魔王軍幹部
とある人間の兵士は、目の前の惨状を見て全身が凍った。おびただしい数の死体が折り重なっていて、全ての死体が首や足、腕などなんらかの部位が欠損、もしくは斬られていた。
この数の死体が同じような殺され方をしていることが意味するのは「殺した者は1人」だということ。仮にそうだとしたらどんな化け物なのだろうか。人を殺すことに抵抗は無く残忍だということはわかる。魔族はそのような者の集まりだとは知っていたがこれは…これは狂ってる。なぜこんなにも残忍なことができるんだ。
男は腹の中で仲間が殺された怒りと恐れが渦巻いていた。それを止めようと試みるも止まるのは己の怒りだけ。怒りを止めれば恐れのみが残った。
そこでふと、我に帰る。これだけの数を殺せる剣使いはただの一般兵士ではないと推測できる。魔族は確かに人間よりも戦闘能力が高い。がそれでも人間3人でかかれば魔族1人、確実に仕留められる程度だ。そこで思い出す。魔王軍の実力者たちの名前を。
『魔王軍幹部』
これらに名を連ねる者はメシア王国でいう王国十二騎士に当たる存在。それが…この戦場にいたら、確かにこれほどの惨劇が生まれるだろう。
しかしそこでまた考えてしまう。この戦場にも王国十二騎士は2人参戦している。それほどこのムーン砦は重要なのだ。しかしかの十二騎士様はこの状況を作れるだろうか、と。この数の魔族をその十二騎士は殺せるだろうか。
……実際に十二騎士の実力を見たことはなかったが、いくら十二騎士でも無理だと思う。理由なんてない。ただの直感だった。
ここまで思考を巡らせていたが突然、目の前から何か気配を感じた。
今までに感じたことのないほどの「圧」。この世界での「圧」とは自分と相手とのステータス差から由来する。つまり今、目の前にはかつて出会ったことのない強者がいるということ。男のステータスは全て7000あたりで人間の中では上級兵士の中でも強い分類だ。その者がそれほどの「圧」を感じるならば先頭、この軍の先頭にいる下級兵士たちは気絶してしまうのではないだろうか。
「ギャー!」「助け……」
前の方からは叫びと懇願が聞こえてくる。きっと交戦が始まり、いずれここまで進んでくる。敵は1人か団体か。それが今一番重要なことだった。
「報告します!敵は1人、敵は1人でございます!」
そんな報告が後ろから聞こえてきた。この軍の後ろにいるのは王国十二騎士。彼らに向けての報告だったのだとおもう。しかし当たってほしくない予想が当たってしまったと男は嘆いた。
「タスケ……」「ヒイッ!」
悲鳴が近づいてきて遂に数メートルの距離になって相手の像を確認できた。
相手は小柄、160センチあるかないかというところ。甲冑などは着けているがそれはほんの少し。大体は普通の服と変わらない容貌だった。しかし普通とは違うところが1つある。顔が確認できないのだ。別に顔が存在しないわけではない。目の前に顔はあるがその像は捉えられそうで捉えられなかった。
「ゔゔっ…!」
うめき声が口から漏れる。何が起こったんだ?しかしこの痛みは何度も経験してきていた。斬られたのだ。剣をもち直そうとするも、体が上手く動かず視界が地面に固定される。
まさか……首を落とされたのか?15メートルはあった筈だ。それなのに……。
それが彼の最後の思考となった。
ボクはこの戦場、ムーン砦に来た時に1つ、心に誓ったことがある。
それは『殺すのに躊躇しないこと』
ボクは人間ではあるが魔王軍の兵士だ。相手を殺すのになんの躊躇いが必要だろうか。
しかし不安はあった。ボクは3年前、当時十二騎士だったシオンを殺した。その時には興奮のせいからか殺すのに躊躇いはなかった。けれどもシオンが絶命した姿を見ておもった。少し、気持ち悪いと。同族が死んだことより生物的な本能からくる気持ち悪さがあった。死体を見て喜ぶような癖を持ち合わせていないから普通に気持ち悪かった。
それを今回感じてしまうとこれから先、いくら命があっても足りない。そんなものは捨てて目の前のこと、人類絶滅に集中するのが今回の目標でもある。
ティアと別れて少し走った所で魔王軍と人間軍が交戦しているのが見えた。数は劣勢。まあそれはいつものことではある。元々魔王軍は人間に比べて数が少ない。そして人間よりも魔族の方が身体能力は上。だから少人数でも事足りてしまう。なのでいつも人間よりも少ない戦力で戦うことになる。
だが今は状況が違う。この兵たちは疲れているのだ。人間1人を相手にするのが精一杯の筈だ。ならばここは一旦下げさせて回復に努めさせるのが最適だ。
「大丈夫か!」
魔王軍のみんなに呼びかける。
「ラミア様!ここはそろそろ破られてしまいそうです!撤退するのが最善だと考えます」
「そうか。そうだな。お前たちは下がれ。ここから先はボク1人で殺る」
「正気ですか⁈いくらラミア様といえど…」
「下がれ。この軍がへばったら援軍が来る前にこの戦は終わるんだ。その意味はわかるよね?」
「……わかりました。総員撤退だ!撤退!」
撤退の号令はまるで水面に落とされた水滴の波紋のように広がり、全員に伝わる。
そして全員が集まるまでもなく個人単位で踵を返すように本陣へ戻っていく。
「それでは、武運を祈ります」
「うん。頑張ってね」
「さてと、全員いなくなったし、そろそろ始めようか」
腰にあるフロレントを抜いて戦闘態勢に入る。
「お前何者だ?」
問われる。
「何者か、難しい問いだね。でも名乗っておこう。ボクは魔王軍幹部第7席『神剣』ラミア」
「魔王軍幹部?それがこんなところに?しかしちょうどよかった。お前を殺せば俺も十二騎士に……」
剣を振りかぶられるがこれでは遅い。遅すぎる。
「どうした?そんなのが剣技?笑わせないでよ。答えてって、もう死んでるのか」
ボクは地面に転がった首に向かって話しかけていた。
「ここからはどんどんいっちゃおうか」
ボクは何かの熱におかされるように斬っていった。ボクは目の前の全ての人間をさまざまな斬り方で殺した。ある人は腕から胴にかけて斬り、またある人は足から上に割いていった。
「あははは!楽しい、楽しいよ!ボクが今人間を殺している!」
ふと後ろを振り返ると死体が幾重にも重なって放棄されていた。これらを全て自分でやったと思うとなんだか清々しかった。今自分は人類に復讐しているんだと。そう思えた。
「あははは……って、もう終わりか」
気がつくと交戦した軍は壊滅、残るは目の前にいる2人だけとなった。
「つまんないの。でも最後はちょっと、楽しめそうだね」
その2人は他の雑魚とは違いある程度の気配を感じた。楽しめる気配を。
「化け物だな、お前は」
声をかけられる。
「ん?そうかな?」
「この大軍を1人で壊滅させるとはな。驚きだよ」
「驚いてる割には焦りがないようだけど」
「驚いてはいるが別に焦りは感じない。なぜならただの魔族に我々王国十二騎士が負けるわけないからな」
「ふーん。君たちは十二騎士のうちの2人で間違いない?」
「ああ、俺は王国十二騎士第9席『剛腕』のルイヒトス。そしてさっきから喋らねえ奴が第10席の……」
ズザッ
「あ、ごめん。話長すぎてさえぎちゃったよ。ルイヒトス君だっけ?うるさい子はお口チャックだ」
このルイヒトスとかいう無駄にでかい図体をしていたやつは斬った。筋肉馬鹿、とでもいうのだろうか。首からは多量の血がどくどくと流れ出していた。やっぱり首を切断するのが確実で最速だからいいかもしれない。
「で、なんだっけ。そうだ、さっきから無口の君、名前は?報告するまでは覚えといてあげるから」
「…………」
「どうしたの?話さないと伝わらないよ?」
「ああー、あ、ぁ、あゝ」
「壊れちゃった、のかな。どうしよう。これだと何も情報を聞き出せないよ」
「……許さない、許さない!」
小さな彼の体から魔力が溢れ出し形を作っていく
「お、喋れるじゃん。なら最初からしゃべってよね」
第10席の子は魔法使いであることが装備からわかる。手には杖、腰には短剣。典型的な魔法使いの姿だ。
魔力量は……そこそこあるね。8000ぐらいだろうか。まあ弱くはないけど。
「<火球>《ファイヤーボール》!」
ボクに向かって飛んでくる顔サイズの火の玉。
それをボクは『斬った』。
普通、魔法は斬れない。魔力が一箇所に固まってそれが具現化したものが魔法だから物理的に無理なのだ。
しかし目の前の球は違かった。魔力が一箇所に練られておらず、剣を通すだけで簡単に魔力が雲散してしまう。これはこの十二騎士が魔法使いとして3流だということを如実に現していた。
「弱い。火力が小さすぎる。これが土壇場から出た十二騎士の渾身の魔法ですか」
そう言って一気に距離を詰めて、顔と顔をくっつける。
「お前、舐めてんじゃねえぞ」
「ばいばい、またいつかね」
ボクは笑顔を作って彼の小さな首を切り落とした。
「これで、任務完了かな」