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21、水色クジラ橋と猫集会

 『五果(ごか)十枝(とえ)』……5月10日。

 賢者家が、守護大樹の浄化に協力してくれることになった。

 原作の乙女ゲームと比べると一週間遅れだ。

 この遅れは、誤差のうちと言えるだろうか? 

 そうだったらいいな。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

五果(ごか)十五枝(じゅうごえ)』……5月15日。


 魔法学校に行くと、ミディー先生が復職していた。

 2年生の教室の窓から見ていると、くすんだ青い髪、垂れ目がちのミモザ色の瞳に白衣のミディー先生は、生徒たちに心配されて照れたような笑みで挨拶を返していた。


「ミディー先生、おはようございます」

「先生、大丈夫ー?」

「心配してくれてありがとう。先生は大丈夫だよ。ずっと休んでてごめんね」


 大人の声色で返して、ミディー先生は「あっちにもこっちにも、当分は頭を下げて回らなきゃ」と頭を掻いている。


「ミディー先生が学校に戻ってきてよかった」

「ええ、本当に」


 隣から聞こえた声に相槌を打ってから、「ん?」と顔を見ると、イージス殿下がいた。


「イージス殿下がどうして2年の教室に」

「弟殿下の婚約者に声をかけて……三角関係だ」

「いや、狩猟大会で同じグループだからだろ?」


 遠巻きに見ているクラスメイトがヒソヒソと噂している。全部聞こえてる……。


 白銀の瞳を優しく微笑ませて、イージス殿下は大きな声で用件を告げた。


「イージス班は、放課後集合。狩猟大会の打ち合わせをしたいのです。よろしくお願いしますね」


 「やましい関係ではないよ」という堂々とした態度に、クラスメイトたちが「狩猟大会で同じグループだからだったな」と安心したような残念がるような気配を見せた。

 

 世の中の人々が他人のゴシップが大好きなのは、前世も今世も変わらないんだ。

 私も恋の話とか、だーいすき。

 でも、自分に関係のある恋愛の噂をされるのは恥ずかしいよね。

 

 ……イージス殿下も、恥ずかしいと思ったりするのだろうか……。


 考えながら見ていると、イージス殿下はイタズラっ子みたいな眼になった。

 そして、私の手を取り、手の甲に優雅に口付けするフリをした。


「弟の大切な婚約者だと知りつつも、私は未練がましくあなたとの時間を望んでしまう愚かなところがあるのです。……お待ちしていますね、マリンベリーさん」


 芝居がかった口調で哀れっぽくイージス殿下が言うと、教室中から黄色い悲鳴があがった。


「きゃーーーーーー!」


 みんな、こういうのを見たかったんだろうな!


「ふふっ、マリンベリーさん。林檎みたいに赤くなって、愛らしいですね♪」

「からかわないでください、イージス殿下~~っ」

 

 うん。イージス殿下は、恥ずかしいと思ったりしないタイプだな。

 そもそもこの人、周り中をずっと騙している魔王なんだもの。

 

 やっぱりイージス殿下は信じてはいけない。私は自分に「油断大敵!」と言い聞かせた。


 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 


 放課後。

 イアンディール、アルティナさん、マリンベリー。

 

 イージス殿下のグループに所属する私たちは、王都マギア・マキナの上空を箒で飛翔した。


「パーニスは走ったりしているようだけど、私は狩猟大会で箒での飛翔移動を考えているのですよ。ですから、4人で足並み揃えて飛ぶ練習をしましょうね」


 先頭に、イージス殿下。その後ろにアルティナさんと私。最後尾がイアンディール。

 そんな順番で飛翔していると、地上の王都民がたまに手を振ってくれたり、応援してくれたりする。イージス殿下は人気があるのだ。


「殿下! あちらで猫集会が開催中ですわ。寄っていっても構いませんか?」


 しばらく飛んでいると、アルティナさんが声をあげた。

 

「猫集会?」

 

 アルティナさんが示す先は、外周街をぐるりと流れる浅いホームズ川という川に架けられた幅の広い橋があった。

 太鼓橋といわれる、中央が盛り上がっている橋だ。

 欄干が水色で、水色クジラ橋と呼ばれて親しまれている。


 橋の上には、猫がいた。それも、5、6匹集まっている。

 

「彼らはたまーに橋の上に集まっているんですのよ」

「へえ……」


 イージス殿下は「それなら、彼らのごはんを買って差し入れしたらどうでしょうか?」と橋の近くの飲食店を指した。

 カフェ・コンチェルトという名前のカフェは、明るい雰囲気だ。

 ベージュ色の木の床に、明るい陽射しの注ぐ大きな窓の並ぶ白い壁。

 青いテーブルクロスの爽やかなテーブルセット。清潔感がある店内では、歌が歌われていた。


「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」

 

 小さな子どもがお誕生日席に座っている家族客のテーブルに4人の店員が集まって、合唱している。

 ハモリも綺麗で、他のテーブルに座っているお客さんたちも笑顔でそちらに注目して。


 歌い終えた時には、店内の全員がニコニコと拍手をした。


 ――パチパチパチパチ……

 

 私たちも、気づいたら自然とみんなして拍手をしていた。


「ちょうどいいタイミングで入店しましたね、おかげでなんだか元気になりました」

「そうですね、雰囲気がよかったですね」


 カフェで軽食を買い、水色クジラ橋に行くと、猫たちが寄ってきた。

 猫たちを怯えさせないように、私はそーっと箒の飛翔高度を下げ、水色の欄干の上に座った。


「にゃーん」

「にゃあ!」


 人懐こい猫たちは、外周街の住民に大人気らしい。

 常日頃からご飯をもらっているので、人間に懐いているのだ。


「可愛いですね……この子、抱っこさせてくれますよ」


 イージス殿下は蕩けそうな笑顔で猫を抱っこして地面に腰を下ろし、膝の上で猫を愛でている。

 そうしていると、普通の青年だ。


 頭を撫でていた手に猫がすりすりと頬を寄せてきて、「こんなに懐いてくれるんですよ」と目を輝かせているイージス殿下を見ていると、「悪い人には思えない」と思えてしまって、困る。

 

「そうだ。先ほどのお誕生日のお祝い、私たちもしませんか? 一番お誕生日が近いのは……」


 思いついて何気なく言ってから「しまった」と思ったのは、一番お誕生日が近いのがイージス殿下だからだ。双子の弟殿下でもあるパーニス殿下と同じ日で、六果(りっか)六枝(ろくえ)……6月6日。


 ……イージス殿下が「思い出作り」と望む狩猟大会が終わった後。

 守護大樹を巡る「1か月」のタイムリミットの後だ。


「ええと、すみません。今のは…………きゃっ」

「マリンベリーさん!」

 

 あたふたと動揺していたら、バランスを崩してぐらりと体が傾いた。

 後ろに倒れそうになった私を捕まえようとしたイージス殿下が、とても焦った顔をしている。

 

 猫を地面に置いて、手を伸ばして身を乗り出して。


「うわっ」

「きゃあ!?」

 

 ――バシャアンッ、と水飛沫があがる。


 

 気づけば私はイージス殿下と一緒に橋から落ちて、びしょ濡れ姿でホームズ川に漬かっていた。


 川は浅いので、膝を立てて尻もちをつく姿勢で膝こぞうが川の上に出ている。

 危険はないけど、びっくりした。あと、水が冷たい。

 向かい合わせに座って呆然としているイージス殿下が、ぜんぜん怖くない。

 アクシデントにびっくりしてる普通の青年って感じだ。


「ぷっ……」


 いつも隙のない美貌の殿下が呆然としているのを見ていたら、笑いが込み上げてきちゃった。

 笑ったら気を悪くするかな?

 と我慢しようとしていたら、イージス殿下も「ふふっ」と笑いだしている。


「2人とも! 大丈夫ですのー!?」

「殿下っ、猫は無事です」


 アルティナさんとイアンディールが慌てて橋から降りてくる。


「イアン! 殿下より猫の心配!? っ、あはは……!」

「ふふふっ、あはははっ」

 

 イアンディールが最後の後押しをくれて、私たちはびしょ濡れで向かい合ったまま、しばらく笑いが止まらくなったのだった。


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