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籠中ノ守リビト  作者: カナル
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第37話 アーヴとシェクラそれにエラ

回想回です


『では出身とお名前を教えていただけますかな?』


 眼の前に座る初老の男、ディエコ=メシャレートは

慇懃無礼な態度で整った顎髭を触りながらそう言って視線を向けてくる、

その顏は仏頂面で視線はまるでこちらを値踏みするかのようだった。


 視線の先にはアーヴともう一人の男

昨日アーヴが掲示板の内容を尋ねた男だった。

ディエコの視線を気にする様子もなく隣の男は勢いよく答える。


『シェクラ=シャローム、出身は…―――』


 男が全て言い終わる前にディエコは身を乗り出し訪ねる。


『何と!…あのシャローム家のご長男ですか!?』


 男は苦笑いしながら頷く、ディエコの方は先程の仏頂面から

一転して微笑んでいる


『聞いてますぞ…名家の生まれに胡座をかく事なく

 勉学の為に各地を回ってるとか……

 さらに詩人から伝え聞くところでは

 野盗に苦しむ村を救ったとか…?』


『いや…それほどでは…あくまで私は村人に協力しただけでして…』


『いやいや…ご謙遜を…弟君も神童と噂されているようですし

 このような立派なご子息を持ってさぞご両親は鼻が高いでしょうなぁ』


 ディエコの言葉に気恥ずかしいのか

シェクラと名乗った男は顏を真っ赤に染めて恐縮する。


 まるでディコの目にはアーヴが映っていないような勢いで

シェクラとディエコは話しを続けた。

そしてひとしきり話して満足したディエコは

急にアーヴの方に顏を向け先程の仏頂面で訪ねる


『っで?…それで…そちらは…?』


 唐突に尋ねられ、つい素の喋り方が出てしまうアーヴ


『アーヴ…で…す』


『ふむ…アーヴァス殿…ですか』


 声が小さかったのか、それともディエコの耳が遠いのだろうか

とりあえず偽名を伝える訳にはいかないと思い言い直そうとするが

ディエコの次の質問でアーヴの声は遮られる。


『家名は?』


『……シャムラールと申します…それで―――』


『出身は?』


『出身はハベリームですが、ミスパハから参りました

 それでですね―――』


『ふむ…ハベリームとやらは存じませんが…

 ミスパハは存じていますよ…

 確か我が国と隣接するササリード領の

 “鬼が住む村”ですね……

 ふむふむ………なるほど…いいでしょう…

 ではお二人とも旦那様をお呼びしてきますので

 そこに掛けて暫しお待ち下さい』


 矢継ぎ早にに質問し、

勝手に何かを納得したディエコは

二人に待つように指示して足早に部屋を出ていった。


 部屋に残された二人の男、

一瞬の沈黙が流れた後、お互いの顏を見合わせる。


 奇しくも再会した二人はとりあえず挨拶を交わすのだった。












『―――…と言う訳で討伐隊の人員を募集したのだ…』


 眼の前に座るやつれた様子の痩身の男、

トダ=ラルバ=ニルス公はそう言って

討伐隊募集の経緯と現状をアーヴ達に語った。


 内容は酒場の女将の言う通り芳しいものではなかった。

破格の報奨を提示しているのにも関わらず

現在、申し込んできたのはアーヴとシェクラのみ

この分では十人集まれば良い方らしい。


 地図を見た限りでは森は広く、

その中で一匹の獣を探すにはそれ相応の人手が要るだろう、

さらに森には猛虎以外にも獰猛な獣達は

少なからず暮らしているようだった。


 きっと領主の私兵も参加するのであろうが

集まる人数が十人、もしくはそれ未満と言うのは

戦力としては不十分なのだろう

虎狩りの経験がないアーヴでもそれは何となく理解できた。


 一通り語ったニルス公は深い溜息をついて

先程用意された茶の入った碗を口にする



『―――…さて領地や民の安全を守るのが仕事の私だが

 私とてヒトの子であり親だ、

 領地の安全を確保したい気持ちはあるが

 前途ある若者をむざむざ死にに行かせるのも心苦しい…

 今の話しで二人共状況が理解できたと思うが

 それでも参加してもらえるかな?』


 少し考えるアーヴを尻目に真剣な眼差しでシェクラは質問する。


『仮にこれ以上ヒトが集まらず

 私達も参加しないと言ったらどうなるのですか?』


 その言葉にニルス公は眉間に皺を寄せつつ

一瞬、間をおいてキッパリと答えた。


『それなら私兵と私だけで行くつもりだ…』


 気迫がこもるその言葉、

先程までのやつれきった中年の領主はそこには居なかった。

その様子に少し気圧されるアーヴとシェクラ

ニルス公はそんな二人を気にせず話しを続ける


『正直、他の森ならどうでも良いのだ……

 単純に立ち入りを封鎖すれば良いからな…

 しかしあの森では希少な薬の原料となる薬草が取れ

 さらには森のすぐ近くには紫藍石を含む鉱物が取れる鉱山がある……

 どちらも我が領地には生命線だ、

 あの森や鉱山がなければ我が領地は…

 我が民は困窮してしまう……』


 そう語るニルス公の顏は先程よりも一層険しいものだった。


 アーヴはその様子に内心驚いていた

領主や貴族と言う連中はもっと高圧的で

自分達の事しか考えないものだと思っていたからだ。



 領主としての気概と想いを吐き出したニルス公は

険しい顏を少し緩め

眼の前の若者二人に討伐隊参加の是非を問う。


 アーヴとしては状況問わず如何にせよ参加はするつもりだった。

未知の獣とは言え獣は獣、師や兄弟子・姉弟子達と稽古と比べれば

児戯にも等しいと思っていたのだ。


 参加する旨を伝えようと口を開くアーヴ。

しかしその言葉は横から発せられた言葉に遮られる


『ニルス公!! 感銘を受けました! もちろん参加いたします!

 当然、君もそう思うだろう!?』


 そう言って熱っぽい眼差しをアーヴに向けその手を握ってくるシェクラ


『ぁあ…そうですな…(それがし)も参加いたしましょう…』


 参加はするつもりではいたが、あくまで路銀の為である

もちろんこの土地の民が困窮する姿はいい気がしない

しかしアーヴはシェクラの様な義侠心は

持ちあわせてはいないのだ。


 にも関わらずまるで自分と同じ想いを

持っている同志のように接してくるシェクラに

少し不満を覚えるつつ乾いた笑いを浮かべるアーヴ


 それを知ってか知らずか二人が参加を決意した事に

感謝を述べるニルス公、

その表情は安堵の色が見え険しさは既に消えていたのだった。





 その後しばらく話したニルス公はふと尋ねる。


『とこで二人共この土地の者ではないようだが

 逗留先どうしているのだね?』


『私は町の中央部にある雪花楼が

 父の知人の店なのでそこでお世話になっております』


 ニルス公の質問にすぐさま答えるシェクラ。

どうやらニルス公もその場所を知っているようで

「ふむふむ」と頷いている。


『それでシャムラール殿は…?』


『昨日は町の東側の酒場で世話になりましので

 今日もそこにしようかと…』


 アーヴがそう答えるとニルス公はしばらく考え提案をしてきた。


『今日の宿が決まっていないなら

 この屋敷に逗留するのはどうだろう?

 こちらも情報を伝えに行くのにヒトをやる手間も省けるし

 それに報酬はあると言っても町の為に命をかけてもらうのだ…

 さすがにこれ以上は報酬は上げられないがその行動には報いたい……』


 路銀が心許ないアーヴとしては願ってもない提案だった。

おそらく討伐参加の意思を示した者を逃さない為でもあるのだろうが

そもそもそんな気のないアーヴとしては宿代を節約できるいい話しだった。


『ではお言葉に甘えさせていただきます…』


 その答えを聞くと満足そうにニルス公は頷くのだった。












『―――…そ、それでなぁぁ…その時私はこう言ってやったの―――…

 って聞いているのかぁ…アーヴ殿ぉ?』


『あぁ…もちろん聞いているともシャローム殿…

 それでその神官に言ってやったのだろう?』


『そうだぁ…その通りぃ! よく知ってますなぁ…?』


『あぁ…もちろんだともシャローム殿…』


(うん…その先の話しも知ってるよ……

 だってアンタこの話し五回目だからな…)




 アーヴの横に居る泥酔しているシェクラは既に

同じ話しを五回も繰り返していた、

いったいどうしてこうなったのだろうと考えるアーヴ。


 それは二刻程前に遡る。

アーヴを屋敷に逗留するように勧めてきたニルス公は

シェクラにも同様に勧めてきた。


 そしてそのままニルス公と食事をしながら

その後、酒でも酌み交わそうとなった矢先

急用ができたとの事でニルス公は席を外す事になる。


 とは言えせっかくなので用意してもらった酒を

呑み始めたアーヴとシェクラだったが

四半刻程でシェクラが酔っぱらいはじめ今に至る。


身なりのいい青年があっという間に酔っ払いに変貌した姿に

部屋の入り口にいる女中も若干引き気味である。

このままでは面倒だと感じたアーヴは

シェクラの酔いを覚まそうと女中に水を頼む

しかしそれを無視されたと感じたシェクラは

一層アーヴに絡んでくる


『あ、アーヴぅ殿ぉ…俺のぉ話しぃ聞いてるのかぁ?

 俺はぁなぁ…ニルス公のぉ…心意気にぃ感銘を受けてぇ』


『あぁ…そうだな…ニルス公は立派な御仁だ…』


 さすがにこれ以上は付き合いきれないと思いはじめるアーヴ。


『そうだろうぉ…そうだろうぉぉ…だから俺……はぁ―――…?』


 すると今までクダを巻いてアーヴに絡んでいた

シェクラが動きを止めて、ある一点を見つめていた。

不審に思ったアーヴはシェクラの視線の先を確認する


 するとそこには一人の少女が立っていた。

少女は水が入った碗を持ちシェクラの様子に少し怯えながら

こっちへ近づいてくる


『あ、あの…お水…を…お持ちしました…』


 そう言って不安そうな顏をしながら

碗をアーヴに渡してくる少女。

歳はアーヴより少し下だろうか…

女中にしては若すぎる……

うっすらと茶色がかった長い髪を髪紐で両横に結った姿は

その髪型のせいか幼く見えて正確な年齢が判断できない。

しかしその容姿は“可憐”の一言につきた。


『あ、ありが…いや…感謝いたす…』


 この空気に場違いと言っていい少女の出現で

思わず素が出かかるアーヴ。

少女はそれを聞くとひとつ会釈をして

逃げるように部屋から出ていった。


 一瞬、呆気にとられていたが現状を思い出す


『ほら…シェクラ殿…水だ…』


 少女も気になるが今は目の前の酔っぱらいを

どうにかするのが先決だった


『これを飲んでしっかり―――…?』


 しかし当のシェクラは今だ呆けて

少女が出ていった方を眺めていた。


 そして一言ポツリと呟く


『アーヴ殿……今…俺は女神を見たぞ……』


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