夜の海
ホテルに着いて、一度部屋に戻って着替えを済ませる。水遊びをしたおかげでびちょびちょだったからね。で、着替えたら夕食の時間になったため再度1階に戻り食堂に向かう。
そして今回のディナーは個室で食べることにした。流石にボクらが普通の食堂で食べていたら面倒なことになる未来が見えていたからね。
個室は雰囲気のある部屋で…なんて言えばいいのかな、どっちかというとロマンチックだ。壁の一面はガラス張りになっていて、灯りはちょっとした照明と蝋燭。完全にデートを前提としていそう。ガラス張りになっているから海もきれいに見える。やっぱ夜の海っていいよね。昼とは違ってミステリアスな雰囲気があるから妄想が膨らむ。やっぱホテルってこういうのも意識しているんだろうね。いかにいい景観を客に見せるかって方角とか気にして建ててそう。
そしてメインである料理。今回は完全フルコース制。約50分にわたって海の幸を使った料理が出てくる。
〜1時間後〜
「もう食べれない……」
「こんなんでギブアップ?あんなに自信満々でフルコースに挑んだのに?」
「メインディッシュのロブスターが思ったより多かった……。せいぜい40センチぐらいだと思ったら、60センチはあるんだもん。あれで完全に止めを刺された」
「だからいったじゃん。ここウーロンの港で取れる魚介は普通のものよりも二回りは大きいよって」
「だね。それは話は間違っていなかった。というかそういうティアはどうなのよ?」
「私はまだ腹八分目って感じだけど……」
「ヤバすぎでしょその胃袋。ボクよりよっぽど大きいよ」
「あはは」
「ごちそうさま。ボクはもう限界だから戻るけどティアはどうする?」
「私も戻ろうかな」
「じゃ、もうあとはお風呂入って寝るだけだね」
食堂を後にして部屋に戻る。そしてあらかじめ沸かしておいたお風呂に直行。髪を洗って、体を洗って。最後にタオルで全身を拭いたら終わり。ボクの場合、髪型がショートだからすぐ乾かせる。その点、ティアはロングだから大変そうだよな。
「ティアー?お風呂どうぞ」
「ん、了解」
で、ティアがお風呂に入っていて居なくなった今。やりたいことがある。
こっそりと隠しておいた冷やしたお酒とグラスを持ってベランダの方に向かう。あ、このお酒は別に家から持ってきたわけじゃないよ?さっき食堂でこっそり頼んで持ってきてもらったもの。
ベランダに出ると、これまた日中とは違った感触が感じられる。日光がない代わりに静かで、月が出ている。今日は……満月か。きれいだなぁー。
お昼は沢山の人が見えてちょっとうるさかったけど、夜は違う。人が出歩かず、今この世界にいるのは自分だけなんじゃないかというほどの錯覚を受ける。
シュポッという音と共にボトルの栓を抜き、グラスに氷を入れてそこに注いでいく。グラスを軽く回してみると、氷と氷がぶつかりチリンという音が鳴る。
そしてちびちびとお酒を飲んでいく。
ぶっちゃけ、お酒には弱いので2杯で十分だ。1杯目を飲み終わり、物思いにふけることにした。
やっぱり、この景色は最高だなとしみじみ。手を伸ばせば届きそうなほどに月との距離は近く、その月光が海に反射してボクの目に届く。耳をすませば波の音がして、日頃の疲れから癒してくれる。
普段戦場で聞くのは悲鳴や断末魔、魔法が飛び交う音や剣が交わる音。どれも頭から離れてくれない。でも、その音がボクに何か影響するかというとそうでもない。だって、もともとボクは殺人兵器だったのだから。
勇者という職業は、何か生物を殺すということに対しては疎い。これは職業の特性で、本人の意思とは関係ない。ただ無感情に敵を切り伏せ、任務を遂行するだけ。そこに己の意志が介在する余裕はない。殺すということがごく身近に思えて、例えるならただの呼吸だ。そんな行為を疑問に思ったことはない。
そもそも、ボクらが今行っているのは言ってしまえばただの小競り合いだ。この戦争が終わった時、その先にあるのは実に不明瞭なもの。ボクらが求めている絶対な安全なんてものはどこにも存在しない。ましてや、ボクは人間だから唯一の生き残りになるであろうボクを殺そうとする者が現れても何ら不思議ではない。けれど人類を滅ぼせれば安全に、平和になる確率はぐんと上がる。だからボクはいま軍人として、魔王軍の一員として戦っているのだ。私怨なんかじゃない、守りたいものができたから。
「何を1人で考えてるの?」
「…お酒、いる?」
「1杯もらおうかな」
そう言ってティアは隣に座り込んでくる。
「……私はね、ミアが何を考えていたかなんてわからないけど、1つ言えることがあるの。……それはね、ミアはもう、独りじゃないんだよってこと。私はミアの過去全てを知っているわけでもないし、全てに寄り添うことはできないけど、私に頼ってもいいんだよ?もっと、もっと甘えても。ミアは1人で抱え込んじゃうから。そんなことずっとしてたら、いつか大切なものを壊しちゃうかもよ?」
ボクを頭からそっと抱きしめ、暖かく包んでくれる。
「だから1人で抱え込まずに、お互い持ちつ持たれつの関係でいよう」
「なんだよいきなり……」
「たまには本音で話してもいいかなって思って」
「そっか。じゃあもう寝よう。明日明後日とあと2日、残ってるんだし」
「賛成。お酒、美味しかったよ。それじゃ、おやすみ」
ベランダから部屋の中へと戻りベッドに潜り込む。
「ん、おやすみ」
照明の火を消すと、辺り一面が真っ暗になり、それはボクを眠りへと誘った。