復活
「……ボクはこの世界で、どんな意味があるの………」
「……それは私にもわからない。ごめんな、上手いこと言えずに」
「………。そっか。せめて君には、ボクの価値が分かれば良かったんだけどな」
そう言ってミアは自然な動作で剣を抜き、自らの首に当てた。
「ありがとう。また来世で会おう」
剣を引き、動脈を断ち切ったことによって血飛沫が舞った。
「……え?ミア?」
急いで倒れたミアの元に駆け寄り、心肺を確認する。
「おい、なあ?嘘だよな?いつものやんちゃなイタズラだよな?」
自分の声は虚しく響き、答えが返ってこない。
急いで治癒魔法と蘇生魔法を発動する。一刻も早く治癒すればまた生き返るのではないかと。そう信じていた。けれども、ミアはすでに一度死んでいる。つまり蘇生できる確率は…限りなく低い。しかも、動脈が深く傷ついているからか出血がひどい。
「ミア…頼むから、死なないでくれ」
嗚咽混じりの声で懇願する。そして自分を責めた。
どうしてもっと早くからミアのことを気にかけ、何か行動に移さなかったのだと。自分はミアが魔王軍へと入ったときから彼女の穴に気づいていたにも関わらず、どうして他人に任せてしまったのだと。後悔してもしきれない。
もっと言えば、私はミアに聞かれた問いに答えるべきだった。それが嘘だとしても、彼女の慰めになるのであれば。ミアの価値なんて前から決まっていたじゃないか。
ラミアは、我ら魔族の誇りであり、仲間だったのに。
何分間考え、魔法を発動させていたかはわからない。けれども、いきなりミアの体に輝きが与えられ、その光景に釘付けになって呆然としてしまう。その場面はまるで命が吹き込まれる瞬間、この世で最も尊き事象だった。
「あーあ。また戻ってきちゃったのか、この世界に」
「…ミア、なのか?本当に。生きて…いるのか?」
「うん。ボクはラミア。君が知っているボクとは、少し違うかもしれないけどね」
※※※
「うん。ボクはラミア。君が知っているボクとは、少し違うかもしれないけどね」
「別にそれはいいんだ。今はただ、お前がこうして目の前にいることだけで…私は嬉しいんだ」
「そっか。なんか迷惑かけちゃったみたいだけど、これでボクが今何を感じているかが表現できたかな。ボクは死にたいぐらいに孤独から解放され、自由になりたかった」
「…ああ。その思いは痛いほど伝わった。けど私からもこれだけは言わせてくれ」
「なに?」
「…‥ミアの馬鹿」
そう言ってボクの頭を優しく叩いてきた。
「痛いなぁ。物理的より、レイの思いが乗った一撃はさ」
「だといいがな。…本当に、私がどれだけ心配したか。初めてできた同年代の友人が目の前で自殺するなんて」
「ボクが生き返れたのはレイの懸命の治療あってのことだよ。けどね。ボクはさっき取引をしてきたんだ」
「誰とどんな取引をだ?」
「天使と。天界にいる神の一族。ボクは彼女と取引をして、この世界に戻るよう言われた。どうやらボクはこの世界で生きていた方があっちにとって都合がいいらしい。ま、別にボクはあっちに利益があるかなんてどうでもいいんだけどね。それよりもボクが望んだ願い事が叶っているか確認する方が先」
「お前は何を願ったんだ?」
「ふふ。それは後でのお楽しみ。でも1つは教えてあげようかな。ボクはなぜ自分が生きるのか、そして孤独を感じるのかという問いに対しての答えを教えてもらった」
「どんなものだ?」
「ボクは他の人間と違う生き方を選択した故に孤独を感じ、またそれを癒すために生きるのだそう。つまりは、仲間を大切にしろってことだろうね」
「なるほどな。ならばお前はこれから生きるにあたって他人に相談するということを学んだ方が良さそうだな」
「あはは。かもねー。…だからこそ、ボクは身近に相談できる人をおくべきだと思うんだ」
「というと」
「ボクはティアの想いに応えようと思う。ティアはボクの恋人として、より一層近くにいて欲しいから」
「そうか。なら早めに言っておけ。ティアを狙っているやつは五万といるぞ」
「だよね。だってティア可愛いし」
「そこかよ」
「…‥ともかく、この件はひと段落ついたってことで帰っていい?」
「いやお前が勝手に問題を作って終わらせたんだろうが。けれど、まだ帰ってはダメだ」
「えー。まだ何か用?」
「ああ。お前は夜までこの部屋に居ろ。出来る限りの事はしてやるし、これからの事も話し合おう」
「わかった。ティアには別に後で連絡すればいっか」
「ああ。とりあえずそこのソファに座っとけ」
「はーい」
いつものソファに座るが、なぜか不思議な感じがする。なんか謎の浮遊感っていうか。
「紅茶を淹れ直すが、いるか?」
「うん。お願い」
残念ながらボクがさっきまで飲んでいた紅茶は冷めてしまっているうえ、ボクの血が混じってしまっている。多分グラザームさんにあげれば喜ぶだろうけど、ボクは吸血鬼ではないので飲みたくはない。
そんなこんなで魔王様は紅茶を淹れてくれ、ボクの目の前に置いた。
「ありがとね」
「それを飲んで一度落ち着け。我も落ち着きたいしな」
そう言って魔王様もソファに腰掛け、紅茶を手に取った。そしてひと段落つくと、魔王様が口を開いた。
「……実は、お前が自殺したくなる気持ちは前から痛いほどわかっていた。さっきも言ったように、お前は魔王軍に来る前から何かが欠けていた。そのことはずっとわかっていたんだ。……けど、お前にはティアが居て、我はそれで十分だと思っていた。楽しそうにこの部屋に来るたびに、我は安心してお前のことを見ていたが、その楽しそうに『見える』ということがお前の中にある寂しさから遠ざけていたのかもしれないな」
「……ボクもね、レイには相談しようとは思ってたんだけどどうしても言い出せなかった。何でかはわからないけど、おそらくはボクの幼少期が原因だろうね。他人に頼るということを覚える時期のはずの幼少期は、ボクの場合他人を遠ざける術を身につける期間になっていた。だからレイには相談しようと思っても中々踏み切れずにいたし、それはもちろんティアにも同じだった」
「けどお前にはもう仲間がいる。そうだろ?」
「うん。けど……頼り方がわかんないや。困っていることを言葉にするのは難しいし、そもそも困っていることのレベルがわかんないし」
「それはどれだけ困ったら相談していいかってことか?」
「うん。多分」
「そんなの決まっているだろう。思い当たったら直ぐに、だ。幸いお前の側にはいつもティアがいる。戦場であっても、近くに幹部の1人や2人はいるだろうし、お前には自分の隊まであるじゃないか。これだけ身の回りに相談できる人がいるなんてそうそうないぞ」
「そう……なのかな」
「ああ。もちろんだ。確かに、お前は自他共に認める最強の戦士だ。けれども、中身はまだ18歳ぐらいの餓鬼だろう?この世界での18歳はまだまだお子ちゃまだ。だからその強さのあまり孤立してしまって、頼れる人がいなかった。今まではな。でも今はペンタグラムがあって、幹部がいて、魔王軍があって。どこが孤立しているって言うんだ。そもそも、我は元から孤軍奮戦しろなんて命令を出した覚えはないぞ」
「…そうだね。ボクはまだお子ちゃまだったみたいだ」
「ああ。だから頼れ。信頼すれば、我らもお前を信頼できる。これが生物としてのコミュニケーションの第一歩だろう?」
「うん。ありがとね、ボクは今のレイの話で救われたよ」
「だといいがな。どうだ。もう一杯紅茶はいるか?」
「…‥お願いしようかな」
「わかった。今注いでくるからちょっと待っていろ」
そうして、ボクと魔王様は夜中までお茶会をし、雑談を楽しみあった。




