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68、助かりますよ

 「聖女マリンベリーを守護大樹にするべき」と提唱している有力者のひとりに、カラクリ神学者ラスキンがいる。

 彼は地震の日、その意見を覆すことになった。


 というのも、ラスキンは聖女に一生かけても返せない恩を感じることになるのだ。

 ひとことで言うと――息子の命を救ってもらったのである。

 

 年頃の息子は、ダンテという。


 ラスキンは、ダンテが聖女マリンベリーにたぶらかされていると苦々しく思っていた。

 聖女マリンベリーは顔立ちも美しくスタイルもよく、思春期の息子が骨抜きにされても仕方ない。

 異性耐性のない純情な息子は、咲き頃の見事な花の甘い蜜の香りにのぼせ上がっているのだ。

 

 魔女だ。悪女だ。何が聖女だ――少し前までは評判の悪い問題娘だったではないか。

 

 ラッセルは学者である。他家の歴史にも詳しい。

 

 『魔女家』ウィッチドール家は、古の時代にウォテアという当主が就いてから、代々女当主が続いてきた。

 

 ウォテアという当主は魔力が強く、不老だったと言われているが、精神は極めて不安定だったと伝えられている。

 その血筋である子孫も、気性に難のある女たちが多い。

 一説によると近親婚を繰り返した弊害で、心身ともに健康な子が産まれにくくなったという。

 現当主キルケは身を固めておらず、幼少期に亡くなった弟の姿を取り続けていて、現在は養女マリンベリーを溺愛中。

 同性で養い親だというのに「ボクと結婚」という際どい言葉まで聞かれたほどの異常偏愛。

 天才と呼ばれる類の者に人間性や社会性を著しく欠くタイプがよく見られるが、間違いなく、魔女家は「魔法の才能は優れているが、人間性や社会性に難あり」の家系なのである。

 


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 

 外周街でホームズ川が増水し、人が流された。

 広中街では、火災も起きている。

 そんな知らせが飛び交う王都マギア・ウィンブルムの城周街で、カラクリ神学者ラスキンは地獄を見た。


 地震の直前、父と息子は、屋敷で討論していた。


「父上! 聖女様は人間ですよ。どうして人柱にするなどと非人道的な考えになるのでしょうか。理解できません!」

「ダンテ、お前は女に夢中で冷静に物事が考えられなくなってるんだ。ああいうのは、妖婦とか悪女という」

「なにを証拠に!」

「お前、狩猟大会のときに大勢の前でおっぱいを描いていただろう。父さんは恥ずかしかったぞ」

「うっ」


 それに、この息子ダンテが魔法学校で魔女家令嬢絡みのやらかしをしてくれたせいで、魔女家から圧をかけられて守護大樹の浄化に協力させられたりもした。

 

 当主キルケは人使いが最悪だった。

 ラスキンは過労死するかと思ったのだ。おかげで守護大樹は浄化したのに、結局失われてしまっただと。

 わけがわからない。

 おのれ、キルケ。あの苦労はなんだったのか!

 

 そして、地震が起きた。


「うわっ……⁉︎」

「――父上! 危ない……!」

 

 天井が崩れ、ラスキンは死を覚悟した。

 

 その程度で防げるものかと思いながら両腕を頭の腕にあげて目を閉じたラスキンに、息子ダンテは体当たりするように勢いよくぶつかってきた。

 強烈な衝撃ののち、視界が暗転する。ラスキンの意識が一瞬、途絶えた。


 そして、意識を取り戻したとき。


「う……っ」

 

 ラスキンは、息子と一緒に倒壊した建物の生き埋めになっていた。


 息子が自分の上に覆いかぶさっている。頭から血を流していて、見るからに重傷だ。

 身を挺して庇ってくれたのだと、すぐにわかった。苦しそうに歪んだ息子の目が自分を見て、弱々しく問いかける。

 

「父上……お怪我は、ありませんか……?」

「お、お前。ダンテ……なんということだ……」


 未来ある後継者である大切な我が息子が、大怪我をしている。血が流れ、呼吸が弱まり、体温が低くなっていく。

 か細い命の灯火が刻一刻、消えかけているのが、見て取れる。


「誰か! 助けてくれ! 頼む……急いでくれ……!」

 

 息子は大怪我をして、意識を失い――崩壊した建物の下敷きとなり、埋まった父子は、1時間ほどして救出された。

 

 傷病者が集められた救護テントは、医者や薬師が慌ただしく活動していた。

 汗を拭う暇もなく働く彼らの処理能力は限られていて、テントは症状の度合いに応じた区分けがされ、旗が立てられて、腕に識別布が巻かれてトリアージされた患者が浮遊魔法で次々と運ばれていた。


 巻かれた布は、重い症状の順に4色だ。


 赤色は、生命が危機的でただちに治療が必要。

 黄色は数時間以内に処置しなければいけない。

 緑色は生命の危険がなく、緊急性が低い。

 黒色はすでに心肺停止状態だったり救命の見込みがない患者だ。


 ラスキンの腕には緑色の識別布が巻かれ、息子ダンテの腕には黒色の識別布が巻かれた。


 ――息子は「救命の見込みがない」と判断されて黒い布を巻かれてしまったのである。


「息子が黒布だと? まだ息があるんだぞ。すぐに治療すれば助かる! まだ間に合う! 緊急性が高いんだ! お前らが治療すれば間に合うんだぞ!」


 息子ダンテはまだ呼吸している。

 心臓が動いている。治療放棄されては確実に死んでしまうが、助かる命なんだ。


「助けてくれ。なんでもする。金も払う。頼む、頼む、頼む……!」

  

 ラスキンが血を吐く想いで泣き叫び、縋りつき、懇願するが、相手をしてもらえない。

 栄えある学者の地位は、緊急事態の救護テントでは特別扱いを受けるほどではなく、息子を助けられない。


「何が学者だ。私はこんな時に何もできないではないか……!」


 放置されて弱っていく息子を前にラスキンが絶望したとき。

 涼やかな声が、耳に届いた。


「助けます……助かりますよ」

 

 ――パァッ、と、テント全体に純白の光が溢れた。


 神聖な光だ、と本能で感じる。

 眩い光に驚愕しつつ目を覆ったラスキンは、数秒して光が収まるのと同時に、奇跡を知った。


「……ダンテ……!」

  

 目に見えて、息子ダンテの傷が塞がり癒えていく。

 呼吸が安定し、蒼白だった肌に血の気が差してくる。

 

 聞こえてくる会話が、これが現実の出来事だと教えてくれる。


「聖女様! みだりに治癒魔法を使わず、優先度順に負傷者をお助け下さいませ……!」 

「……私は全員すでに助けましたけど?」

「はっ?」

「もう治癒しました。ご確認ください」

 

 顔を上げて視線を向けると、光が収まった救護テントの中でそこだけ際立つ存在感が、ひとり。

 淡い青緑の髪は極上の絹糸のような艶めきをみせていて、身にまとった白いローブが異常に清潔に神聖に感じられた。

 彼女の周囲だけ、特別に空間が明るくて、空気が澄んでいるように感じられる。

 

 ――聖女様。


 ラスキンは目を瞠った。

 

「息子の心を奪った」と苦々しく思っていた相手、聖女マリンベリーが、助けてくれたのだ。


 


ここまでのお話を読んでくださり、ありがとうございます。

別の作品に関しての作業があり、いったんこの連載の更新をお休みします。

作業が落ち着いたら再開いたします。

お休みがちになってしまってすみませんが、もしよろしければ、気長にのんびりとお付き合いくださると嬉しいです。(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ぺこり

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