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籠中ノ守リビト  作者: カナル
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第33話 それは嵐を呼ぶ女③

 ティクバの首にしっかりと腕を巻くアネーラ

その柔らかい唇がティクバのそれをこじ開け

生き物の様に舌を絡め取る、そしてひとしきり(なぶる)ると

ティクバの唇を軽く噛み血を滲ませ顏を離した。


『―――っちょっ! アンタ! 何やってんだ!?』


 ティクバは思わず声を荒げる、

それは怒声といっても差し支えない程だった。


 しかし目の前で艶っぽい表情を浮かべながら

唇から滴る少し朱が混じった銀糸を拭うアネーラは

まったく気にとめる様子がなかった。


 ティクバは鉄格子の向こう側を確認する

そこには呆気にとられている父達 男性陣

そして俯きながら小刻みに体を震わすヤーフェ。


『ヤーフェ違うんだ! 今のは―――』


 この惨劇(?)を弁明しようとするティクバ。

しかし感情の奔流を抑える事が出来ないヤーフェは

涙を浮かべつつとんでもない事を口走る


『ヒドイよ…ティク…

 あんなスゴいの私にだってしてくれた事ないのに…』


 その言葉にシェクラが顏が凄まじい形相に変り

ティクバの方を穴が開く勢いで睨む

アーヴは手で額を抑えながら呆れ、ガドールは苦笑いだった。


 もはや収集のつかない空気になっている中

何事もなかったかのように微笑みながらアネーラはケレックに話しかける。


『さて…領主様…これで一通りの病が伝染る経路を抑えました

 これであと半刻から一日経って私に何も問題なければ

 彼から感染する事はないでしょう…

 これならティクバ君をここから出す判断材料になりますわよね?』


 呆気にとられていたケレックは

ここまでされたら納得せざる得ないと思ったのか

両手を軽く上げ、好きにしろと言った様子で返事をするのだった。





 人生初の修羅場を体験した瞬間から一刻後。

ティクバは約一週間ぶりに牢から外へ出る事となった。


 迎えに来たアーヴは申し訳なさそうにしている。


『悪かったなティク…待たせちまって…』


『いえ…父上も色々あったと思うので……』


 そんなやり取りをしながら既に意味を為してない

鉄格子の鍵を開けるアーヴ、

ティクバもミトバフから送られた獄中生活一式の

袋を片付け牢の扉に向かう

しかし扉の前まで来てもアーヴは開ける素振りを見せず

何故か聞き耳を立てるように外の様子を伺おうとしている


『父上…?、もう出ても問題ないんですよね?』


『ん?…あぁ…郷的には問題ないぞ…

 ただ…お前個人としてはちょっとなぁ…』


 そんなアーヴの言葉に怪訝に思いつつ

扉に近づきティクバも聞き耳を立ててみる、

すると怪物憑きになったせいか思ったよりも外の声が聞こえた。

話しているのはヤーフェとアネーラのようだった。




『――ほんっとに悪かったわよ〜…ヤーフェちゃん!!』


『いくら何でもヒドくないですか!?

 私とティクの事 知っててあーいう事するの!』


『いやぁ〜 仕方なかったのよぉ?

 ああでもしないときっと領主様は納得しなかったでしょ〜 ?』


『でも絶対あの時少し楽しんでましたよね!?

 そーゆー表情してましたよね!?』


『それは…まぁ…怪物憑きとなんて初めてだし…?

 顏も別に嫌いじゃない感じだったし……?』


『あぁぁぁっー!!  ほらぁ!!  やっぱりそうだぁ!

アネーラさんティクの事、奪るつもりだー!!』


『――ほんっとに違うってばぁ〜 奪ったりしないわよぉ〜』





 外の会話の一部始終を聞くと一歩扉から下がる

父の言葉の意味をなんとなく理解したティクバは尋ねる


『父上…この様な時の対処法は――』


 しかしティクバが尋ねきる前にアーヴは首を振っていた。

どうやら郷内の揉め事を迅速に対応する警邏隊(けいらたい)隊長でも

この手の揉め事は難しいらしい。


 だがこの状態で外に出るのは

自殺行為に等しいのはティクバでも判る、

結果、アーヴと二人で出した結論は単純だった。

それはヤーフェの怒りが収まるまで待つ、ただその一択だった。






=============================






 牢から出て一週間ぶりに我が家へ戻るティクバ。

家の前で戸に手をかけ、しばし考える。


 ミトバフとアデナには自分の容姿が変わっている事は

事前に伝えられているはずだった。

とは言え伝え聞くのと実際見るのでは違うものだ。

いったいどんな反応をされるのか少し怖い気がする


 そんな事を思っているとアーヴが肩を叩き早く入れと促す。

ティクバは一つ深呼吸をし意を決して、ゆっくりと戸を開ける。


『ただいま戻りました〜』


 すると廊下の奥からドタドタと足音が聞こえる


『兄様ぁぁぁぁ!!』


 足音の主、アデナが走ってくる、

そしてその勢いのまま飛び込んできた。


『っぉっふ!!』


 それは助走をつけた頭突きと変わらなかった。

何の構えもせずその突進を受けたティクバの口から空気が漏れ出る。


『あぁ…おかえりなさい! ティクさん、旦那様!』


 そう言ってアデナから少し遅れてミトバフも奥から出てきた。

久しぶりに二人の顏見て嬉しくなる。

しかし顏を擦り寄らせるアデナをよそに

二人の反応が思っていたものと違いティクバは思わず尋ねる


『あれ…? 二人とも驚かないの? 今、オレこんなんだけど…?』


 そう言ってかつては黒かった自分の赤毛をを指差す。


『大丈夫です兄様!!

 赤毛の兄様も私はイイと思うのです!!』


『まぁ…事前に聞いていましたしねぇ?

 ちょっと野性味が増したかも知れませんが…

 殿方だったら逆に良かったんじゃないですか?』


 いい意味で予想と違う反応に思わずティクバも笑みが溢れる。


 獄中生活で何度もよぎった最大の不安

ヤーフェに…そして家族に拒絶されるかも知れない…

この二つが不安がたった今、ただの杞憂になった。


 他の者からどんな奇異の目で見られても耐えられるが

家族とヤーフェからの目には耐えらる自信がなかった。

それが解消された今、ティクバの獄中生活は本当の意味で終わったと言えた。


 玄関口で笑い合う三人を見ながら

アーヴは手を叩きながら家の奥へと促す。


『ほらほら! ガドールもすぐに帰ってくるからよ

 今日は再会を祝してご馳走だからなぁ!』


『はいっ! ティクさんの好物をたくさん用意してますからねぇ』


『兄様! 私も結構お手伝いしたんですよ?』


 そう言って笑い合いながら居間へ向かう。

その後、ティクバは一週間ぶりの家族団欒を堪能するのだった。






=============================






 翌日、ティクバは大忙しだった。

外出規制が解除となりヤーフェが朝からやって来たのはいつも通りだが。

しかしその後、友人達が押しかけて来たのだ


 どうやら昨日、ティクバを牢から出した後に

領主達で会議を行った結果、今回の件をこれ以上伏せておくのは

難しいと判断して一部を除き情報公開をしたそうだ。


 それと外出規制解除が重なりティクバの様子を見るため

仲の良い友人達がこぞって訪れる結果となった。


 ティクバの容姿の変化を見て友人達の反応は

いい意味でも悪い意味でもそれぞれだった。



 ■ヤレアハ=ロメデット

 『うわぁ…父から聞いてたけど…凄い変わりようだねぇ…

  あっ…でも前よりもカッコいいよ?』


  (うん…ヤレアハ…気を遣える男のお前もカッコいいぞ…)



 ■ヨナ=バルゼル

 『私も家族みたいなモノなんだから先に伝えてくれても良かったのにねぇ?

  見た目?…そうねぇ赤毛は趣味じゃないわねぇ…』


  (義姉上…そう言う事を聞いているんではないんです…)



 ■ルアハ=ダルギーム

 『ヒィッ…ティクバ君…睨まないでぇ…ちょっと怖いよぉ…』


  (さすがに実際言われると傷つくな…それと睨んでないからな…

   あっ…ちょっと…泣くのはヤメて……)



 ■ガル=ダルギーム

 『うぉっ!! 何だその肌? 目も猫みてぇじゃねぇか!!

  なんか気持ちわりー姿になったなぁ…ティクバ! ハハッ』


  (怖がったりしないのは良いが…言い方あるだろ!…ガルッ!!!)



 ■マザール

 『何か顔色悪くなっちまったなぁ…ちゃんと飯食えよ?

  それよりも何か凄い腕力になったんだろ?…久しぶりに組手するか?』


  (マザール…これは飯食ってどうにかなるモノじゃないぞ…

   それと腕力の話しどこで聞いた?…相変わらすこの郷ガバガバだな…)




 ほとんどの者が怖がったり、避けたりするような事もなかった。

だが本来だったらルアハの様な反応が普通なのだろう。

来週からは学院も再会する予定だ。

果たしてこの姿で通っても良いものなのだろうか?


 とは言えこの友人達おかげで (ルアハはこれから慣れてもらう)

不安がひとつ消えたのも事実だった。

今はとりあえず理解ある友人達と再会できた事を喜ぶ事にした。


 








 正午を回った頃にはシャムラール家の庭は大騒ぎとなっていた。


 脳筋ヨナが模擬戦をやろうと言い出し、マザールがそれに便乗。

嫌がり逃げようとするヤレアハとガルがヤーフェに捕まり

その様子をオロオロしながらルアハが眺める。


 そしていつの間にかやってきたアネーラに

男性陣が鼻の下を伸ばすとヤーフェが激怒しはじめ

何故か女性陣対男性陣の集団模擬戦が開催される事となった。


 ティクバも参戦するように言われたが獄中で読んでた本が

途中だった為に辞退し読書をしながら観戦する事にした。




『それで…? 何でアンタがウチに居るんだ…?』


 本をめくりながら視線を上げることなくティクバは

当たり前のように横に座っているアネーラに尋ねる。


『昨日の今日よ?…貴方のことが気になって様子を見にきたのよぉ』


 ガルと激しい剣戟を繰り広げるヤーフェに

歓声を送りつつアネーラは答える。


『トルファルソンさん…アンタの仕事はオレの調査以外も

 あるんでしょ?…こんなとこで油売ってないで

 仕事したらどうなんです?』


 ティクバは基本的には目上の者に対しては

礼儀をわきまえる質だが今横に座っているこの女は別だった。

元来、ティクバが苦手な空気を醸し出してはいた事もあるが

昨日の修羅場を作り出した張本人なのだ。

どうしても慇懃無礼な態度となってしまう。


『貴方達が処理した怪ノ物の調査なら午前中に終わったわよ?

 損壊が激しくて実際にちゃんと調べられたのは

 三体しかいなかったけどね』


『じゃぁ…アンタのここでの仕事も終わりだな…

 一応…礼は言っておくよ 牢から出してくれてアリガトな…』


 まるで吐き捨てるかのように言うティクバに

少し不満そうに返事をするアネーラ


『あら…命の恩人と言っても過言じゃない私に随分ね…

 でも確かにこの郷に依頼された仕事は終わったわ…

 でも私は研究者よ…?

 これ以上ない研究対象が目の前に居る場所から

 離れるなんてとてもできないわ……』


 その言葉に今まで視線を上げる事なく

本を見ていたティクバは困惑の表情を浮かべつつアネーラの方を見る


『アンタ…それって…』


『そう…私…しばらくこの郷に居るわ……貴方を診るためにねっ!』


 庭で繰り広げられている男女対抗集団戦は

女性陣の勝ちで決着が着いたようだった。

勝利を喜び合っているヨナとルアハをよそ目に

こちらに気づいたヤーフェが何か叫んでいる姿が見えるのだった。


いつも見に来ていただいている方ありがとうございます!

見てもらえるのは励みになります!!

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