34、パーニス殿下の癒し係になりました
「マリンベリー、魔王の件で怖い思いをしているだろうが、何も心配することなく普段通りにするといい。【フクロウ】はすでに魔王が何をしようとしているかまで把握済みだ」
「えっ、すごい。さすがの情報網ですね。それで、魔王は何をしようとしているのですか?」
原作の乙女ゲームでは魔王がぬいぐるみになって捕まったり、逃げたりする展開はなかった。
今、私は未知の現実の中にいる。ドキドキだ。
「ぬいぐるみが王都の何ヶ所かで何かしているのを目撃されたので調べたところ、歯車のような形の怪しいカラクリが発見された。王都を破壊するつもりだったのだろうが、全て排除済みだ。魔王自体は行方不明だが……」
パーニス殿下は懐から王都の地図を出し、どこにカラクリが仕掛けられていたのかを順に教えてくれた。
広中街のトブレット・ベーカリー。外周街の水色クジラ橋、カフェ・コンチェルト。城周街の噴水公園。王城の敷地内にある鍛錬場、守護大樹近くで魔法使いたちが製薬している天幕、魔女家の屋敷の門の外。
……我が家の門の外にも仕掛けられていたの? こわっ。
「排除してくださってありがとうございます、パーニス殿下」
「また何かしでかす前にぬいぐるみを捕まえたいところだな」
ぬいぐるみの居場所かー。
まさか占ったら居場所が見えるなんてないよね? 魔王だしなあ。
そんなに簡単に居場所がわかる魔王なんていないよね。まさかね。
ところで、部屋の中に大量の箱が運ばれてくるのだが。
大きな箱、中くらいの箱、小さな箱……パーニス殿下の後ろから入ってきたメイドのアンナが、使用人から箱を受け取ったり置く場所を指示したりしている。
「パーニス殿下、この箱は何事でしょうか?」
問いかけると、パーニス殿下は気を悪くする様子もなく「開けてみろ」と言う。
箱を開けてみると、ひとつにはドレスが何着も入っていて、ひとつにはぬいぐるみ。ひとつには流行しているコスメのセット。ひとつにはアクセサリー、ひとつには本……?
「パーニス殿下からの贈り物ですよマリンベリーお嬢様。溺愛ぶりにアンナは涙が止まりましぇん。よかったですねえ~! 愛されてますねぇー!」
「どうして泣くのアンナ……パーニス殿下、プレゼントありがとうございます」
「プレゼントは俺が楽しいから贈ってるんだ。押し付けてすまない。不要なものは売っていいぞ」
「では、本当に不要なものがあれば売って孤児院に寄付するかもしれません」
「うん。それで構わない」
ハンカチを取り出してアンナの涙をぬぐいながら様子を窺うと、パーニス殿下は机に置いてあるレポートを覗き込んでいた。
あ、あのレポート。
占星術の……!
「なんだこれ。とある男性が教会で血まみれの少女を抱きしめていました。この意味について考えてみましょう。その1、過去なのか未来なのか。その2、血まみれの少女は何を意味するのか。その3、占いを活かすために何をするべきか……?」
名前を伏せておいてよかった!
慌ててレポート用紙をひったくると、パーニス殿下は肩をすくめた。
「占星術のレポートか」
「気になる光景が見えまして」
「ふうむ。俺が当ててみせようか。教会にはステンドグラスがあったな」
「その通りです、殿下」
なにせ『とある男性』がパーニス殿下なだけに、ドキドキする。
本人に伝えた方がいい?
伝えない方がいい?
隠すようなことないよね……と思うけど、私は以前彼の外套についていた血痕がどうも気になってしまってならない。
「マリンベリーは、俺がルミナを殺した……もしくはこれからエリナを殺すと思っているのだろうか」
「そ、そのようなことは!」
可能性のひとつとしては考えたけど!
「殿下は、無辜の民、それも女の子を殺める人ではありません!」
解釈違いにもほどがある! と力いっぱい言うと、パーニス殿下は一瞬、毒気を抜かれた顔をした。そして、嬉しそうにふわりと目を細めた。
「そうか。お前は、俺を信じてくれるのだな」
その言い方が「嬉しくて仕方ない」という感情にあふれていたので、私は「可愛い」と思ってしまった。
格好いいと思うことが多い美形王子だけに、不思議な甘酸っぱいキュンがあった。こういうのをギャップ萌えというのだろうか。ギャップとは違うかな?
「お前が見た光景は四果の二十二枝、魔法学校の地下にある【フクロウ】の秘密基地で起きた出来事だと思われる。今度連れて行こうか」
「わあ、【フクロウ】の秘密基地! 一度行ってみたかったんです」
「ははっ、観光名所みたいに言うじゃないか。綺麗に掃除しておこう」
約束の日程を決めていると、新しい箱が運ばれてくる。
いい匂いがする箱を開けると、クッキーが入っていた。
ハート型で、明るい焼き色とこんがり濃い目の焼き色の2色ある。
「マリンベリー、ちなみにこれは俺とクロヴィスが焼いたクッキーだ」
「このハート型のクッキーをお二人で焼かれたのですか。もうすっかり仲良しですね」
「クロヴィスはいいやつだ。そうそう、紅茶も俺が淹れてやろう。練習してきたのだ」
紅茶を注ぐ姿は板についていた。
姿勢が綺麗で、洗練された所作で、格好いい。
「今度、生徒会室でも披露しようと思っている。兄に代わり、俺が生徒会長をすることになったので」
「へえ、そうなんですか……ええっ? そ、そうなんですか? イージス殿下はどうなってしまうのでしょうか……」
「兄は……療養が必要な方……ということにされるかもしれない。まだ細かい部分は決まっていないらしいので、学校に通えるかどうかはわからないのだが、父は兄が受け持っていた仕事をいくつも俺に回してきた」
パーニス殿下は遠い目をした。
お仕事が急増して大変そう。
「そ、それは大変ですね。国の政務もして、【フクロウ】も統率して、学校では生徒会長とは……過労に気を付けてくださいね?」
イージス殿下も心配だが、パーニス殿下も心配だ。
というか、その状況でよくクッキーを焼いたりプレゼントしたりする余裕があるな。さすが高スペック乙女ゲー男子といったところだろうか……。
「心配してくれてありがとうマリンベリー。俺はこの夏をお前だけに捧げるつもりだったのだが」
「お立場上それは難しいでしょう。私もそんなことを言われると重くて困ってしまいます」
「俺は重いのか。そうか」
「す、すみません。傷付ける意図は……」
失言をしたかも、と慌てていると、見覚えのある腕章を渡された。
これは王立魔法学校の生徒会メンバーがつけている腕章だ。
「なんですかこれ」
「生徒会の腕章だ。お前に癒し係を命じようと思う」
なぜか私は生徒会で癒し係とやらをすることになっていた。なぜ?
癒し係って何をする係?
私が知る限り、生徒会の役員にそんな係はいないけど?
「お前は座っているだけで俺の癒しになるので、無理にとは言わないが会議室で俺が淹れた紅茶を飲んでいてほしい」
「そ、そのような特殊すぎる係が……」
世間体が気になるのは私だけだろうか?
せめてもう少し人に誇れる役職がいい。
「で、俺の紅茶はどうだマリンベリー。正直に言え。お世辞は不要だ。俺のためにならないから率直な感想を頼む」
ああ、殿下が凄く真剣だ。
この味に全てを出し切ったぞって顔してる。
そんなに紅茶ひとつに必死にならないでください!?
「美味しいです、パーニス殿下。ご参考までに、他に空いている役職で私にできそうなのはありますか?」
「……! 俺の紅茶を飲む係はいやか?」
「いやではないんです、いやではないんですよっ?」
悲しそうな顔をされたので、私はそれ以上言えなくなって『パーニス殿下の癒し係』をありがたく拝命したのだった。