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7、クロヴィス、俺と走ろう作戦

 パーティの翌日、『五果(ごか)三枝(さんえ)』……5月3日。


 今日は、王立魔法学校の登校日だ。

 私たちは早朝6時に、魔法学校での乙女ゲーム攻略を開始した。


 メイドのアンナに見送られ、私はミントブルーの髪を首の両横で二つに分けて束ね、魔女帽子をかぶって家を出た。パーニス殿下の馬車が迎えに来てくれていて、攻略場所まで連れて行ってくれる。


「今朝の作戦名は、『クロヴィス、俺と一緒に走ろう作戦』です」

「俺はクロヴィスに嫌われてるぞ。奴は兄上の取り巻きだし」

「殿下、兄君の取り巻きを奪うのです。敵の味方を自分の味方にするのです」

 

 『クロヴィス、俺と一緒に走ろう作戦』の場所は、城周街にある騎士団長の家の近く。

 攻略対象キャラの1人、騎士団長令息のクロヴィスが毎朝走り込みをするコースだ。

 

「パーニス殿下、上だけ服を脱いでください」

「……なぜ?」

「民のためです」

「従おう」


 今日も殿下は扱いやすい。罪悪感を覚えるくらい。


 しかし、実際に脱いでもらうと覚悟していたが美しい裸体の刺激が私には強すぎる。

 私は直視していられず、そっと目を逸らした。じっと鑑賞していてもセクハラだし。


「さすがです、殿下。その肉体美は必ず筋肉愛好家の審美眼に叶うことでしょう」

「言い方がなんとなく嫌だな」

 

 パーニス殿下は着痩せするタイプだ。隠れて鍛錬している上に、秘密組織【フクロウ】で実戦も経験しているので、無駄のない筋肉がついている。

 

「上からコースをナビゲートします。殿下はモフモフたちを連れて爽やかに朝の走り込みを見せつけてください」

「わかった。この歪な形をしたぬいぐるみは?」

「失敗作だと言ってください」

「なんだそれは」


 私は箒に乗り、空を飛んだ。

 眩しすぎる太陽の光を雲が覆っている、優しい印象の青空だ。


 魔女の宅急便みたいにルビィと飛んでみたい気もしたけど、ルビィはセバスチャンの背中に載せて地上でクロヴィス攻略だ。


「いた。クロヴィスだわ」


 特徴的なセージグリーンの髪を見つけて、私はパーニス殿下をけしかけた。

 

 騎士団長の令息、魔法学校騎士科3年、17歳のクロヴィス・フィア・ロクフォール準男爵令息が走り込みをしている。

 彼はイージス殿下の信奉者。

 騎士団長の後継ぎとして厳しく育てられ、ストイック。父に「視覚に頼るな」と命じられ、座学以外では目隠しの布を巻いている。鍛錬は義務、怠惰許さん、規則は絶対。

 でも実は可愛いものが好きな乙女男子で、父に内緒で刺繍したり捨て猫に餌あげたりしてる。

 

 そんな彼と出会うため、パーニス殿下が接近。少しずつ、自然に。偶然同じコースで、たまたまタイミングが合ったと思わせられるように。


 そして、爽やかに挨拶だ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「おはよう、クロヴィス君」

「パーニス殿下……? おはようございます」

「俺も走り込みをしていたところだ。奇遇だな」

 

 困惑気味のクロヴィスは背が高く、筋肉が隆々としている。

 その隣に並ぶパーニス殿下も、負けず劣らずの体格だ。鍛えていることが一目でわかる、しっかりとついた筋肉。

 

 ここで私は失敗に気づいた。


「しまった。クロヴィス、目隠ししてるからパーニス殿下の肉体美が見えないじゃない」


 誰にも失敗はある。私はこの反省を次回に活かそう。

 

「わんっ、わんっ」

「きゅうー!」

「えっ、なんだ⁉︎ い、犬? うわっ」


 おおっ? 私が反省していると、地上のセバスチャンとルビィがクロヴィスに踊りかかって押し倒し、目隠しを奪っている! ナイス!


「は……、も、モフモフだ……」

「俺のペットがすまない。大丈夫か?」


 地面に座り込み、セバスチャンに顔を舐められながらラベンダー色の目をぱちぱちと瞬きするクロヴィスへと、パーニス殿下が手を差し伸べる。

 その拍子に、パーニス殿下ぎ持っていた出来の悪いぬいぐるみが、ポトリと落ちた。


「このぬいぐるみは?」

「あ……これは、俺が作ったのだ。愛しい婚約者にプレゼントしようとしたのだが、失敗してしまってな……」


 ぬいぐるみを拾うクロヴィス。

 一方、パーニス殿下はルビィを頭に載せ、足元にセバスチャンをまとわりつかせ、上をちらりと見る。


「俺は最近、手芸に興味があるのだ。恥ずかしいから内緒にしてくれ」


 照れたように視線を逸らし、「さ、走り込みを再開しよう。邪魔してしまってすまなかったな」と走り出す。


「はい、王子殿下……お供いたします」

 

 クロヴィスは驚いた顔をしつつ、パーニス殿下の後についていった。ここでパーニス殿下は「クロヴィス君」から「クロヴィス」へと呼び方を変えた。


「クロヴィス。俺は普段こっそりと鍛錬しているのだが、2人で走るのも楽しいな。もしよければ明日からも一緒に走って構わないだろうか?」

「は……」


 速度を緩めて隣に並び、パーニス殿下が笑顔を見せる。


「俺は君と走りたい……クロヴィス、俺と走ろう」


 ヒマワリが咲いたみたいな、人を惹きつける笑顔だ。


「承知しました殿下。……私でよければ、ぜひご一緒させてくださいませ」

 

 クロヴィスはおずおずと頷いた。その声は、最初に挨拶した時よりもパーニス殿下への敬意と好感が感じられる。

 

 

 ――成功!


 箒に乗って上から見守っていた私はガッツポーズをして……「あっ」手に持っていたカンペが落ちた!


「ん? この紙は?」

「クロヴィス、それはなんでもない。気にするな……! ああ、上を見てはいけない!」


 クロヴィスに見つかる前に、私は慌てて現場から離れて家に戻った。あとはアドリブで頑張ってください、パーニス殿下!

 

「ところで、殿下はなぜ上着を着ておられないのですか?」

「それか。それはな……実は、俺も知りたい」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 


五果(ごか)三枝(さんえ)』……5月3日、8時00分。

 私はパーニス殿下と魔法学校に登校した。パーニス殿下、走り込みの後で王城に戻り、そこから馬車で魔女家に迎えにきてくれたのだ。


「走った後、軽く剣の稽古もしたぞ」

「素晴らしいですパーニス殿下」

 

 この国の王立魔法学校は15歳から18歳までの4年間、身分に関係なく通うことができる。

 15歳が1年生。16歳は2年生。17歳は3年生。18歳は4年生だ。

 

 馬車の中で、私はパーニス殿下に攻略予定を告げた。


「パーニス殿下。お昼休みに、クロヴィスに会いにいきましょう……その手の怪我は、いかがなさいましたか? 魔物と戦ったり?」

 

 パーニス殿下の両手の左手の指に包帯が巻いてある。痛々しい。

 治癒魔法が使えたらいいのだけど、あいにく治癒魔法は聖女と認められた人物にだけ大樹が授けてくれる特別な魔法だ。

 

「野菜を切るのに苦戦した」 

 

 野菜? 隠喩かな? 魔物を斬っていたのかな? まさかクロヴィスと真剣勝負して怪我したとかじゃないよね? まさかね。

 

「魔物と戦っていたんですね。いつもお疲れ様です。……パーニス殿下はこれから、昼間にご活躍するお姿を見せる必要があります。ですから、【フクロウ】のご活動で夜更かしするのは、ほどほどにですよ」 

「わかった」

 

 少し考えてから、パーニス殿下は頷いてくれた。

 従順だ。言うことなんでも聞いてくれそう。


 魔女家の馬車から降りてパーニス殿下と学校の門をくぐると、生徒たちが寄ってくる。

 学校には制服があるので、どんな家柄の生徒もみんな同じ制服姿だ。

 校則は緩めで、着崩している生徒やアレンジしている生徒もいる。私も魔女家のトレードマークである魔女帽子をかぶっているしね。


「お二人とも、ご婚約おめでとうございます」

「お、おはようございます!」

「特効薬のおかげで、祖母が救われました。ありがとうございました」


 以前のマリンベリーなら、高飛車な対応をしたかもしれない。

 しかし今は違う。

 お淑やかな令嬢スマイルで謙虚、堅実をモットーに対応しよう。


「おはようございます。皆さん、ご祝福くださってありがとうございます。そちらの方はお祖母様が助かってよかったです、どうぞお大事に」


 ご参考までに、「謙虚、堅実をモットーに」は小説家になろうの伝説級の有名な作品だ。

 エタっていたけど私が死ぬ直前に続きが更新されて完結した。死ぬ前に読めてよかったよ。


 さて、私が謙虚、堅実をモットーに校舎に入ったところで、女子の声が聞こえた。

  

「普通、お姉さんが死んだのに平然と登校する?」

「お姉様が亡くなって誰が得をしたか考えてみなよ。案外、あの子が犯人だったりして」 

 

 視線をそちらに向けた私は、驚いた。

 

 女子が数人がかりで、一人の女子の近くで聞えよがしに陰口を叩いている。

 陰口のターゲットになって俯いている子は、小麦色の髪を三つ編みにした、小柄な子だ。

 大きくてぱっちりした、とび色の瞳に、健康的に日焼けした肌。

 チャームポイントのそばかす……。


「えっ、ヒロインちゃんそっくり……」

 

 その子は、死んだはずの「パン屋の娘・ヒロインちゃん」そっくりだった。

 


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