66、商才を備えた人材は
アルティナ・メディチはファザコンである。
世の中は身分を重んじる。
それは、生まれたときには決まっていて、本人の努力では覆せない。
――しかし、父親は成り上がった。自分の才覚で莫大な資産を形成し、その金で爵位を買ったのである。
父が何かを決断して、実行して、結果としてお金が増える。
アルティナは、それが魔法より凄いと思った。
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「いい家柄に生まれて幼い頃から教育を受ける者は、いわゆるお上品で知識の豊富な人物になる。だが、彼らに商才があるかというと、必ずしもそうではない」
幼い頃、父はアルティナを膝に乗せ、よく語った。
「教育と体験が人を作る。思い上がり、人を見下してしまう貴族令息のなんと多いことだろう。何かを始める前に失敗するリスクを考え、行動するのをやめてしまう。人をはかる尺度が行動力や人柄よりも肩書きや社会的な序列になってしまう……成長して商談の場や社交界に出れば、そんな人物と多く接することになるだろう」
アルティナは、商人をばかにする貴族をその頃、すでに見ていた。
大好きで尊敬している父がばかにされて、とても悲しかった。腹が立った。
父はどんなに理不尽な嘲笑にさらされても感情的になることがなくて、堂々としている。そこが格好いい。
「アルティナ。商才を備えた人材は、目先の利益よりも社会的信用や、人心を味方につけることを重視する。周囲で起こっていることに敏感に反応し、相手の気持ちや立場を素早く察することができ、奉仕精神に富んでいる。約束を守り、義理堅い」
アルティナは、目を宝石のようにキラキラさせた。
父はとても価値のあることを話してくれている。今、この場にいない者は誰も知ることができないお話だ。
とても貴重な時間と体験だ――そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
「よき人材は、金を作る楽しさを知っているので、与えられた作業をノルマとして苦しそうにこなすのではなく、どうすれば稼げるかを考えながら仕事を楽しむ。自分は上位者であり、敬われるべき。教えてやる側だという態度を取らず、他者に教えを請い、貪欲に吸収して成長していく」
こういうお話をしてくれる父がいるわたくしは、すごく恵まれている。
父は、わたくしに「よき人材になりなさい」と言っている。よき人材を見分け、大切にしなさいと教えてくれている。
だから、アルティナはよき人材であり友人を守るのだ。
時世を読む。
大衆は、安定した暮らしを求めている。
生命の危険を感じず、貧困に喘ぐことなく、孤独や不安に苛まれることなく生活を繋ぎたい。
心の支えがほしい。安心させてほしい。希望を抱かせてほしい。
目に見える超然とした存在、守護大樹は、大衆にとって心の拠り所だった。
守護大樹が失われ、流星群が流れて、大地が揺れて沈み、生活が脅かされる災害が起きる。
彼らの耳に「天からの警告だ」「守護大樹が失われたからだ」という声が吹きこまれる。
災害の前に、カラクリ神学者ラスキンが「聖女を守護大樹にすればいい」と提唱していた。
だから、自分の立つ大地が揺らぎ、文字通り崩れた今。
大衆は、安定のためにラスキンの声を拠り所にしようとするかもしれない。
――わたくしのお友だちを、守護大樹にはさせませんわ。
聖女マリンベリーは、アルティナにとって特別だ。
彼女は貴族の中でも序列の高い『魔女家』ウィッチドール伯爵家の令嬢なのだが、養子。孤児院出身なのだ。
貴族は由緒正しき血筋を重んじる。
ゆえに、アルティナが初めて見た令嬢マリンベリーは「卑しい養子」と陰口を叩かれていた。
自分も「商人が金にものを言わせて爵位を買うなんて、下品。貴族とは認めません」と陰口を叩かれていたアルティナは、マリンベリーに共感と同情を覚えた。
そして。
「私は貴族の血は持っていないけど、立派な貴族よ。無礼は許さないわ」
気高く言い放ち、豪風を起こして自分を嘲った生徒を空中に浮かせて懲らしめるマリンベリーは、大きな魔女帽子がよく似合っていて、格好よかった。
なるほど、あれが魔女家の魔女。特別な家柄と言われるわけだ。力があるのだ。
貴族の血を継いでいなくても立派な貴族だと言う彼女の姿は、アルティナの心を心地よく震わせた。
アルティナはそのとき、魔女が格好いいと思った。
しかも。
『貴族が平民をいじめるなんて、ないですよね?』
――マリンベリーは、自分が貴族だと主張するだけではなかった。影響力を持つ者として、「自分だけではなく、他の生徒にも、血筋や家柄を理由に蔑むな」と教え諭したのだ。
思い出しただけで、アルティナの胸が熱くなる。
そして、「そんな彼女を守護大樹にするなんて、絶対に阻止してみせる」と決意したのだった。
「王室が率先して支援しているから、貴族や商人も競争するように金を使っているのですわ。我が家も派手に金を使う方針ですの」
同じランチ会のエリナ・トブレットは、富裕層の考え方や価値観にあまり詳しくなかった。
彼女の目には、時折、豪遊貴族への嫌悪が滲む。
アルティナが考えるところによると、何かを嫌う人には、嫌いだと思う対象の実情をよく知らないパターンがある。
「詳しく知ってみればそんな意見は出てこないでしょうに」と思うことで友人が鬱憤を溜めるのは見過ごせない。
だから、アルティナはエリナを屋敷に呼び、ドレスを着せながら、考えを話したのである。