18、出してー?(3回目)
『五果の十枝』……5月10日。
この日は魔法学校がお休みで、私はパーニス殿下を一緒に『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家を訪問した。
出かける時、メイドのアンナは「デートですね!」とはしゃいでいたけど、これ、デート?
黒狼姿のセバスチャンと、ピンク色の耳長猫ルビィも一緒だ。
それに、なぜかエリナさんも呼ばれている。
「お姉様、お先に失礼します」
葡萄をモチーフにした髪飾りを揺らして、エリナさんがモフモフたちと一緒に馬車を降りる。
あとに続いて降りようとした私は、後ろからパーニス殿下の腕に引き留められた。後ろから抱きすくめられる格好になり、目の前で馬車の扉が閉まる。出してー?
「パーニス殿下、急に何ですか?」
「話がしたい」
耳元でささやかれると、どきりとする。
「これは、政略ではない。ちゃんと言っておかなきゃな」
パーニス殿下は、指先で確かめるようにゆっくりと私の指輪をなぞった。
「俺はお前に対して責任を取る気がある。好ましく思っている。兄にちょっかい出されるのが面白くないと感じる」
こ、これは。顔が熱くなる。
「こ、これだから乙女ゲームは」
「お前がたまに言うソレは何なんだ?」
「気にしないでくださいっ」
外に出た人たちにも「出てこないの? 中で何してるの?」と怪しまれるでしょうに。
「わかったか」
「わ、わかりましたが」
「よし」
満足そうに笑う顔は、屈託がない。
「他にお話したいことがまだありますか? 怪しまれますから、手短にお願いします、パーニス殿下?」
「お前……まあ、いいだろう。最近、イアンディールが俺に隠し事をしている」
「っ!」
また心臓が跳ねた。
イアンディールは秘密を守ってくれているのだ。
「お前も俺に何か隠している……隠し事をすること自体は構わないのだが」
「構わないのですか」
「ただ、困っていることがあれば協力する。それだけは伝えておこうと思ってな」
首をかしげると、頬に何かが触れる。
……頬にキスされたのだ、と一拍置いてから気付いた。
さすが王子様。自然にこういうことをするから、ときめいて困る。
触れ合ったところが、熱い。
「では……困っていることができたら相談しますね、パーニス殿下」
「約束だ」
「とりあえず、今は放してほしいのですが……嫌とかではないのですけど、恥ずかしくて」
「そうか。恥ずかしがるお前は可愛いと思っていたところだったが」
「殿下っ」
小指と小指を絡められて、約束でもするように揺らされる。
約束をして満足したのか、体を解放してもらえたので、私は安堵した。
「はあ……」
胸の鼓動が早鐘を打っている。
私、思うのだけど――――乙女ゲームって、心臓に悪いのでは?
恥ずかしいのでは?
「恥ずかしい思いをさせて悪かったな。お詫びにこれをやる」
頬を押えていると、パーニス殿下は好物のグミをくれた。
これはマギアアップルグミ……甘くておいしい。
「ごちそうさまです。私、この味好きなんですよ」
「知っている」
甘味に頬を緩ませると、パーニス殿下は安心したように呟いた。
「好物は変わらないのだな」
これはやっぱり、「別人になった」と疑われているのだろうか。
それにしても、改めて見ると殿下は顔がいい。
ふとした表情に目を奪われてしまう。美形、強い。
「殿下。私をお疑いですか?」
「そんなことはない」
「……私の部屋にある鳩時計。殿下が初めて持ってきてくださったときに、鳩にトーマスくんって名前を付けましたね」
疑いを晴らそう。
私には、マリンベリーの記憶と心がちゃんと残っているのだもの。
「殿下はトーマスくんが一羽なのが寂しいからと、鳩時計をもう一台持ってきて、『こいつらは今日、結婚した』と仰り、隣に並べました」
懐かしい、可愛らしい思い出だ。
「でも、鳩時計が2個同時に時間を知らせるとうるさくて、『これはだめだな! 残念だが片方俺の部屋に飾ろう』とお持ち帰りなさって、私は『結婚させた後に引き離して、殿下はひどい』と抗議したのです」
「……そんなこともあったな」
パーニス殿下が差し出してくれるエスコートの手に自分の手を重ねて、馬車の外に降りると、外は雨だった。
雨に濡れる『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家のお屋敷は、別名が『魔塔』。
お屋敷というより塔だ。しかも、カラクリと魔力で動くエレベーターがある。
魔女家はトレードマークが魔女帽子だけど、賢者家は白衣が特徴。
見かける人はみんな、白衣だ。
SNSでは「賢者家、白衣萌えの聖地」とか呟いている人がいたっけ。
懐かしいなー。
「当主カリストに話はつけてある」
パーニス殿下が1階の受付嬢に言うと、案内係がエレベーターに誘導してくれる。
エレベーターが動き出すと、エリナさんが私にしがみついてプルプル震えた。エレベーターが上昇する未知の感覚が怖いらしい。
「わあ! この感覚はなんですかっ? ひゃあああぁ!」
お化け屋敷に連れていきたくなる怖がりようだ。
「エリナさん、大丈夫よ。怖くないわ」
ぽんぽんと背中を叩いてあげると、自分がヒーローになったような気分になってきた。
「エリナ! お姉様が守ってあげるわ!」
「ぷっ……」
あっ。笑ってくれてる。
可愛い。
「はいっ! お姉様が一緒だから、もう何も怖くないです!」
心を許してくれている。頼りにしてくれている。
好意が感じられて、きゅんっと嬉しくなる。
ぎゅっと抱き着いてくるエリナは素直でまっすぐな感じがして、目がキラキラしてて、守ってあげたくなるようなヒロインオーラがあって……私はちょっとだけ、嫉妬してしまった。
いいな、こんな風にピュアで、守ってあげたくなる子になりたかったな……という嫉妬だ。
「お前たちは仲がいいな。微笑ましいが、もう着いたぞ」
パーニス殿下の声に顔を合わせて、みんなで一緒にエレベーターから降りると、真っ白な壁に嵌められた窓からは地上の王都風景が遠く見下ろせた。
「わぁ、高い……」
「絶景ですね」
通路は広くて、左右に部屋の扉が並んでいる。
前世の集合住宅とか病院に雰囲気が似ているかもしれない。
「こちらでございます」
案内係についていくと、何重もの結界に守られた区画に着いた。
通された部屋は、一風変わった雰囲気だった。




