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籠中ノ守リビト  作者: カナル
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第41話 リエル=シャスエール

『──っで? アンタ達…誰やったけ?』


 そう言って眼の前の女は胡乱な目で

こちらを見据えながら四杯目の火酒を啜る


(今さらかよ……)


 思わずアーヴは心の中で独りごちる。


 何故このような状況になっているか……

それは狩人協会で眼の前の女狩人に声をかけてすぐだった。


 女に声をかけるのに立ち話は無粋だと言われ

渋々近くの酒場に入り猛虎討伐の話しをしようとしたが

女は立て続けに注文し、一人で酒盛りを始めてしまったのだ


 そして呆気にとられている男二人を尻目に

出てきた料理をまたたく間に平らげ今に至る。


 あまりの想定外の出来事に呆然としていたアーヴだったが

本来の目的を思い出し意を決して話しはじめる。



『某はアーヴ=シャムラールと申す者…

 先程、其方が猛虎討伐の話しをしておられたので

 気になって声をかけたのだが…────』



 アーヴは自分達が猛虎討伐隊に参加した事

現状二人しか居ない事、戦力不足を危惧していた所で

たまたま見つけた彼女に声をかけた事を話す。


 女狩人は五杯目の火酒を啜りながら

黙ってアーヴの話しを聞いている。

そして話しが一段落すると盃を置き答える



『要は兄さん達の仲間になってほしい言うことやろ?』


『まぁ…要約すればその通りだ……』



 本来なら一人でも戦力が欲しいところ

しかし後から話しが違うと言われても面倒な事になる為

ニルス公の話しや先ほど協会で聞いた話しも交え

自分が現状で知る全てを話したアーヴ。

協会内ではかなり威勢の良い事を言っていた

女狩人だが話しに乗ってくれるだろうか……

そんな心配をしつつ女狩人の出方を伺う。

だが女狩人の反応は予想とは違うものだった。



『リエル=シャスエールや……』


『は…?』



 アーヴが予想していた答えは、"参加する"

もしくは"しない"の二択だった

しかし女狩人の口から出た言葉は全く違う。

予想外の答えに反応が遅れるアーヴを気にする事もなく

女狩人は言葉を重ねる。



『リエル=シャスエール!! それがウチの名前や!

 仲間になるんやったら名乗るやろ!?』



 どうやらリエルと名乗るこの狩人の中では

討伐隊参加はすでに決定事項のようだった。

最悪断られる事も想定していたアーヴとしては

嬉しい誤算だ。



『あぁ…そうだな…しかし良いのか?

 先程も言ったがかなり危険な仕事になりそうなんだが…』


『かまへんよ…むしろ討伐隊の募集、

 ウチ一人だけかと思うてたし

 それが二人も仲間が居ったなんて僥倖や』



 そう言ってリエルは握手を求めてくる

アーヴはその手を握り「宜しく」と挨拶を交わす

するとリエルは隣のシェクラの方を見る



『それで…? そっちのキレイな身なりの

 兄さんはなんて言うん?』


『私はシェクラ、シェクラ=シャロームと申します』



 シェクラはそう言ってかるく会釈をする。

その姿を見ながらリエルは少し考える仕草をすると

何かを思い出したかのような顏をする


『兄さん…噂のシャローム家のボンかいな?』


『えぇ…まぁ…』



 リエルの言葉に微妙な顏しながら肯定するシェクラ

シャローム家の子息と言う肩書で呼ばれるのが

あまり好かないのか笑顔が引き攣っている。

しかしリエルは気にする様子もなく

握手を求め握った手を上下に振っている



『いやぁ…お貴族様が仲間なんて助かるわぁ〜』


『『 ?? 』』



 リエルの言葉の意味がいま一つ理解できないアーヴ達

二人は思わず互いの顏を見合わせる

しかしリエルは二人の様子を気にもとめず

女将を呼んで再び注文をはじめた。

2つ目の大皿料理を頼むところでアーヴは止める



『リエル殿! 奢るとは言ったがその量は如何なものか…』


(コイツどれだけ食うんだよ…)


 アーヴと同様の事を思っているのかシェクラも引き気味だ。

しかしリエルは満面の笑みを湛えている



『兄さん達、女に声かけて命懸けるような仕事に誘ったんや

 それ相応のご馳走にならんとなぁ?

 それにお貴族様がおるんやし払いは大丈夫やろ?』



 リエルの言う事も判らなくもないが既に注文の量は三人前近い

そして今までの分はほとんどリエルの腹に収まっている。

いったいこの細い体のどこに収まっているのかだろうか…

だがリエルはさらに追加の注文をする。


 さすがの量に支払いが心配になってくる男二人。

それを知ってか知らずが注文を終えたリエルは

二人の方を見て微笑む



『…侠気……見せてくれるよなぁ?』



 その言葉と微笑みを向けられて男二人は溜息を漏らすのだった。













 結局、五人前の料理と六杯の酒をリエルに驕ったアーヴ達。

とりあえずリエルから明日にでもニルス邸に赴く事は言質を取り

今日は解散となった。


 しかしただでさえ少ない路銀に止めを刺された

アーヴの財布はすでに瀕死であり、

シェクラの方も三日分の食費を取られたと愚痴る。


『アーヴ…あの女…大丈夫なのか?』



 ニルス邸への帰り道で軽くなった

財布の中身を確認しながらシェクラが尋ねてくる



『あぁ…たぶん大丈夫だろう

 一応コレを預かってるしな…』



 そう言ってリエルから預かっている短剣を見せる。

それはひと目で値打ち物だと判る見事な装飾から

おそらく自分達が驕った金額の

何倍もするだろう代物だという事は判る。


 リエルと話した後、そのままニルス邸へ

行くかと言う話しにもなったが

さすがに酔が回った状態で行くのは如何なものかと

言うことになり、明日再び酒場で落ち合うという事になった。

そこでリエルは約束の証としてアーヴ達に

この短剣を預けてきたのだった。



『これだけの代物だ…

 約束を反故にする事はないんじゃないか?』


『あーいや…そっちの方は心配はしてないんだ…』



 予想に反したシェクラの言葉に思わず振り向き

何が心配なのかと訝しむ視線を送るアーヴ。



『俺が心配しているのはアイツの腕前だよ…

 なんか変なヤツだったろ? 腕前が心配になってな』


『……正直わからん……けどそれなりだとは思う…』



 正直、先程会ったばかり者の腕前などよくわからない。

しかしリエル曰く、自分は大陸西部の小さい部族の出身で

今は物見遊山の旅をしているとの事だった。

普通だったら女の一人旅など危険この上ない、

それを大陸の反対側である西部からやって来ているのである

おそらく荒事もそれなりには経験している事は予測はできた。


 アーヴの考えを感じ取ったのかシェクラはそれ以上は

聞いてこなかった。しかしその顏は少し不満の色が見て取れる 

そこでアーヴは宥めるように言う


『…何にせよ居ないよりは良いだろ?』


『そりゃそうだ…』


 アーヴの言葉に苦笑いしながら同意するシェクラ。

リエルの腕前どうこうよりも二人から三人になったのだ

今はそれを喜ぶところだろう、

そんな事を思いながらアーヴはニルス邸へ戻るのだった。











 翌日、太陽が真上から少し傾いた頃にリエルはやってきた。


『おはようさん…シャムラールくん…

 迎えにきてもらってエライすまんねぇ』


『いや構いませぬ、某が居た方が話しが早いでしょう

 それに預かり物もあります故』


 そう言ってアーヴは懐から短剣を取り出す。

しかし当の本人のリエルは短剣の事を忘れていたらく

短剣を見てハッとしつつも苦笑いを浮かべながら受け取る


『そやね…これ預けてたんやな…すっかり忘れてたわぁ

 ところでボンの兄さんは今日はいないん?』


 辺りを探す素振りをしながらリエルは聞いてきた。


『あぁ…シャローム殿は貴人のお付き合いがありまして…』


 そう答えを濁すアーヴ、

実際のところはそんな大層なものではない。

単純にエラとお茶をしているだけなのであるが

一応、シェクラの名誉の為にそれっぽい感じに返す。


(これでまた貸し二つだな……)


 アーヴの答えに納得してるのかしてないのか判らないが

とりあえず「ふ〜ん」と返事をするリエル。


『まぁ…ええかっ! ほな 行こか?』


 そのまま二、三言交わしアーヴとリエルはニルス邸へ向かった。





 屋敷に着くと昨日話しを通しておいた事で

すぐさまニルス公のもとへ通される、

そしてアーヴも以前聞いた町の状況などをリエルと一緒に聞く


 結局、昨日も募集の人員は一人も来る事なく

ニルス公としてはアーヴ達やリエルに大きく期待を寄せているようだった。



 アーヴ達も聞いた話しを一通り終えるニルス公

すると先程まで黙って神妙に聞いていたリエルが口を開く


『領主様? 今回の討伐遠征は何日ぐらいの予定されてますん?』


 何日??


 リエルの言葉の意味が理解できない

アーヴとニルス公…それを察してかリエルは続ける


『地図を見た限り森はそこそこ広いみたいやけど

 猛虎をすぐさま見つけられるとは限らんちゃいますの?』


 言われてみればその通りだった。

現状、巣穴の正確な場所も解っていないのだ

追い込みをかける予定ではあるがすぐに見つけられるものでは

ないのかも知れない、さらに探すこちらは警戒しながら歩を進めるのだ

その歩みは通常の行軍に比べたら歩みはどうしても遅くなる。


『うむ…そうだな…持っていける荷物を考えると五日程か…

 仮に見つからなかったら町に戻って再度出発か……』


 少し考えるながら答えるニルス公、

それはまるで自分に言い聞かせるようだった。

ふとリエルの方を見ると今だ唸りながら考えている

その様子が不満と映ったのかニルス公は言葉を重ねる


『もちろん遠征中の食事は当方で持つつもりだ…』


 しかしリエルの懸念事項はそこではないのか

難しい顏をしたまま口を開いた


『領主様…猛虎って一匹なんやろか?』



 ──────っ!?



『ウチもな…昨日色々調べてみたんや…

 それで被害に会った人数やら見つかった遺体の話しを

 聞いたんやけどな………』



 そこでリエルは一区切り置き、

遠征の計画を覆す程の推測を口にする



『アレ…最低でも二匹はおるで?』



 リエルの口から出た言葉に驚きを隠せない

ニルス公

しかしアーヴはリエルの言葉の中に

状況をを一層悪くする単語があるのを

聞き逃さなかった


 リエルは言ったのだ

最低でも二匹……と


 二匹居ると最低でも二匹居るでは

当然意味合いはかなり異なる

最早、討伐遠征の計画自体を

見直す必要がある程だとアーヴは考えていた。

衝撃の予想に苦虫を噛み潰した顏をしている

ニルス公。

しかしリエルはそれを気にする事もなく

話しを続ける



『いや〜何人も食い殺しとる

 おっかないヤツが何匹も居るのは

 怖いなぁ〜

 でも放っとくのもアカンよな〜

 でもこれじゃぁこれ以上

 討伐隊なんてヒト増えへんよなぁ〜』



 まるで独り言のように

今の危機的状況を口に出すリエル

しかし動揺しているニルス公の耳には

届いていない

おそらく討伐遠征を止めるか否かを

悩んでいるのだろう

するとリエルはニルス公の前に進み出て言う



『でも……安心してな領主様……

 ウチ等はちゃんとやったるで?』


 そう言ってリエルは

蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。


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