26、定点狩り、どんぶらこ
『アクアリウム・シーダンジョン』は、魚たちが回遊する水槽の壁に囲まれたダンジョンだ。
観客席が飲み食いしながら注目しつづける巨大スクリーンには、美しい水槽の迷路で可愛い魔物たち相手に魔法を放つ生徒たちが映し出されている。
「疑似魔物のプリンちゃんとパンダのカリストくんはミディー先生考案でーす」
会場には、魔法で声量を大きくしたアナウンスが響いていた。
「イージス殿下が光属性の魔法を使っていますね。上から降り注ぐ光の雨! 派手ですねえ。芸術点を出しておきましょう。プリンちゃんが討伐されました。以上~!」
「ミディールよ。プリンちゃんはともかく、カリストくんは明らかにわしがモデルに思えるのじゃが」
「カリストくん、いっぱい集められてますね。1カリストくん、2カリストくん、3カリストくん、おっ、カリストくんが燃やされました。以上~!」
「……魔女家の令嬢の杖は火竜の杖か。生徒が簡単に創れるような代物ではないが、よく創ったのう。材料はアレか? 親バカのキルケが買ってやったのか? 以上?」
司会のミディー先生と、彼に抱っこされたぬいぐるみカリストが声を響かせている。
「ふん。ボクは材料を買ってないよ。商人貴族の伝手さ。世の中は金とコネクションだと理解しているのだね、さすがボクの娘」
利き手の人差し指で魔女帽子をくるくると回して、キルケが声を返している。風がその手から帽子を攫いかけて、隣にいたメイドのアンナが飛んでいきそうになる帽子をキャッチした。
「ありがとう。アンナだっけ」
「どういたしまして、当主様!」
笑みを交わす当主とメイドを背景に、司会のミディー先生は台本を読んだ。
「それにしても、少年少女はちょっと目を離した隙に成長しますよね。マリンベリーお嬢様の変貌については王都民の多くが知るところです。ちょっと振り返ってみましょう……」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
私たちイージス班は、水槽に囲まれた幻想的で綺麗なダンジョンの中で定点狩りをした。
「おーほっほっほ! わたくし、囮の才能があると思いますの! アクアリウム・シーダンジョンの赤い流れ星とは、わたくしのことでしてよー!」
「魔物を集めますわ!」と飛んで行ったアルティナは大量の魔物を集めて帰ってきた。
「さあイアン先輩、引継ぎますわね」
「ちょっと多すぎると思うけど、引き受けよう」
集めた魔物を囲んで逃がさないように結界を張るのは、イアンディールの仕事だ。
魔物を引き渡し、アルティナは再び魔物を集めに飛んでいく。
結界内部でぎゅうぎゅう詰め状態になった魔物たちは、まとめて狩る。
イージス殿下は光の魔法で、私は炎の魔法で。
光と炎が結界内部を蹂躙して、魔物がポイントに変わった頃、アルティナが「おかわり」を運んでくる。
「大分ポイントを稼ぎましたね。イアン、どう思いますか?」
イージス殿下が意見を問うと、イアンディールは嬉しそうに意見を返した。
「そろそろ移動しようか」
イアンディールは意見を問われたり頼られるのが嬉しいタイプだ。
イージス殿下はそれをお見通しで、彼に意見を尋ねることが多い。
「イアンが最後尾を守ってくれるから、安心できますよ」
ふわりとした柔らかな声で労われて、イアンディールは目を輝かせた。
「殿下、今後も僕を頼ってください。剣の腕はからきしですが、周りを観察したり交渉したりするのは得意です。外国語も得意ですし、芸術も……」
「うん、うん。イアンの学業の成績の良さや能力の高さは知っています。それに、後輩想いでもありますね」
「光栄です、殿下……僕は、家庭があまり暖かな環境ではなくて……母は早くに亡くなり、父は家庭を放置気味だったので、こう見えて居場所に飢えているところがありまして」
「ふふっ、そういうのは、わかります」
微笑ましいやり取りだけど、イアンディールはパーニス殿下率いる秘密組織【フクロウ】のメンバーで、パーニス殿下の頼れる配下だったはず。
パーニス殿下はクロヴィスを。
イージス殿下はイアンディールを。
私の脳裏で、2人の兄弟が互いの取り巻きを奪い合う構図が閃いてしまった。
「魔王マギライトも、そうでしたよ。マギライトは盗賊団にさらわれた奴隷状態の娘から生まれたのですが、母親は彼を産んで死んでしまったので、愛情を注いでくれる両親を知らなかったのです」
イージス殿下は、マギライトの心を教えてくれた。
「出自は卑しく、生育環境は劣悪で、心の在り方は弱く……彼は弱者でした。自身と真逆ともいえるアークライトに惹かれる一方で、強烈に嫉妬していました。アークライトがその強さで弱者を救済するのを見て、張り合うようにマギライトも弱者を救いました」
水槽の中で群れる魚たちが規則的な泳ぎを繰り返している。綺麗だ。
その光景は、調和という言葉を思わせた。
「魚、綺麗ですね。それに、すごく平和な感じです」
私が魚に目を向けていることに気付いたのか、イージス殿下は柔らかな視線を水槽に向けた。
「鑑賞用につくられた、住みよい環境。餌に苦労することもなく、外敵からも守られ、安心して生きられる檻……この水槽の中は自然の住処ではないけれど、魚たちはそんなことをきっと意識せず、みんなで今を生きているのですね……」
言葉が途切れたのは、異変に気付いたからだろう。
「あの、……床が水浸しになってません?」
全員が床に視線を落とした。
さっきまで床タイルが見えていたのに、下は水浸しになっていた。しかも、水位がどんどん高くなっている気がする。
最初は「水浸し」だったのに、見ている間に川みたいになって、疑似魔物がどんぶらこ~どんぶらこ~と流されていく……。
「……ダンジョン、壊れてません?」
私たちはそんな恐ろしい結論にたどり着き、出口へと急いだ。




