ちょっとした企み
とある男は、焦っていた。メシア王国から派遣されたスパイであり、暗殺者である彼は、魔王軍幹部の暗殺又は魔王軍の機密情報を持って帰ることが任務とされていた。
そしてそんな時に開催された魔王軍公式大会『ペンタグラム』。これは願ってもないチャンスだった。魔王軍の精鋭や幹部の戦いを間近に見ることができ、その実力、風貌、戦い方、名前などを知ることができる。これが催された時点で「機密情報を持ち帰れ」と言う命令は達成されていたと言っても過言ではなかった。
そしてもう片方の命令「魔王軍幹部級の暗殺」を成し遂げようとこの闘技場に繋がっている医療スペースや待合室に行った。廊下は少し複雑だったが一流のスパイであった彼は難なく地形を覚え、人がいる方へ歩いていった。
彼が潜入したのは一般の待合室の方ではなく豪華な方、特別対応の待合室だ。ここであれば悪しき魔王軍の一角、幹部がいると思ったから多少の危険があれど行く価値があると判断し、潜入した。
とある廊下の角に着くと会話が聞こえてきた。
「……聞かせてくれ、お前の身体強化魔法の1つである武器強化の魔法。あれは一体どれぐらい強化できるんだ?」
あの声は、間違いない。魔王だ。
「ええー、わかんなーい」
そしてその隣にいるのは先程優勝した『神剣』ラミア。ここにきて初めて知った幹部の一人だ。今までに情報はなく突如として現れた得体の知れない者。その実力は計り知れないが今、襲う価値はある。
そして過ぎ去ったのを確認して、廊下の角から顔を出しナイフを取り出す。おそらくはここで別れ、別の道に行くはずだ。ならば孤立したものを……
「ん……?」
そこでふと、地面にある紙を見つけた。
そしてその紙の色は赤。それが意味するのは『宣戦布告』。つまり……あいつらは俺の存在に気づいている……?
仮にそれが本当だとしたらまずい。ここ最近の行動全てが監視され、泳がされていたとしたら、間違いなくここで殺されてしまう。
幸いにも今は閉会式の途中だ。ならば今すぐにでもここから出て行き、ポケットにある転移石を起動させるのが吉だ。ここ、魔都では転移の制限がなされているため外に出る他ない。一刻を争う事態だ。早く、早く行動に移さなければ……。
春だというのに額には汗が浮かび、さらに精神を蝕んでくる。
そして闘技場を出て、魔都の出入り口まで到達することが出来た。おそらく会場では表彰式が終わり解散した頃だろう。間に合った、あと少しで捕まるとこだったが後はこの城壁を登り外に脱出するだけ。
しかし、そこで気が緩んでしまった。腰にぶら下げてあるポーチから縄を取り出したところで後ろから爆発的な魔力を感じ、それが鬼気迫る速さで近づいてきた。
「ほい。捕獲完了」
そして気づけば腰から取り出した縄で縛られ、拘束されていた。
「君だよね?さっき廊下にいたの?」
「…………」
目の前にいるのは先程まで闘技場にいたはずのラミアと名乗る者。
「なぜ……?どうしてお前が……ここに?さっきまで闘技場に……」
「簡単な話、終わったからすぐに出てきちゃった。君を捕まえるためにね」
……悪魔だ。顔が笑っているがそこから感じられる狂気。顔は逆光でよく見えないが、人型なのでエルフかそこらだろう。……しかし、尖った耳は?今までの記憶を掘り返す。でもそこには尖った耳を持った少女は見受けられなかった。
そして改めてまじまじと見てしまう。そこで顔が動き、逆光が外れ形が露わになる。
「………!お前は…人間なのか⁈」
「ん?あ、気づいちゃった?気づいちゃったならとりあえず口、塞いどくね。広められても困るし」
そう言って布を口に入れられる。手は縛られていて自由が利かず、なす術がなかった。
「安心して。もうすぐ衛兵がきて君から情報を引き出してくれるから」
程なくして衛兵が到着し、人間のスパイを連れて行った。おそらく彼には地獄よりもつらい体験がまっているだろうな。
「いやー、いいことしたな。全く、あの子のせいで魔王様との間に不和が生じちゃったじゃん。流石に、スパイの目の前で身体強化魔法について語るのはまずいでしょ?ティア、魔王様?」
「そういうことだったのか……。ミア、君を疑ってしまって悪かった。この通りだ」
「そんな、頭をあげてよ。まああれはしょうがないじゃん。でも一件落着、片付いたんだからオッケーだよね?」
「そうだな。危うく腹いせにミアの恥ずかしいエピソードを言いふらすとこだったわ」
「ちょ、冗談だよね?」
「それはー、わからないがな」
「いやほんとにやめてよ?じゃないと名前、言いふらしちゃうよ?」
「分かったからそれもやめてくれ」
「で、結局武器強化の倍率ってどんなもんなの?」
「やっぱ気になるよねー。いいよ、教えてあげる」
「どのぐらいなんだろうか。我はせいぜい3倍ほどだと思うのだが……」
「それがね、最大20倍に強化できるっぽいの」
「「20倍⁈」」
「うん。込める魔力にもよるけどボクの全魔力を使ったらそんなもんだったかな」
「………やっぱアホだな、その魔法」
「ですね、同感」
「まあまあ、これからは人間にふるえるんだし?」
「せいぜい頑張ってくれよ?我の右腕としてな」
「わかりました。せいぜいご奉仕いたします」
以上で第2章ペンタグラム編は終わりとなります。明日からは第3章。少し展開が変わってのんびり系になる予定…。今後ともこの作品をよろしくお願いします!