40、一人前のマント、翻し
「魔王を見つけたら、わしのもとに連れてきてほしい」
守護大樹アルワースはそう言ったあと、静かになった。
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パーニス殿下が聖女だと言っていたのに私が聖女になってしまった!
『俺を騙したんだな!』
そんな幻聴が聞こえた気がして、私はパーニス殿下と目を合わせるのが怖くなった。
そんな五果三十枝、5月30日。お昼の12時。
守護大樹アルワースの浄化完了のお祝いパーティは行われた。浄化完了の確認式からそのまま移行したので、会場は同じである。
国王陛下が壇上で演説している。
「王国マギア・ウィンブルムの愛しき民に、恐ろしいことを知らせないといけなくなった。魔王マギライトが復活し、国土を破壊している。しかし、安心せよ。建国以来我が国を守ってきた守護大樹アルワース、ならびにアルワース王家はこの事態を予想し、代々備えてきたのである」
国王陛下が合図すると、ロクフォール騎士団長が率いる王国の正騎士団に似たデザインの騎士鎧姿の集団が壇上に並ぶ。
王国の正騎士団は白銀の鎧だが、現れた騎士団は漆黒の鎧だ。鎧は統一感があるけど、それを着ている人は老若男女さまざま。獣人もいるし、あまり鍛えてなさそうな人もいるし。正規の騎士っぽくなくて、傭兵団みたいな雰囲気だ。
「この騎士たちは【フクロウ】。これまでは皆に隠れてマギア・ウィンブルムを守ってくれていた、守護大樹に選ばれし千の勇者たちである」
秘密だった組織がこんな風に日の目を見るとは。
それにしても、『千の勇者』ってことは【フクロウ】は千人いるの?
結構規模の大きい組織だったんだ。
国王陛下の号令で騎士たちが一斉に剣を頭上に掲げるのが、格好いい。様になっていて、強そうだ。
騎士の中に赤毛の女騎士がいて、目元をクロヴィスみたいに目隠しで覆っている。
遠目だし、顔も隠れているのだけど……なんか見覚えがあるような。気のせいかな?
「さらに! 守護大樹アルワースは魔王に破壊された国土を復建する救世の聖女を任命した! 魔女家のマリンベリー嬢である! 聖女マリンベリーと千の勇者たちがいる限り、魔王など恐れるに足らん!」
ワッと歓声が湧く。
雰囲気は良いのだけど、パーニス殿下の視線が痛い。
「今後は聖女マリンベリーが千の勇者たちを統括し……」
待って。そんな話は聞いていない。
それだと私、『パーニス殿下が聖女だと言っていたのに私が聖女になってしまった』に加えて『パーニス殿下の配下を全員まとめて奪っちゃった』になるのでは?
再び幻聴が聞こえる。
『嘘をついて調子に乗らせておいて俺から【フクロウ】を奪うのか』
うわ~~、だめだ~~!
「お待ちください、陛下っ!」
国王陛下が最後まで言い切るより前に、私は火竜の杖を掲げて花火を打ち上げた。
普通の令嬢が国王陛下の言葉を遮ったら怒られるけど、聖女として紹介されて注目されてる今なら許されるでしょう!
ドォン、という爆音を立てて花火を打ち上げると、国王陛下が言葉を止めた。
よし、言おう。すうっと息を吸って、私は声を上げた。
「千の勇者たちを統括するのは、パーニス殿下です! 聖女が選んだので間違いありません! 以上!」
言ってしまえばこっちのものだ。
「以上!」に合わせて拍手が湧いて、国王陛下も「そうだったのか!」という顔で手を叩いている。よし、受け入れられた。
「浄化完了と聖女の誕生を祝って! かんぱーい」
「魔王を探し、国土を復建しよう! 乾杯!」
「彼女ほしい! かんぱーい」
なんか違うのが混ざってたけど、気にしない。
大人たちが酒を飲み交わすのを背景に、私はパーニス殿下に近付いた。
こういうときは、こっちから歩み寄って関係を修復するのがいいよね。
「パーニス殿下。お話したいことがございます」
私は貴族たちに囲まれていたパーニス殿下を連れ出した。
彼の背で揺れるマントが一枚布のマントになっている。以前と違い、一人前のマントだ。
「マリンベリー。俺も話したいと思っていた」
陽射しに煌めく白銀の髪の下で、予想していたより優しい目が私を見た。
「やはりお前は聖女だったんだな」
「あ、そのことです。嘘をついたわけではなくて……ええと……私が知っていた知識ですと、殿下に聖女の資格があったのですよ」
「改めて礼を言うが、今日まで俺を導いてくれてありがとう、聖女マリンベリー。次は魔王を探すのと、国土の復建だな」
「どういたしまして……あれえ……怒ったりはしてないんです?」
思ってたのと雰囲気が違う。
「兄上に心をもらったことか?」
「ピンクのお心ですね。いえ、それじゃなくて……聖女の件だったのですけど」
「それともイアンディールのデートを巡って俺と兄上が決闘した件か」
「また決闘なさったのですか。しかもイアンディールを巡って」
「誤解を生む言い方をするな。イアンディールのデートを巡ってだ」
「同じようなものでは……?」
しかし、この様子だと聖女の件については気にしていないらしい。
「まあ、パーニス殿下のご機嫌がよろしくてよかったです」
緊張して乾いていた喉をドリンクで潤していると、パーニス殿下は一人前のマントを翻し、両手を上げた。
「なんですか?」
「聖女になって『やったな』のハイタッチだ」
以前やったアレだ。
一緒に喜んでくれるらしい。
パシンッと両手を合わせると、非日常から日常に戻ったような感じがした。よかった。




