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13、謎解きしたくてプレイしてるわけじゃないんだ!


「ありがとうございます、イージス殿下」


 なんにせよ、外に出れてよかった。

 ちょっとだけ不安だったんだ。

 

 ほっと息をつくと、イージス殿下はふわりと私を抱擁した。


「マリンベリーさんの姿が見えないので、心配して探しにきたのですよ」 

「まだゴミ捨てに行くと言ってから40分くらいしか経ってないと思いますけど、イージス殿下は心配性でいらっしゃるのですね」

「ゴミ捨てに出て40分戻らなければ、心配しますよ。パーニスだって騒いでいました」

「そ、そうですか」

 

 それにしてもこの姿勢。……大胆だ。

 現在、私の身分は『第二王子パーニス殿下の婚約者』。

 

 すでに、イージス殿下には「弟殿下に縁談を横取りされた」という噂がある。

 誰かに見られたら浮気だと思われる……ハッ、それが狙いかな?


「殿下! 放してください。誰かに見られると誤解されますから」


 私は慌てて両手をイージス殿下の胸板に置き、ぐいぐいと押しのけた。

 硬い胸板の感触は、優しげでたおやかな雰囲気でも彼が立派な男性なのだと感じさせた。

 

「失礼しました。ですが、ルミナ・トブレット嬢の件もありましたし……実は、私の記憶がここ数十分とんでいて」

「へっ?」

「こういう時は、よからぬことがあるものですから――まさかと思ってすごく心配していたのです。君が無事だとわかって気が緩んでしまって……」

「いえ、それは殿下のご体調のほうが心配なのでは」


 イージス殿下の微笑する様子は、優しげで善良そうだ。

 でも騙されちゃダメ。彼は魔王だから。

 ……ところで、ルミナ・トブレット嬢って、ヒロインちゃんのことだよね?

 

「ルミナ・トブレット嬢……」

「殺害された娘、エリナ嬢の双子のお姉さんです」


 イージス殿下は、悲しげに吐息をついた。


「私は彼女と親交があったのです。実は、この店のパンが好きで……以前からお忍びでパンを買いにきていたので」


 それはパーニス殿下の設定では? 

 嘘つき。

 

 私は眉を寄せた。

 すると、イージス殿下は私のリアクションを「イージス殿下の心痛を想像して胸を痛めた」と解釈したらしい。

 私の眉間に指をあてて「そんな顔をしてほしかったわけではないのです」と囁いた。


「他の誰にも話していない秘密を君に教えましょう。あの日、彼女は私に驚くことを……」

「なぜです? なぜ私に秘密をお話なさるんです? 私たち、秘密を共有するような間柄ではないと思いますけど」


 あやしい。とってもあやしい。


 私がジト目になってあやしんでいると、イージス殿下は自分が好感を持たれていないことに気付いたようだった。

 

 白銀の瞳が真昼の星みたいに瞬いて、不思議そうにしている。


「……そうですね。確かに、君はパーニスの婚約者で、私とは……」


 不思議なのはこっちだ。

 なんでそんなに悲しそうなの。


 だって、マリンベリーとイージス殿下は、社交の場で挨拶をさせていただく程度の仲だった。

 孤児院で救ってくれてその後も魔女家に訪れる機会の多かったパーニス殿下と違って、「名前を覚えてくださっていてありがとうございます」レベルの親密度だったんだもの。

 

 ……でも、秘密は気になる。

 そういえばヒロインちゃんって、なんで死んでしまったのだろう。

 殺害というけど、誰が殺した犯人なんだろう。

 

 ……イージス殿下だったり?

 

 でも、原作ではヒロインちゃんは殺されないわけで……あ、頭がごちゃごちゃしてきた。

 私は推理モノとか謎解きはあんまり得意じゃないんだ。

 乙女ゲームでは攻略サイトにお世話になっていた。自分の頭で考えたりなんてしなかった。

 

 謎解きしたくてプレイしてるわけじゃないんだ!

 いちゃいちゃスチルを見せてくれ! 

 ……と、思っていた。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


  『五果(ごか)三枝(さんえ)』、5月3日の16時30分~17時頃、『広中街の魔物出没事件』と呼ばれる事件が起きた。

 場所は、トブレット・ベーカリーというパン屋の近く。


 魔物は、突然現れた。


 家屋や人の影から予告なしに染み出る魔物は、人々にとって恐怖の対象となっている。


 その姿は様々で、獣に似ているものもいれば、巨大な野菜に似ているものもいる。

 もやもやした黒い煙や色付きの水の塊といった不定形のものもいる。

 共通しているのが、暴虐性と殺意だった。


 人を見れば問答無用で殺害しようと襲ってくる、恐ろしい怪異――それが、魔物だ。

 

「きゃああああっ!」

  

 魔物に気付いた婦人が悲鳴をあげたときには、日陰という日影からモワモワ、にょきにょきと大小さまざまな魔物が染み出ていた。


「待って、アルおにいちゃぁん」

「いそげマリー、いそげ」

 

 逃げていく民の中には、幼い兄妹もいた。

 2人を追うのは、野菜に似た魔物だった。


「あうっ」

「マリー!」

   

 途中で妹が小石につまずいて転ぶ。

 兄は慌てて振り返り、妹を起こそうとした。

 そして、すぐそこまで迫っている野菜に気付いて、立ちすくむ。

 

 怪異の暴力に抗う方法を持たない兄は、瞳を恐怖と絶望の色に染めた。


 逃げられない。

 守れない。もうだめだ。

 

「ぼくはおにいちゃんだぞ。なくもんか」


 自分に言い聞かせるように言葉を繰り返し、兄が妹をかばうように両手を広げた、そのとき。

  

「――待たせたな」


 ヒーローは颯爽と現れた。


 疾風のように魔物に接近した男の長剣が真一文字に一閃し、野菜が上下にスパリと切断される。

 ゴトリと音を立てて切断された上部と下部が地に落ちるまでの0.5秒で、男はすでに野菜から離れ、近くにいた2匹めの魔物に斬りかかっていた。

 もやもやとした煙状の魔物は、光魔法を帯びた刃で貫き、煙を散らして。水に似た魔物には炎を撃ちこみ、獣型の魔物を捌く際には常人離れした反応速度と膂力を見せた。


「【フクロウ】のそーちょーだ」


 兄妹が顔を見合わせ、笑顔になる。

 子どもたちは知っていた。彼らのヒーロー『【フクロウ】のそーちょー』は、強いのだ。 


 男の仲間が兄妹に駆け寄り、助け起こして避難させると、誰かがつぶやく。


「――【フクロウ】だ」

「【フクロウ】が助けにきてくれたぞ!」

 

 彼らの名は、ここ数年で民の間に知れ渡っていた。 

 目元を仮面で覆った老若男女さまざまなメンバーたち。そして、バケツヘルム(グレートヘルム)を被った謎の総長……。

 

 正規の騎士団ではない謎の武装組織は、【フクロウ】という名前と、その活動目的が「民を守ること」であること以外の情報がない。

 たまに「あのメンバー、うちの旦那に似てるのよね」とか「うちのバカ息子に似たメンバーがいるんだが」と正体をあやしむ声がある程度だ。

 

 襲い掛かってくる魔物の群れは、みるみるうちにその数を減らした。

 そのほとんどが息切れひとつしていない総長による討伐で、武術鍛錬に無縁な街民の目にも彼が特別強いのだけは誤解しようもなく理解できた。


 配下メンバーたちの指揮を執り、剣を納めて撤収する総長の背には、未熟者のマントが揺れている。

 

「圧倒的な強者であり、組織の総長である彼がなぜ『未熟者』なのだろう」

「相変わらずミステリアスな連中だが、おかげで助かったよ」

  

 街民たちは胸をなでおろし、【フクロウ】の活躍や謎について興奮気味に語り合い――そこに、王国騎士団がやってくる。


「隊長! すでに現場は魔物が討伐された後です! 【フクロウ】の仕業だと思われます……」

 

 王国騎士団は決して駆け付けるまでに遅すぎるというわけではないのだが、いつも一歩遅いのだ。

 

 これが、この王都マギア・マキナのお約束のような日常である。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 私、マリンベリーはその頃、イージス殿下と2人でいた。


 そして、「イージス殿下がパン屋の娘を殺した犯人なのかな?」と疑いを抱いていたところに、パーニス殿下はやってきた。


「兄上! マリンベリー!」 

「パーニス殿下……ひゃっ」


 視界が高くなる。

 風のように駆け寄ってきたパーニス殿下が、兄殿下から引っぺがすように私を抱え上げたのだ。


 私の顔を覗き込むパーニス殿下の葡萄色の瞳は、「心配してくれていたのだ」と伝えてくるようだった。

 

「マリンベリー、なかなか戻ってこないから心配した。……魔物も出たし……」

「えっ、魔物が出たのですか?」


 絶対、イージス殿下の仕業だ。私はドキドキした。


「お前を探しに行こうとしたら、襲ってきたんだ。雑魚だったからすぐに倒せたが……」


 そう言って、パーニス殿下は険しい目付きで兄王子を睨んだ。


「兄上、彼女に何をしたのですか?」


 おっと、殺気立っている。

 ここで対立させるのは危険じゃないかな?

 私は焦ったが、イージス殿下も同様に焦った様子で弟殿下を(なだ)めようと口を開いた。


「パーニス、マリンベリーさんが心配なのはわかりますが、勘違いしないでください。兄さんは何もしていませんよ。ゴミ捨て小屋の扉の立て付けが悪かったみたいで、マリンベリーさんが出られなくなっていたんです」


 閉じ込められたのではなく、たまたま扉が開かなくなって出られなくなった。

 そういうことにしたいらしい。


 私は閉じ込められたのかなって思ってたけど、思えば証拠はないんだよね。

 それに、ここで「いや、閉じ込められたんです」と言ってもパーニス殿下を落ち着かせることができない。逆効果になってしまうだろう。


「そうなんですよ。たまたま出られなくなってたんです。心配しないでくださいね、パーニス殿下」


 話を合わせると、イージス殿下は嬉しそうに微笑んだ。

 とても綺麗な微笑だった。

 

「ご心配をおかけしてすみません、パーニス殿下」

 

 抱きかかえられた姿勢で手を伸ばし、宥めるようにパーニス殿下の頬に触れると、ひんやりと冷えていた。


「全くだ……いや、マリンベリーは悪くないのだが」

 

 拗ねたように視線を逸らすパーニス殿下の耳が赤い。

 

「私、どこも怪我とかしていませんし、下ろしていただいても構いませんか?」

「ああ。すまない」


 その日の事件は、『広中街の魔物出没事件』として王都で話題になった。

 

 魔物を倒したのはパーニス殿下だ。

 でも、なぜか噂では「本当はイージス殿下が倒したのに、弟の功績にした」と囁かれることになった。


「兄の功績を自分のものにするとは、顔の皮が厚い」

「弟に功績を譲り、イージス殿下は本当にお優しい」


 世論はイージス殿下への好感度を上げる結果となった。


 イージス殿下の仕業に違いない。

 腹黒だな~!


「パーニス殿下、言われるがままにしていてはいけません。秘密組織【フクロウ】はこういう時に使うのですよ」

「俺の組織は民を守るためにあるのだ。俺個人の私欲のために使ったりなど……」

「私欲ではありません!」


 私はパーニス殿下を説得し、【フクロウ】を使って対抗させた。


「俺は見たぞ? 本当にパーニス殿下が魔物を討伐していたんだ」

「私も見たわ……」


 ――世論操作合戦の始まりだ。


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