚、野菜、装飾品、古びた短剣……」
「ちょ、ちょっと待って。なんか後半2つ意味がわからないものがあったんだけど。……装飾品ってなんの?」
「わかんない。見た感じはネックレスの類かな」
「じゃあ古びた短剣っていうのは?」
「言葉の通りだけど。ボロボロに錆びてて何にも斬れなさそうな短剣を買わせられた」
「そういう時は断るの!だいたい、ティアは既に立派な短剣があるじゃん。あれじゃダメなの?」
「あれでベスト。あれより良いものはないと思ってるし、あったとしても変えない」
「じゃあ尚更なんで買ったのさ」
「だって……勧められたんだもん」
「はあ……。将来ティアが詐欺に引っかかってないか心配だよ……」
小さくため息をつく。
「逆にさ、ミアはどこ行ってたの?」
「ボクは近くにある展望台に行ってた。そこからまだ出たばかりの太陽を見ようと思ってね」
「あの展望台かー!いいなー、私も行けばよかった」
「いや、意外と行かなくて良いかもよ?」
「え、なんで?」
「だって、ホテルの最上階と高さがちょっと違うだけであとはなんら変わんないんだもん。なんならホテルの方が海に近くてきれいだし。まあ、すごいきれいだったけどね」
「ふーん……。じゃあこの後どうする?」
「え、いきなり?でもそうだなー……どこか行きたい場所があるのかと言われれば特にないんだよな。ティアは行きたい場所ある?」
「実のところ私もノーアイディア。でも別にウーロンにこだわらなくてもいいんじゃない?そもそもウーロン近郊に来ることはなかなかないし、この地方を見るっていう手段もありだと思う」
「確かにねー。じゃあ……人間の領地に行くのはどう?」
「なんでそうなるの!だいたい、その危険性はわかってる?ミアはまだいいとして、私は堕天使だから人間の方に行くには変装が必要」
「わかってるよ。ちょっとした冗談だから。……でもさ、これ、良くない?」
「ん?どういうこと?」
ボクの雰囲気がシリアスになったのを察してか、ちょっと思案顔になる。
「だからさ、人間との戦争。戦う時に街にそうやって変装して潜入し壊滅させる。どう?結構いいと思うんだけど」
「作戦としてはいいけど……いくつか問題がある気がする。1つ、大人数が街に潜り込むのは困難だということ。2つ、リスクが大きすぎること。その点についてはどう思う?」
「うーん……。議論を投げ出すようで申し訳ないけど今はいいんじゃない?別に実行するわけじゃないし。一旦作戦案のうちの1つに加えるってだけで」
「わかったよ。今はバカンス、休暇だからね。……よし決めた!商店街に行ってショッピングしよう!かわいい服とか、たくさん買いたいものはあるし!」
「いいね。そうしよう」
今日の予定も決まったところで朝食を終えて街に出ることにした。