初陣と不安
「ああー、なんか変に緊張するよー。起きてから震えが止まらない」
「なんでよ?ミアは人、殺したことあるでしょ?」
「そうだけどさ、こんなにいっぺんに殺すことはないから」
「それは私も同じよ。でもそれが戦場の掟ってもんでしょ」
「そうだね。…覚悟を決めたよ。やらなきゃやられる、そんな世界だもんね」
ここは城下町のはずれにある魔王軍を編成する場所だ。少し開けたこの土地は全体を見渡すのにちょうどいい場所なのだ。
これから一緒に戦う同志との初顔合わせ。そして彼らを率いるのがボクらだ。一応総指揮官は幹部第7席であるボクになっている。ティアは第8席なので階級はボクの方が上だからね。
ちなみに、この魔王軍は別に強さで位が決まるわけではない。
魔王軍ではその兵士がどれだけ魔王軍に利益のある行動をしたか、つまりは貢献度で決められている。今まで魔王軍に仕えてきた年数、作戦に関わった数など。さまざまな観点から決定されている。なので強さというのはあくまで1つの指標に過ぎず、それが全てというわけではない。だからもし戦闘能力が皆無でも頭が切れて、いい作戦を立案できれば幹部にだってなれる。それがサタンさんだし。
この魔王軍の作戦立案は幹部第1席であるサタンさんが主に担当している。サタンさんは正直別格だ。サタンさんの強み、それはその万能性にある。頭が切れて、その場の判断力もあるから潜入もでき、かといって戦闘ができないわけではなく、むしろ戦闘面も強いほうだ。さらには悪魔族という特性を最大限に活かした立ち回りも得意で隙がない。…本当にあの人の弱点はどこなんだ。
「そろそろ時間かな?」
「魔王様からは日の出すぐに出発しろって言ってたもんね。そろそろ行こうか。声かけよろしく」
「ボクが?」
「この場の最高責任者はミア、君だよ?」
「分かったよ…。んんっ!」
拡声魔法を自分の声帯に紐づけて声が遠くまで聞こえるようにする。
「これからボクらが行くのは戦場!生きるか死ぬかの場所だ!そこでは甘い考えは捨てて目の前の敵を斬り伏せろ!」
「「「オオッーーーー!」」」
「それでは武運を祈る!ティア、よろしく」
「承知!<テレポート>」
※※※
久しぶりのこの空気。城下町とは違う、不思議な雰囲気だ。転移したこの土地、ムーン砦の近くには森があるから空気は綺麗だ。しかし、ここは戦場。近くから血の濁った匂いがする。戦場特有の異質さはこのようなギャップからきていると思う。
ボクらが転移したのはムーン砦から少し離れた魔王軍の拠点。そこにボクらの本陣がある。この拠点の前には平原が広がっているが、左右は森に囲まれているため見晴らしは良い。戦いになんて向いた土地なんだろう。ここでは今まで何回も戦いが行われてきたと聞いている。ここにはその怨念というか呪いというか、少し暗い空気が漂っている。
「お待ちしておりました。ラミア様、ミーティア様」
「あなたは……」
声を発した人物には長い尖った耳があった。そして黒い肌。ダークエルフの象徴だ。
「私はシロと言います。この拠点を任されている者です。この度は応援に来てくださりありがとうございます」
「あなたがシロさんですか」
「?ティアは知ってるの?」
「そりゃそうだよ。だってこの人はヴェラさんの妹だよ?」
「えー!そうなの?」
シロさんは現在ワンピースのような物を着ていて動きにくそうだが、所々に動きやすいように改良が施されていて戦場に向いている服装になっている。
ヴェラさんはいつも軽装で、ショートパンツに胸当てをしているだけのことも少なくない。服装からは真反対に見えるがそれでも顔立ちは似ていて、やはり家族なのかなと思う。
「そうですけど、今はそれどころではありません。朝になり、人間が総攻撃を仕掛けてきました。現在、ここにいる兵は昨日までの戦いでかなり消耗していてあまり活気がありません。なので早く食い止めたいのですが……」
「わかりました。早く行きましょう。善は急げ、ですからね。行こう、ティア」
「賛成。早く行った方が良さそうね。とりあえずこの場の指揮は引き続きシロさんに任せます。何かあった時はこの水晶玉を使って連絡してください。逆もまた然りなので」
そう言ってティアはポケットから水晶玉を取り出す。そしてボクの方を見て「異論はある?」と言ってきた。なのでボクもアイコンタクトで「ない」と返しておく。
「ではボクたちは行きます」
「かしこまりました。健闘を祈ります」
「また今度お話ししましょうね。ヴェラさんのこと知りたいので」
ボクは優しく笑って見せた。
「お会いできたら喜んでお話ししますよ」
そう言ってボクらは戦場のほうに走り出した。
※※※
「ティア、ボクが先に斬って相手を蹴散らす。だからティアは後ろから魔法で応援してほしい。いい?」
「いいけど…。ある程度蹴散らしたら合流してよ?そこからは一緒に行動で」
「ん。ありがと」
さらにスピードを上げようとしたボクだったが、後ろから袖を掴まれた。
「なに?」
「ミアは分かってるの?」
「何をだよ?」
「…あなたが人間だってこと。ミアが表に出ると色々と困ることがある、ミア自身にね?裏切り者だって、軽蔑される。決別したとはいえ同族に。それを…ミアは耐えられる?」
「そのぐらい、分かってるよ。その上での魔王軍加入だ」
「そう……。でも私は、私たちは不安なの。だからこれを」
「…これは?」
ティアに渡されたのは小瓶だった。中には砂や紙が入っているペンダントのようなものだ。
「この瓶は認識を阻害する効果があって、首からかけると装備している人に認識阻害がかかる。と言っても、顔の認識をあやふやにするもの。だからこれで顔を見られても相手はミアの顔がわからない。この大きさだとそれが限界だったんだけどね」
「限界だったって、これはティアが作ってくれたの?」
「うん。私だけじゃないけど、これは魔王軍のみんなが君を想って作った物だから。大切にしてね?」
「分かった。大切にするよ」
ボクはその小瓶を首からかけて前を向いた。香水のような甘い香りがしていい感じだ。
「これでいい?」
「うん。あまり激しく動かないでね。割れちゃうから」
「それは厳しいかな」
あははと笑って見せる。
「それもそうか。じゃあ行っていいよ」
ティアは笑顔で見送ってくれたが、その目からは少し、不安を感じ取れた。