ラミアVSグラザーム
かなり長いです。普段の2話分ぐらいです。
「おはよーございまーす」
「ん、ラミアか。そんなに浮かれていていいのか?これから試合であろう」
「いいんですよ。それをいうには魔王様もですよ?いつもはミア呼びなのに。もうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないですか〜?」
魔王様の肩に手を乗せて揉んであげる。
「ちょ、やめろミア」
素っ頓狂な声をあげて抗議してくる。
「ここは公の場なんだぞ?そんなところで魔王の体裁が崩れては困る。あと私は肩を凝るような年齢ではない!」
「わ・た・し?」
「はっ!わ・れは肩を凝るような年齢ではない!」
「あはは。一人称が崩れる瞬間って面白いですね。今度また悪戯を……」
「とっとと席に戻れクソガキめ。1試合目からグラザームとなんだから気は抜くなよ?」
「分かってますよ。じゃあまた後でー」
「全く、あのガキは」
※※※
今日はペンタグラム最終日。いよいよこの祭りも終わってしまう。正直なところ、もうちょっと戦いたかった。もちろん、まだ試合は残っているし激しい戦いができることは間違いない。しかし、あと2試合しかできないと考えると悲しい。あ、もちろんグラザームさんには勝つ前提でね?でもそれを含めてもたったの2試合。もっと戦いたかったなー。特に戦いたかったのはニーヒルさん。一度は妖精族と殴り合いがしたかった。……いや、決闘を申し込めばなんとかいけるかも。いつかやろう。
でも、そんな話は終わってからだね。今日はグラザームさんと1回戦目をやったら、カルタさんかティアのどちらかと戦うことになる。いやー、骨があるような人ばっかで助かるよ。これならボクも本気を出せるってもんだ。
そこら辺をぶらぶらとしていると何やら見覚えのある人が…。
「ティア。ここにいたんだ」
「ミアか。こんなところにいていいの?もう後数分で試合だよ?」
「ボクは大丈夫。ちょっと親友の心配をしにきてね」
「私の心配?」
「だってティア、初戦カルタさんでしょ?」
「そう。私が勝つには魔法で押し切るしかないのだけれど……」
「魔法が効くか、だね。」
「ニーヒルさんとの戦いで見せたあの異常なまでの防御力の高さ。あれを突破するのは難しいことだよ」
「何か気の利いたアドバイスをしたいけど、いかんせんカルタさんと戦ったことがないからねー。何にも言えないや。ごめんね?」
「そんなことないよ。大先輩でも手は抜かないからさ。決勝で戦おうね」
「うん。先に勝って高みの見物をしてるよ」
「うざいなー。ま、そっちも気は抜かないでね。正直、グラザームさんの力は未知数だから」
「分かってるって。じゃ、またねティア」
「うん、いってらっしゃい」
※※※
「昨日とは入場門が逆だからか新鮮だな」
昨日、サルベージュさんと戦った時に入場したのは西ゲート。でも今日は東ゲートから。位置が違うと見える景色も変わって非常に新鮮だ。
「さてと、準備運動でも……」
体を温めようとした瞬間にゲートがガラガラと音をたてて開き、観客の視線が一気に自分の方へ集まる。
「初っ端から飛ばしたかったけど…まあいっか」
荒い砂が敷き詰められているため、一歩一歩踏み出すとジャリジャリと音が鳴るが、ボクの足音とは別にもう一つ音がする。
目の前から入場してくるのは黒いコートを羽織ったグラザームさんだ。間近で見ると威圧感がすごい。身長は180センチほどだが歴戦の猛者というのだろうか。発してる圧が違う。気を抜けば足から崩れ落ちてしまうほどだがそこをなんとか堪えて立っている。…というのは建前。本当はこれほどの人と戦えるのがめっちゃ嬉しい。
あー、落ち着け落ち着け。試合開始までは剣を抜いちゃダメだ。
両者が位置についたことを確認した審判が、持っていた笛を鳴らし試合開始を告げる。
ボクは剣を抜き、そのまま構える。それを見たグラザームさんも剣を生成し同じく構える。
「先に、行かせてもらいますよ!」
力を込めた一撃は容易くガードされ、何も起こらなかったように見えた。が、防いだ後にグラザームさんがよろめく。
「……時間に差があった。衝撃がゆっくりと伝わってきたのか、そうでないのか。しかし私がダメージを受けたということは事実か」
「余所見厳禁ですよ!」
「…人が考えている間に攻撃はしない方がいい」
「うっ」
攻撃を仕掛けたはずが逆に腕を斬られていた。でもかすり傷だったのは僥倖か。
「いやー、お強いですね。ボクが思っていたよりも」
「あまり、なめない方が身のためだぞ…」
感情を排したような目で剣を振るわれる。
「それは、こっちのセリフですよ」
しかしそれを避け、逆に剣を破壊する。
「…その剣技、素晴らしいぞ。一撃で剣を破壊するとは」
「そういいながら剣を再度作るのはやめてくれませんかね?」
「まあ、そう怒るな。久しぶりに『戦い』をできるんだ」
「ヒリアさんとのあれは『戦い』ではないと?」
「そうだな。あれは言ってみれば稽古だ。ひよっことのな」
「あはは。言いますね。後でヒリアさんに伝えときますよ」
「さあ、『戦い』をしよう。お互いに楽しめるような戦いをな」
「<血嵐>(ブラッドサイクロン)」
これは?……血で出来た竜巻か。通常の魔法とは異なることは明白だがどうなるかがわからないな。試しに被弾するのもありだけど……今は危険すぎるかな。
「<水球>(ウォーターボール)」
撃った水球は吹き荒れる血の塊を貫いて消えていった。
意外と強度はないっぽい?主成分が水だからかな。簡単に雲散させることができる。それを察したのか直ぐに嵐を引っ込め、嵐の中心から出てきたグラザームさん。
「思っていたよりも魔法が使えるのだな」
「そこまで不得手ではないので」
相手の動きに全神経を集中させる。こんな会話の最中だが力を解放したグラザームさんは何をするかがわからない。未知のことをやってくる可能性もあるのだ。
「痛っ」
次の瞬間、いきなり全身から出血する。
なんだッ⁈今グラザームさんは何をしたんだ?少なくとも本人は動いてなかったはず。自分の周りにも何かあるわけではない。
ふと、自分の出血元を見てみる。出血した箇所は全身にあるが、どれも共通点があった。
これは、斬られたかな。腕にある傷は何かに裂かれたように出血していて、例えるなら紙で指を切った時みたいな傷跡。足も同様だ。つまりボクが被弾したのは一つの攻撃。
「一体何をされたんだ?」
改めてグラザームさんを見据える。彼は微動だにしていないが、なにかを企んでいるのは伝わってきた。
「来るッ!」
自分の勘が働き、先ほどの攻撃がもう1回来ることを本能的に察知した。自分の周り一帯を剣で薙ぎ払い、攻撃を防ぐ。
感触?
今剣に何かが触れた感触があった、1個、いや複数個。剣を自分の方に引き寄せ、剣の調子を確認しようとする。そして自分の手元に戻そうとするとブチッという音が鳴った。剣を見ると細い、赤白い糸が何本もついていた。
おそらくは、これが先ほどの音の正体であり攻撃の正体だ。それぞれの糸は極めて細く、凝視しないと見えないほどだ。この視認不可の糸をボクの周りに展開し切り裂いたのだろう。初見では驚く攻撃だ。しかし種が分かれば対処可能……かな?1回目はおろか攻撃が来ると分かっていた2回目ですら視認はできず、周りを斬ることしか出来なかった。あれ、これってまずい?
「よくトリックがわかったな」
「この糸、血で出来てるからか普通のより硬いんですけど」
「それはそうだ。でなければ、攻撃になど使えないだろう?」
通常の糸にグラザームさん自身の血を混ぜて操作性を増し、さらにその血は鋭く、相手にダメージを与えれるほど硬くする。言葉にすると簡単そうな芸当だが、彼は主に2つの神業を使用してこの技を成り立たせていた。
1つは血を糸に混ぜることができ、その血を制御できる点。通常、吸血鬼族の血は術者から離れれば離れるほど操作が難しくなる。しかしグラザームさんは10メートルほどの長い距離を意に介さず血を己の体の一部のように扱っていた。それも何本も。扱いに長けているという次元を超えている。
2つ目は単純にそれほどの数の糸を操れること。先ほど糸がどこから出されているのかを観察した結果、おそらく糸は彼の指から出されている。いや、正確に言えば糸が指に巻き付いているというのが正しい。
何本もの糸は彼の指によって操作されていた。まるで操り人形の糸みたいに。しかしそんな細い動線は10メートルもの長さで素早く動かせるわけもない。そのために血を使っている。強度を増し、高速移動に耐えられる糸を作り出す。そんな合わせ技で成り立っているこの攻撃。
…攻略法は簡単。糸を避けて本体に攻撃を仕掛けること。これしかない。それがどれだけ難しいことか、それはわからない。でも、最終的に勝つのはこのボク、『神剣』ラミアだ。
「んッ!」
「…よく動くな」
「はあ、はあ」
グラザームさんの操る多くの糸とを避けながら、時々剣を振りその糸を断ち切っていく。しかし剣を振るうたびに隙が生じ、弾き飛ばされ、再度距離が開いてしまう。これではいたちごっこ、同じことの繰り返しだ。
このまま長期戦に持ち込まれてもこっちの体力がなくなり押し切られてしまうふけ。
「困ったね」
どうすればいい?……少し、冷静になろう。元々の自分の戦い方を思い出すんだ。ボクは剣術をメインにしているが魔法も使える。両方を扱う万能タイプだろう?今まではグラザームさんと距離を取ることを拒むために魔法を使ってこなかったが……
「…剣をしまうか」
ここからは魔法戦に切り替えよう。もう片方の腰に差していた杖をとり、魔力を集中させる。
「付加呪文、威力強化<獄炎鳥>」
炎からできた鳥は2メートルを超える大きさにまで広がり、敵へ突撃していく。
それに対してグラザームさんは自身の血で盾を作り防御する。しかし獄炎鳥はそんな盾では防げないはずだ。付加呪文もして威力も上がってる、から……。なんだ、この違和感は?体の奥底から出てくる気持ちの悪い疑問が湧き上がってくる。
そして、いやな予感は的中した。
獄炎鳥がぶつかった瞬間、それは嘘だったかのように消え鳥は消滅してしまった。
なんでッ⁈あれはそこまで弱い魔法ではないのに。<獄炎鳥>は火元素魔法の中でも上に位置する上位魔法だ。それを消し去るのか。
……秘密はあの盾かな?
「その盾、魔法無効化でもついているんですか?」
「そんなもの、即席で作れるわけないだろう。…しかし、魔法に強い盾というのはあっている」
なぜ瞬時にあのような盾を作れたんだ?まだよくわからないな。
でも、1つ仮説はある。あの盾の正体について。それを確かめるためには、大きな賭けをしないとね?
「付加呪文、増加<獄炎鳥>」
炎で出来た鳥が3体に増え、ボクの周りを浮遊する。これらの鳥をずっと展開させるのは厳しい。が、その必要はないんだ。
ボクは覚悟を決め、グラザームさんへ突撃していく。なにも持たずに。周りに獄炎鳥を展開させてはいるがそれだけでは絶対に足りなかった。
「……馬鹿め。<血盾>」
「そこだ」
獄炎鳥と血の盾がぶつかる瞬間、ボクは腰にあった杖を抜き魔法を唱える。
「<光線>(サンレイ)」
「ぐはッ」
ガードがおろそかだったグラザームはもろに攻撃をくらい思わず声を出す。この試合で初めて、いや今大会で初めてグラザームが苦しそうな声をあげた。
「今の攻撃、気づいたのか」
自身の口から出てくる血を手で拭いながら問う。
「はい。…その盾、あなたの魔法防御力を込めることができるのでしょう?」
「正解だ。盾といえど血で出来ている以上私の体の一部。そのようなものに自身のステータスを適応させれないわけないだろう」
「そして、魔法防御力を盾に集中させたところでボクに魔法攻撃をくらった」
「………」
「いつもより痛かったでしょうね?だってステータス0の状態で受けたことになるんですから」
あの盾の仕組み。それは至ってシンプルで自身のステータスをこめることができる。しかし込めたステータスは本体からは失われてしまう。そこをボクが突いたのだ。
もしこの仮説が正しくなかったらボクは敵の目の前で隙をさらけだすことになっていたよ。危ない危ない。
でもこれで、ボクは勝ったかな。だってこれで、勝てるビジョンが見えちゃったから。
※※※
「おそいですよ。その程度の剣では、ボクは倒せない」
「流石に剣一本では追いつけないのは知っている。だから私は、これを使う」
糸か。しかしこのタイミングで使うのは悪手だな。だってボクは、一度見たものは忘れないからね。何十本もある糸だけど、操り手が同じだと動きも一定になってくる。えっと、この次は左からきて、次は上から。こんな感じにパターン化してきてしまう。そんなものはボクに届かない。
フロレントを巧みに使い、糸を断ち切りながらグラザームさん自身も一緒に斬っていく。
「もう終わりですか?」
「……なぜ、私の動きがわかるんだ?」
「なぜって。同じ動きしかしないじゃないですか?」
「同じ動き、か」
自らの行動パターンに疑問を突きつけるような声。
「そうです。最初に剣を合わせたときと今の剣の動きも同じ。最初に糸を操っていた時の動きと今の糸の操り方も一緒。時々使ってくる血盾も同じトリックを何回も使われてもねえ?」
「………君の目は、いい目をしているな」
どこか優しい口調、まるで父が、我が子に語りかける時のような。
「…おっと、いけないいけない。戦いの最中に気を抜いてはね」
「同じ動きしかしないというならば、全てを行った状態でも対応できるかな?」
糸と盾を展開させながら、剣も振るってくるか。やりにくさは倍増しちゃったかな。
先ほどと同じように糸を避けようにも逃げようとしたところにちょうど剣が振るわれていて逃げられない。その上、剣を返そうとこちらも剣をつかおうとしても血盾(物理防御特化)に防がれてどうにもならない。さて、どうしたものかな。
キラッ
視界の端に血が混ぜられたことによって光が反射した糸が映る。
ん?なんか今、すごいいいこと考えついたかも。この糸って……なにで出来ているのかな。
少し考えているとあっという間にピンチになってしまう。それがこの戦い。気づくと周りには全ての糸と盾、剣を持ったグラザームさんが1メートルの超至近距離にいる。
「もらったぞ、ラミア!」
「それはこっちのセリフ!」
そんな窮地もボクは狙っていた。この瞬間をね。
「雷魔法<共鳴感電>」
「な、君は……雷魔法を使えたのか」
雷元素。数ある魔法元素の中でも貴重な元素の一つ。電気を操るこの魔法たちは、高威力広範囲の戦いが得意。そしてこんな戦い方もできる。
「あなたが操る糸、これ金属でできていませんか?金属なら、簡単に電気が回りますよ?」
そう言った瞬間、バチバチッと激しい音が鳴り糸に電気が伝わっていく。伝えられた電気は雷100本分にもなる。そんな糸を持っているグラザームさんはもちろんタダでは済まない。手は火傷し剣にも電気が回ったため手離さざるをえなかった。
「これで、終わりです」
「剣技<擾桜>」
目に見えないほどの斬撃はグラザームの体全体を斬り、ズタボロにしていた。全身から出血をし、糸や盾を使う体力も残っていなかった彼は、
「降参だ」
そう、口に出していたのだった。
「降参だ」
「意外と潔いんですね」
「これほどまでに叩き潰されてはな。ましてや糸に電気が通るとわかったならば」
「………。あとで、お話しできますか?」
「もちろんだ。この人生で負けた相手はそういないからな」




