24、声出していきましょう
「声、出していきましょう!」
小さな声で、怯えを隠すように『パン屋の娘』エリナが言う。
「声を出していく」――これが、パーニス班の作戦だ。
第二王子パーニスは、自分の班を率いて『イリュージョンスカイ・ダンジョン』を進んでいた。
このダンジョンは、見る者ひとりひとり違う心象風景を壁に映し出す仕組みらしい。「ストレス耐性テストとか逆境に負けない根性があるかのテストみたいですね」とはイアンディールのコメントだった。
「お別れなんていやだぁ! 起きてくれ、シルヴィー!」
「取って! 虫取って!」
「ホワイトソース苦手なんだよおお!」
生徒たちの悲鳴があがっている。
パーニスの推測だと、最初のは愛馬との別れを嘆いていて、二番目は虫に関するトラウマ。三番目は食べ物か。
王立魔法学校は、王侯貴族の令嬢令息もいれば平民もいる。
カラクリ魔法仕掛けの王国マギア・ウィンブルムは、階級社会。
生まれた家により子どもの衣食住、教育、将来の展望に格差が大きい社会だ。
王侯貴族の令嬢令息ですら、家の資産や教育によって教養や人格の出来に差が出る。厳しく躾けられる子もいれば、甘やかされて贅沢漬けの子もいるのだ。平民は学ぶ余裕がなかったり、家によっては食べものや衣服に贅沢ができないこともある。
王立魔法学校は、「家庭が全て」という状況を変えようと生まれた教育機関である。
国家が子どもを育てよう、身分に関係なく学ぶ権利を持たせよう。
奨学制や寮を用意し、意欲があれば自分の努力によって自分の未来を切り拓いていけるようにしよう。
そんなコンセプトで創設されたのだという。
「ぐすっ、ぐすっ、もうリタイヤするぅ」
「こんな嫌なものを見せて、お父様に言いつけてやるんだから」
家では甘やかされているタイプの貴族の子女が泣きべそをかいている。挫折しかけている。
逆に「負けるもんか」と前に進んでいるのは、普段厳しくされているタイプだ。
「オレの病気は治ったんだ。ここにいていいと仰ったんだ。闇魔法が邪悪ではないと教えてくれたんだ……学校に行ける。オレは、他の人たちみたいに真っ当な人生を生きるんだ。……そうしていいとお許しをもらったんだ!」
――セバスチャン。
「まだまだ未熟なのは、十分にわかりました。しかし、目標が身近にいるのは差がわかりやすくていいではありませんか。私は立ち止まりません! いつか私が全員負かせて、世界征服です!」
――……クロヴィス?
「お姉ちゃん、私、お姉ちゃんがずるいって思ってた。でも、……私だって本当は学校に行きたかったよ。ずるいって思っても仕方ないじゃない! 死んじゃったら、文句も言えない、喧嘩もできない。ずるい! お姉ちゃんなんて嫌いだ。ばーか、ばーか」
――エ、エリナ……?
……パーニス班のメンバーは、全員、トラウマを乗り越えるように声を出して自分を奮い立たせている。
一部、普段見せない一面が見えてしまってないか?
気のせいか?
聞かなかったフリしたほうがいいか?
「……」
壁に映っているのは、自分が魔王の生まれ変わりではないかと恐れている白銀の髪の少年。
そして、無数の声と視線。それから逃れるように陰へ、陰へと潜っていく臆病な自分。
『パーニス殿下は魔王じゃありません。安心してください』
光差す場所へと引っ張っていこうとする魔女の声。
……マリンベリー。
孤児院の壁際で、風の魔法を無意識に使っていた少女。
周囲の声を聞いているのだと気付いて、驚いた記憶。
明るいオレンジ色の瞳に、深い哀しみと孤独があって息を呑んだ。
両親が死んだのだ。
神様に「助けて」と言ったけど、助けてくれなかった。
少女はあの時、そう呟いた。
その声にパーニスは、「神様なんて」と思ったものだ。
そんなものがいないから、世の中には哀しみがあるんだ。
少年心に、そう思った。
神様がいないから、魔王の生まれ変わりがいるんだ。
助けてくれる存在がいないから、俺は「パーニス王子は魔王なのかも」とみんなに言われっぱなしで、反論もできずに「そうかもしれない」と怯えて縮こまっている……。
兄が父に「彼女との婚約を検討したい」と言うのを聞いたときは、驚くほど反発を覚えた。
『殿下が約束を破ったショックで、マリンベリーお嬢様は倒れてしまって、おかしくなってしまったんですう‼』
俺のせいで倒れてしまった彼女は、変わった。
『頑張っていらしたのでしょう。お仕事お疲れ様です』
『パーニス殿下は魔王じゃありません。安心してください』
サメのぬいぐるみを取って腹話術みたいに『民のためだよ!』と言う彼女は、眩しかった。
「おい。泣いている奴は立ち上がれ」
気付けば、足を止めて魔法で声を響かせていた。
「お前たちは、次世代の我が国を担う人材だ。この俺、第二王子パーニスと一緒に、過去ではなく未来を見るのだ」
人気取りだ。
頭のどこかで冷えた考えを持ちつつも、胸のあたりは熱かった。
パーニスは、魔王の生まれ変わりではないのだ。
マリンベリーはそう言って、「あなたが国を背負ってもいいのですよ」と未来の可能性を見せてくれた。
そこは光が溢れる高い場所で、少年のパーニスが陰で膝をかかえて隠れながら、自分には縁がないと思っていた場所だった。
「俺が先頭を歩く。全員、壁ではなく俺を見てついてこい。トラウマなんか気にならないくらい面白い話をしてやるから……クロヴィスが!」
「ハッ!? パーニス殿下? なぜそこで私に話を振るのですかっ?」
クロヴィスが驚いている。
「みんな聞いて! 私、さっき聞いちゃった。クロヴィス先輩、世界征服したいんだって」
エリナが笑いながらバラしている。
「よーしクロヴィス! お前の世界征服計画について話すがいい! みんな、今からクロヴィスが話すから全員注目だ!」
笑い声や好奇心、茶化す声やふざける声。
悲鳴が少しずつ塗り替えられ、グループ単位で固まって競っていた生徒たちはいつの間にか、全員が集まって移動するようになっていった。
「そもそも、こんな性格の悪いギミックがいけません。精神攻撃なんて卑怯です! 壊してしまいましょう!」
「それはいいな!」
性格の悪いギミックにヘイトを向けていた生徒たちは多かったらしい。
クロヴィスが自暴自棄気味に言うと、意外にも支持が集まった。
そして生徒たちは、壁を壊して突き進んだ。
「声出していきましょう!」
「世界征服だ~~!」
「ギミックはんた~い!」
賑やかな集団の中に、「リタイヤする」と言い出す者は、もういない。
「俺についてこい!」
前を見て叫ぶと、壁に映った少年の自分が「うん」と笑うのが見えた。
『五果の二十二枝』……5月22日。
午前11時55分。頂上まで、あと少し。