第38話 アーヴとシェクラそれにエラ②
『ほっんと〜〜に すまなかった!!』
『いや…頭を上げてくだされシャローム殿
酒の席でのちょっとした失敗など誰にでもある事…』
『いやっ…知り合って一日そこらの者に
あのような醜態をさらし、さらには介抱してもらうなど…
誠に面目ないっ!!』
昨晩の酒の席での醜態を詫びるシェクラ。
唐突に現れた少女のおかげで目が覚めたのかと思ったが
今度はその話題で酒を呑み始め、最後にはその場で
寝入ってしまい、アーヴが部屋まで担いでいくという結果となった。
そして今朝起きて状況を思い出したシェクラが
アーヴの部屋まで来て頭を下げ始めたの四半刻前、
そこからずっと頭を下げ続けていた。
誠意は判るがここまで来ると面倒臭い、
アーヴは少し考え、
これ以上話しが長引かない様
ここで切り上げる事にした。
『…貴殿の想いは判りました…
しかし某も貴人である貴殿に
これ以上頭を下げていただくのは申し訳ない、
故に貸し一つ……と言う事で如何ですかな?』
『そうか…なら…そのようにしておこう…』
どうにか納得をしたシェクラに胸をなでおろす。
平民のアーヴにここまで頭を下げさせたとあっては
シェクラはともかくシャローム家から目の敵にされかねない。
ここは“貸し”と言う勘定がしやすいモノにしておくのが
良いだろうと判断した。
そんなやり取りが一段落した頃、
扉を叩く音がすると女中から朝餉の用意ができていると声がかかる
その声に返事をした後、アーヴはシェクラと共に
部屋を出ていくのだった。
振る舞われる豪華な朝餉を堪能しながら
ニルス公と談笑するアーヴとシェクラ、
町の特産や街道の情報など、なかなか有意義な情報が得られた
しかし隣のシェクラの興味はそんな所に無いようだ。
興味の対象はニルス公の隣座っている少女、
シェクラの言葉を借りれば“女神” エラ=ラルバ=ニルス
そのヒトだった。
朝餉を共にしようと言われた際に紹介されたニルス公女 エラ
彼女は十三歳と言う若さで既にニルス公の領地経営の
手伝いをしている才女との事だった。
アーヴは昨晩の非礼を詫びると、公女ははにかむ笑顔で返す。
当の非礼を働いた本人は一応詫びてはいるものの
その目は彼女に釘付けになっていた。
〈シャローム殿…そんなにジッと見ては失礼では…?〉
〈あぁ…すまない…つい彼女に目が奪われていた…〉
互いに囁くように耳打ちし合う眼の前の
男二人を見て、不思議そうな顏をするエラに
思わず引きつった笑いを返してしまうアーヴに
何を勘違いしたのかエラは嬉しそうに言う。
『シャローム様とシャムラール様は仲が良ろしいのですね…
仲の良いお友達がいて羨ましいですわ』
『いや……某とシャローム殿は…一』
『──はいっ! 私と彼はもう互いに命を預ける相棒ですからっ!』
アーヴの口から出ようとしたエラへの返答は
シェクラの勢いよく飛び出た言葉によってかき消える。
数日の後の狩りではシェクラと命を預ける関係には
確かになるが、「仲がよろしいか?」と聞かれて
はい、そうです──と答える程の間柄ではない。
いうなれば仕事仲間なだけだ。
にも関わらずこの男は公女の気を引くためにそう答えた。
さすがにアーヴも少し苛立ちを覚えるが
楽しそうに微笑んでいるエラを見てグッと堪えるのであった。
朝餉をとった後、アーヴとシェクラは町に出た。
二人は並んで歩いてはいたが、その間には不穏な空気が漂う。
『なぁ…アーヴ殿…何もそこまで怒らなくも良いだろう…?』
アーヴは先程の調子の良い答えをしたシェクラに少し腹を立てていた、
ニルス邸を一緒に出てすぐにシェクラは詫びたが
アーヴは返事もせず足早に町の中へ向かっていく。
『─────二つ…』
『ん…何だ?…何だって?』
先程まで返事すらしなかったアーヴが何かを
口にしたので聞き返すシェクラ
『貸し二つと言ったのです……
シャローム殿! エラ公女の気を引きたいのでしょうが
某をダシに使うのは止めていただきたい!』
『いや…そんなダシだなんて……
それにエラさんの美しさはアーヴ殿も判るだろ…?』
数日後には狩りとは言え、命を懸ける仕事が
控えているさなかにこの男は何を言っているのだ?
アーヴは目の前の男の神経を疑う、
そして先ほどまでは小さな苛立ちだったものが徐々に膨れ上がる
『……美しいとは思いますが…ですが某とは五つ以上も
離れております故、貴殿のような感情は湧きませぬっ!』
『──っなっ!!…そ、そんな邪な気持ちは抱いてないぞ! 私は!
あくまで…その…見惚れてしまっただけで…』
『それを、淫らな気持ちを抱いているというのですっ!
そもそも十三などとまだまだ子供ですぞ!?
そんな幼女趣味をお持ちだとは驚きですなっ!!』
『──っなっ!! 幼女趣味!?』
売り言葉に買い言葉、
二人の言い争いは白熱する。
白昼の往来で騒ぎ出す大の男二人、
行き交うヒトも振り返る。
喧嘩か? 余興か? 一体何の騒ぎなのか?
しかし二人の口から聞こえる言葉に周囲は眉を顰める。
確かに嫁入り・婿取りは幼い頃に確約される事もあるが
それはあくまで約束であり、実際には成人を迎えてから晴れて夫婦となる
さらにそのような習慣は名家や貴族の間での話しであって
一般的には馴染みのない習慣だ。
〈おい…アイツら十三の女の子を取り合っているのか…?〉
〈いくら何でも白昼の往来で口にする事じゃないわね……〉
〈さすがに十かそこらの子はマズイんじゃないか…?〉
気づくと二人を取り巻く輪ができ、
騒ぎの張本人達の人格を疑う声が聞こえていた。
『………アーヴ殿………』
『……あぁ…ここは休戦といたそう……』
周りの白い目を背にして二人は逃げるようにその場を後にした。
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『アーヴ君?…アーヴく〜ん…』
耳元で響くエラの声に思わずハッとするアーヴ。
『あぁ…悪いな…エラ殿…』
『どうしたんですか? ぼんやりしながら
一人でにやけて……』
『いや…なに…昔の事を思い出してな……』
そう言って形容し難い作り笑いを浮かべるアーヴ
その様子を見て少し考える素振りを見せるエラ
そして思い当たったのか悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねる。
『ふふ…なんです…? 私達が出会った頃でも
思い出しましたか?』
言い当てられた事に少し驚く。
とは言えエラは出会った時から聡い少女だった
そんな子が年月を重ねれば
勘の鋭い女性に成長するのも当然であろう。
そんな事を内心思いながらアーヴは
エラの問いに静かに答える
『君と会った時の事もそうだが、
今と昔のシェクラ殿の変わり様が笑えてきてな……』
『あぁ…確かにそうですねぇ…』
同意しつつ苦笑いを溢すエラ。
『まるで昔のアーヴ君みたいですよね?
ヤーフェが生まれてから一段と堅苦しくなりましたけど
今思えば、虎狩りに行く時と帰ってきた時では
少し違っていたかも知れませんね…』
あぁ…やはりこの女性は聡い──
エラの言葉でアーヴはそう実感する。
『今更ですけど…あの時、何があったんですか?』
エラの問いに答えようとするアーヴ…
『──本人がいないところで悪口か?
あまり感心しないぞ…シャムラール隊長…?』
しかしその言葉は玄関から投げかけられた言葉に遮られた。




