報告
村を滅ぼしてから、魔都に帰ってきた。けれど帰ってきたはいいものの、何も手につかない。だけど、それは家族を殺してしまったという後ろめたさからではない。なぜなら、あいつらよりティアや魔王様の方がよっぽど家族に近い存在だからだ。一緒に過ごしてきた日数で見ても、仲の良さから見ても。家族っていうのはこうあるべきなんだなーと思う。
では、なぜそんなに気分が良くないのか。それは何か空虚感が自分の中にあるからだ。ボクは無事に憎い相手を殺し、満足した。けどこうも思うんだ。もっと痛めつけられたかなって、もっといい方法があったんじゃないかって。けれど時間は巻き戻らないし、死者もそれ相応のことをしなければ蘇らない。つまりあいつらをもう痛めつけることはできない。
「……ミア、今どういう気持ちなの?」
ティアが聞いてきた。その言葉はボクに気を遣って優しい口調なのがわかる。
「どういう気持ちって言われても……難しいな。問いが漠然としてて」
「なんか家族を殺したことに対する気持ちはないの?」
ティアに投げかけられる質問はいつも難しい。
「んー、スカッとしたかな。あいつらが死んで、ボクを縛り付けるものは少なくなったんだって」
「そう……。ミアは、復讐が全て終わったらどうするの?」
「どうするって……‥魔王軍に残ろうと思うけど。流石に自分の目的を果たしたから抜けますみたいな身勝手なことはしないよ」
「なら良かった」
「なに、ボクがそんな無責任な女だと思ってたの?なわけないじゃん」
「そうだよね、ミアは責任感強いもんねー」
「あはは、やっぱり、ティアはボクの親友だよ。一緒にいてすごい安心する。けど、この話はもうやめにしない?暗い話ばっかしててもいいことないよ」
「それもそうね。で、どうするの?ここ数ヶ月の予定は?」
「んー、特に考えてはなかったんだけどまあどうせ戦場に駆り出されるでしょ。別に精神的にも体力的にも疲れている状態ではないしさ。魔王様には敢えて酷使してもらおうかな……」
「それなら、私も戦場に暮らそうかなー。魔都も平和でいいけど、戦場の過激な面はもっと好きかも」
「やっぱりボクらは軍人だってことだね」
「そうかもね」
※※※
「ねえ魔王様ー。ボクらを前線投入してよー」
「お前とティアか?別に構わないが、今お前たちに見合うような面白そうな戦場はないぞ」
魔都に帰って、早速魔王様に報告がてら今後の予定を決めてもらう。
「えー。本当に?」
「残念ながらな。それにしても、ミアはともかくティアもこの話に乗るんだな」
「たまにはね。ミアにばっか手柄を取られても癪じゃない」
「まあお前ら2人は昔から競争心が激しかったもんな」
「そうだよー。てかさ、魔王様は戦場に出ないの?別に魔王様ってステータス的には弱くないから全然出れると思うんだけど」
「冷静に考えてみろ。我が魔都からいなくなったら自治するものがいなくなるだろ。さらに、仮に戦場で死んだりでもしたら魔王軍の士気が下がると共に人間側の士気が上がってしまう」
「正論食わされた……。それにしても、生き物ってやっぱりその時々の状況とかに一喜一憂しやすいよね。そうでもないと士気って言葉は生まれないし」
「そうだな。その気持ちがあることで生き物は生きているという実感が湧くし何かを信じたいと思う。その対象が我だったりするんだがな」
「人間側もそうだったよ。みんな十二騎士を崇めてつまんないの。なんなんだあいつらは」
「ヴェロストのことか。確かに奴は人間の間では凄まじい人気を誇るよな。なんでなんだ?」
『尊貴』ヴェロスト。人間界隈ではこの世で最も尊ぶべき存在と言われている男だ。メシア王国最強にして高潔な血を引く者。
「ボクに聞かないでよ。ボクだってあいつの魅力がまったくわからないんだからさぁ。まあ確かに、公平に見てイケメンだし、強いし、地位もあるし、モテないわけはないんだけど。それでもあの人気は異常だよね。ある種の宗教とも言える」
「でもミアは会ったことはあるんでしょ?」
「一応ね。1回だけだけど、その……顔とか声はしっかりと覚えてる」
ボクはどちらかというと気持ち悪かったと思う。なんか演技してるっていうか……言語で言い表すのは難しいけどさ。
「ヴェロスト、か。あいつは王都から出てこないからまだいいんだがな…」
「だけど?」
「気になるのはやはり十二騎士上位の面々だ。特にヴェロストを除いたニ席、三席、四席の奴らだな。仮にこいつらが出てきた場合我々もペンタグラムを当てないと話にならない。今の幹部は猛者揃いではあるが……1人や2人持っていかれても予想外の出来事ではないな」
「……ボクは出来るだけ皆さんには死んでほしくないからなぁ。ボクが前線に出るよ、やっぱり」
「すまないな。なんだかんだ好戦的な幹部を見ると、お前に一番頼みやすい」
カルタさんもいるけど……あの人プライド高いからなー。頼みづらいのはわかる。1回打ち解けちゃえばって感じ。
「ねえミア。そういえばミアの妹ってどうなってるの?ミアの過去を聞いた時にちょろっと出てきたけど」
ギクッ。今その話題を持ち出してくるのか…。
「……正直に言わないとダメ?」
「だーめ。魔王様も知りたいでしょ?」
「少しはな。だがミアが口を閉ざすのは珍しいことだ。だからそんなに問い詰めなくてもいいんじゃないか?」
「わかったわかった。そんなに問い詰めはしないけど教えてほしいなぁ」
ティアが上目遣いでボクを見てくる。ちょ、その角度は反則でしょ。
「……魔王様、この部屋の会話を今、盗み聞きされる可能性は?」
「ないな。仮に我が侵入を許可している者でも、この空間の話は外にいる限り知ることはできん」
「了解。でも言う前に条件がある。一つは他言無用。もう一つは妹はボクが殺す。オッケー?」
「分かった。約束しよう」
「……じゃあ言うか。自分の妹のことを話すのは初めてなんだけどね。まあ本題に入る前にさ、ザルバトスがフェイクになった理由は話したよね?」
「それはまた昔のことだな」
「確か、なんかザルバトスがやってた悪事が密告されて降格したんだよね」
「そうそう。で、実はその密告をした人物がボクの妹なんだ」
「そうなの?」
「多分、というか確実にね。これはザルバトス本人から聞いたから」
「なるほど…。それで、お前の妹は現在どういう地位にいるんだ?密告なんて最低でも軍の上位にいないとできないぞ」
「それがね…今は十二騎士の第五席みたい。ザルバトスの空席にそのまま座った感じ」
「……強さは?」
「わからない。けど、十二騎士上位に見合っただけの実力はあるみたい。少なくともザルバトスよりは強い」
「それ本当?ザルバトスよりも強いってそれは四席にも入れる可能性があるってことじゃん」
「そうなるね。結構大事なことだから言いたかったんだけど……どうしても自分1人で復讐は完結させたいなって思っちゃって。長い間言い出せなくてごめんね。……隠した処罰は、受け入れるから」
今の気分は割と重い。罪の告白みたいな。
「そんなに気負わなくていい。確かに持ち帰った情報の隠蔽は処罰に値するが、まあミアが入隊した時にあくまで個人契約だという話はしたはずだからな。軍規定に厳格に従う必要はないだろう」
「あ、ありがとう。やっぱりレイは優しいね!」
そう言って魔王様をハグする。
「ちょ、やめろ。お前の胸がデカすぎて前が見えない」
「なんで。いいじゃん。ちっちゃくて可愛いよ?」
「おい、それはなにに対して言っている⁈」
「さあ?」
ボク的には身長と胸のダブルミーニング。
「はあ……。つ、疲れた」
魔王様がボクの抱擁から抜け出すのにまあまあな時間がかかった。そのせいか魔王様は息切れだ。
「もう。こんなに早く抜け出せるならもっと力を込めてやれば良かったかな」
「流石にこの魔王軍で1、2を争う筋力を持つ奴に本気で抱きつかれたら死ぬわ。冗談でも言うな、そんなこと」
「はいはい。で、なんだっけ。あ、そうか。ボクの妹の話か」
「そういえばそうだったな。名前はなんていうんだ?」
「知らないよ?でも顔はわかるから見ればわかるけど。ボクと結構似てる感じ。髪の色は同じ銀髪だけど、目の色が違ったはず。それをもとに目撃情報とかを集めてくれると嬉しいな」
「分かった。でも今のところ、そういう姿をした十二騎士の話は聞いていないな。壊滅的にやられた戦場がなくはないが……そこにいた可能性はあると思うか?」
「さぁ。瓦解した規模にもよるけどボクの妹ってことで才能はボクと同じぐらいあるんじゃないかな?年齢を考えると史上最年少で十二騎士の上位になっただろうし」
「やっぱりミアの血筋はすごいね。勇者に十二騎士を産むとかヤバすぎでしょ」
「まあ、そんな問題児はボクが殺すってことで。よろしく」
「頼んだぞ。あ、そういえばだがな、勇者が次に出陣する戦場が特定できた。日にちも一緒にな」
「そんな重要な情報を今言う⁉︎」
「すまんすまん。忘れていたんだ。8日後にレストという場所に来るらしい」
「レスト?どこそれ」
「確か…魔族領と人間領の境目の西端だ。近くに住んでいる人口や規模もそこまで大きくないから知らなくても当然だな」
「でもなんでそんな田舎の戦場に?もっと大きい戦場に出てレベルを上げた方が効率的だと思うけど」
「それでは危険が伴うからな。おそらくはレベルと危険性を天秤にかけた結果、危険性の方を重視したんだろう」
「なるほどね」
合点が入った。
「じゃあ任せたぞ。それまでは好きなように時間を潰してくれ。あ、ただミアだけは残ってくれ。話がある」
「はーい。じゃあ私は先に帰ってるね。あとでね、ミア」
「うん。あとでね」
そう言ってティアは魔王様の部屋から出て行った。