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9、先生が不登校になりました

 

 お昼休みはクロヴィス攻略、放課後はトブレット・ベーカリーに行く。予定を付箋にメモして渡すと、パーニス殿下は物珍しそうに付箋を眺めた。

 

「可愛い付箋だな」

「そうでしょうか? 普通です」

「可愛い文字だな」

「そうでしょうか? 普通の文字です」


 褒めようとしてくれているのは伝わるが、付箋は普通のシンプルな柄なしの付箋で、文字も普通だと思う。

 

「では殿下。お昼休みに会いましょう」

  

 魔法学校は5階建ての校舎で、2年生の教室は2階、4年生の教室は4階にある。

 予定をメモしてパーニス殿下と別れ、歩き出すこと数歩。


「パーニス。一緒に教室に行こう」

 

 声が聞こえて振り返ると、生徒会長でもあるイージス殿下が下から階段を上って来て、パーニス殿下の背を叩き、一緒に歩き始めるのが見えた。

 一瞬ちらりと私を見て、花が咲いたような微笑を浮かべて手を振ってくれる。

 原作知識がなかったら、うっとりとしていただろう。

 

 教室に入ると、マリンベリーの取り巻きだった女子たちが挨拶をしてくる。


「おはようございます、マリンベリー様」

「ごきげんよう……」


 距離感は遠め。

 「どう接したら正解かわからない」とか「挨拶をしないと失礼に思われたら怖いから無難に挨拶しておく」という気配だ。

 やっぱり、急に別人みたいになっちゃったのは悪手だったかな? もっと少しずつ自然な変化を演技するべきだったか?

 でも、深く話しかけてくるツワモノもいる。薔薇みたいに真っ赤な髪をきつく巻いた商人貴族の家柄の令嬢、アルティナさんだ。


「マリンベリー様、今朝は平民の新入生を助けたのですって?」

「あ……そうね。たまたま近くで揉めていたものだから、見て見ぬふりもできなくて」

「高貴なる者の崇高な義務ですわね。素敵ですわ」

 

 好意的な女子もいるから、まあいいか?


「きゅ!」

 

 ピンク色の耳長猫ルビィが尻尾を振って同意してくれる。エメラルドの瞳がくりくりしていて、愛嬌たっぷり。可愛い!


「ルビィちゃんかわい~い」

「パーニス殿下の使い魔なのですって」

「使い魔に身辺を守らせるとは……愛ですわね」

   

 ルビィの可愛さのおかげで、取り巻きたちも笑顔で距離を縮めている。可愛いは正義だ。ありがとう、ルビィ。

 

 ところで、黒板に「本日、先生はお休みです」と書いてあるのが気になるのだけど?

 

「……ミディー先生がお休みなんですね」

「ええ、ええ。ミディー先生、しばらく学校を休むらしいですわ」

「学長に涙目で不登校宣言なさったのだとか」

 

 ミディー先生は、フルネームがミディール・ウォテア・ウィスダムツリー先生という。生徒からは「ミディー先生」と呼ばれて親しまれていた先生だ。

 魔法使いの名門、『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家の三男で、26歳。精霊と交信する精霊交信術を専門に教えていて、頼りになる大人キャラだ。

 

 実は、守護大樹の浄化の件で先生と親密度を上げておきたかったのだけど?

 不登校宣言って何?

 

「ご病気なのでしょうか?」


 私が尋ねると、みんなが複雑な表情で顔を見合わせて「あなたが言いなさいよ」「えー?」と何かを押し付け合っている。結局、みんなの代表みたいに情報提供するのはアルティナさんだった。

 

「あのう、決してマリンベリー様のせいではないと思いますので気に病まないでいただきたいのですけど、ミディー先生はご傷心らしいのですわ」

「ご、ご傷心っ?」

 

 ……原作の乙女ゲームで、先生が不登校宣言するイベントなんてなかったよ?

 

「ミディー先生の幼馴染のご友人が魔化病で亡くなったのですって。それも、特効薬の開発成功が発表される前の日に」

「第一王子殿下の護衛騎士の方よ。ずっと療養なさっていて……実は魔化病だったのですって。ミディー先生のご自宅をふらりと訪ねて、『殺してくれ』と懇願されて。先生、ご自身で手を下したのですって」

 

 う……うわぁ――――その翌日に「魔化病は治るよ!」って発表されちゃったってことだよね。


 それ、「1日待っていれば助かったのに」って後悔がすごそう。

 

 つ、つらすぎる。

 それは、しばらくお休みしてください……。


「マリンベリー様、そんなお顔をなさらないで。世の中には仕方のないこともあるのですわ。救われた方もたくさんいるのですし……」


 アルティナさんはそう言って、コソッと一言、付け足した。


「マリンベリー様は他人のことなんてどうでもいいって方だと思ってましたけど……変わったって噂は本当ですのね」

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 教室にかけられた大きなノッポの古時計が時間を刻んで、お昼休みがやってきた。

 

 私はパーニス殿下と合流した。


「マリンベリー。クロヴィスは噴水公園で友人と飯を食う様子だぞ」

「パーニス殿下は情報通ですね。あ、殿下。私、学食で軽食を買います」

「俺が弁当を作ってきた。学食でメロンパンも買ってある」

「!?」

  

 私の攻略知識には、パーニス殿下が料理をするデータがない。

 

「もしかして今朝仰っていた野菜って本当に野菜なんですか?」

「そうだが? 初めて作ったんだ」

 

 どうやら私は、パーニス殿下が初めて作ったお弁当をいただけるらしい。楽しみなような、怖いような……。

 

 噴水公園は、校舎から出てすぐの位置にある憩いの場所だ。

 季節の花木が麗しく、ベンチに囲まれた噴水が爽やか。

 

 噴水の近くでは、二人の令息が使用人に囲まれ、網焼きのバーベキューをしている。クロヴィスと、彼の親友だ。

 

 クロヴィスの右に座る青年は、外務大臣の令息。

 4年生、18歳のイアンディール・ランディ・ヴァラン伯爵令息だ。

 長いビスケット色の髪を首の横で結び、肩から前に垂らしている。明るいオレンジ色の瞳は、垂れ目がち。

 ひょろりと痩せていて、背も平均より少し低い。制服を着崩していて、気安いというか、ナンパな雰囲気。


 この2人。仲良し兄弟のような先輩・後輩コンビキャラである。

 

 だいたい登場するときは2人一緒に出てきて仲の良いところを見せてくれるのと、『お兄さん気質なイアンディールが無茶をするクロヴィスを心配して後を追い、クロヴィスを庇って大怪我をする』というエピソードがある。

 BL好きなお姉様方は日々、どちらが攻めでどちらが受けかと熱い議論を交わしたものだった。


 BLは置いておくとして、原作では、初対面のヒロインちゃんは彼らと「お昼に噴水公園でお弁当を食べる仲間」になる。

 経緯は、以下の通り。

 

 1、ヒロインちゃんが公園でぼっち飯していたら、意地悪な悪役令嬢マリンベリーが物陰から浮遊魔法でパンを浮かせて噴水に入れようとした。

 

 2、イアンディールがパンをキャッチして、クロヴィスが睨みをきかせ、悪役令嬢は逃げていく。

 

 3、女好きのイアンディールがグイグイとナンパしてくる。クロヴィスが「イアン先輩がすみません」と謝ってくれつつ、3人で昼食を食べる。

 

 4、イアンディールに「女の子がいてくれたらオレが嬉しいから、明日から一緒にランチしよ♪」と言われて、昼食仲間になる。

 

「何を考え込んでいる? 普通に交ざればいいだろう。おい、クロヴィス。俺と婚約者も同席してもいいか」

「あっ、パーニス殿下」

 

 私が作戦を練っている間に、パーニス殿下はさっさとクロヴィスに声をかけていた。

 

 それにしてもバーベキュー、いい匂い。お腹が鳴る……。

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