第3話 シャムラール家の休日
ほのぼの系と設定系のお話しです。
まだ肌寒い時間、微睡む意識と布団からティクバはゆっくりと抜け出す。
昨晩の兄の帰省を祝したご馳走は美味しかった。前後に何とも言えない
場面があった気がしたが、とりあえず今朝は気分が良いから万事問題ない。
そんな事を思いつつ欠伸をしながら顔を洗おうと部屋を出る。
朝餉は何だろうなどと考えながら庭へ出ると台所の方から
「ヒャァッ」と言うミトバフの声と食器が割れるような音が聞こえた。
何があったのかと台所へ急ぐ、すると途中でガドールも顔を出してきた。
兄弟で急ぎ台所へ駆けつけてみるとそこには惨事があった。
食器と食材が床に散乱し、切りかけの野菜が無造作に転がっている
さらに昨晩の食器の一部も置きっぱなしだ。
『あぁ…恥ずかしいぃ…面目ないですぅ…』そう言ってミトバフは隠すように片付けようとするが
落ちた食材を拾おうとする……が 尻尾に食器をひっかけまた落とす。
食器を拾おうとして転がった野菜につまづく…。
惨事が大惨事に進化した…
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと頼りなく動くミトバフ
ミトバフが動けば動く程に台所が汚れていく。
兄弟は「あぁ…」と納得した、そして深い溜息をついたガドールが口を開いた
『ミトさん……相変わらずお酒苦手だったんですね…』
涙目になりながらミトバフは答える。
『苦手ではないです…お酒は…美味しい…のです…でも昨晩は飲み過ぎてしまったようで…』
シャムラール家の完璧お手伝いのミトバフには唯一の欠点があった。
深酒した翌日の半分は”お手伝い”ミトバフは”汚手伝い”に変身してしまう。
元来ミトバフは酒が少し飲める程度だったのだが
アーヴの酒の相手をしていたら美味しく感じて好きになったらしい
そして度々アーヴと深酒をして翌日使い物にならないという事があった。
実はシャムラール家の男子が料理が出来る理由はこれだったりもする。
ティクバは昨晩の段階で予期すべきだったの軽く後悔する。
アドールも久しぶりの我が家の悪しき習慣に頭を悩ませた。
『とりあえず朝餉はオレ達でやりますから、ミトさんは父上やアディを起こしてあげて下さい』
後悔しても悩んでも状況は変わらない、ティクバはそう思い今のミトバフでも
できそうな事をお願いした、ガドールには片付けをお願いして
ティクバ自身は朝餉の準備を始める。
本来だったら兄のガドールが率先して動くようなものなのだが
この件に関しては違う。才能の塊の様な兄ガドールにも出来ない事があった
料理である――――――
正確には出来ないわけではないが何度つくっても何をつくっても
不味いのである、ティクバも食したことがあるが確かに不味かった、
だがそれもかなり練習した上でのものだった。
ティクバが幼い頃、アーヴがガドールの作った料理を食べて
失神しかけたという話しも聞いたことがある。
ティクバはそつなく準備を進めていくとガドールがふいに聞いてきた
『ところでお前…こんな事してて学院大丈夫なの? 』
たしかにもっともな質問だ、でも今日は学院は休みだ
でも逆にガドールの方は大丈夫なのだろうか?
アーヴが非番なのは昨晩の飲みっぷりで想像できるが。
近衛のガドールはよくわからない。
『今日は学院休みですよ…兄上こそ大丈夫ですか?…』
ティクバの問いに(大丈夫だ)と頷きそして言葉を続けるガドール。
『………それに、帰省という事もあって三日程休みをもらってるからね』
なるほど近衛と言う部署はなかなか配慮があるところなのか
そんな事を思いながら手を動かすしつつティクバは相槌を返す
『それなら…皇都の事もたくさん聞けますねっ!
それとも料理の特訓でも……どうです?』
少し冗談めいた事を言うとガドールは渋い顔して
「料理はもうコリゴリだ」と言う。そして半笑いで続けた言葉は
『料理はお前に敵わない……飯の事はすべてお前に任すよ……』
ちょっとしたやり取りだった、でも才能の塊の兄が認めてくれた。
それは剣でも術でもないけれどティクバ少し誇らしかった。
すると鼻孔をくすぐるいい匂いが鍋からしてきた、
どうやら美味くできそうだ。とティクバは思った。
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なんとか朝餉を用意でき五人で食事をはじめると
一口、二口つけてアーヴが怪訝そうな顔して口を開いた。
『ン……今日の朝飯はティクか?…』
ティクバの料理はミトバフから教わったものなので
作り方や味付けなどはミトバフとほとんど一緒のはずなのだが
作り手の違いに気付くとは父は意外と繊細な味覚の持ち主のようだ。
『美味しくなかったですか?』
確かに急ぎ作った物なのでいつもミトバフが時間をかけて作るものからは
味が落ちるのかも知れない、すると横から申し訳なさそうな声がする。
『…すいません…旦那様…今朝はその…昨日のお酒がアレでしたので…
ティク坊っちゃんに作っていただきました……』
ミトバフの申し訳なさそうな言葉に父は「ア〜」と納得し
苦笑いした、さらに恐縮するミトバフ。
アデナは特に何も言わず美味しいと言って食べている。
うん…食べてる姿も至宝だ。
『…しかし、そうなるとミトは半日は仕事にならねぇな……』
苦笑いするアーヴに対して本当に申し訳なさそうにするミトバフ。
恐縮するあまり、ただでさえ小柄な体が一回り小さく見える。
『それじゃぁ…オレも今日は非番だし…昨日言ってた着物を見に行くかっ』
先ほどまで縮こまっていたミトバフだったが
アーヴの言葉を聞いて目を輝かせた、尻尾が高速で左右に動く。
女性の尻尾…いやミトバフの尻尾は本当にわかり易い。
たしか何かの本で尾人の感情はわかり易いと見たことがあるが
感情と連動して尻尾が動いていたらそれは丸わかりだ。
そんな尾人の特性を考慮してなのか尻尾を隠しているヒトも少なくない。
事実、交渉や戦などでは尻尾を見て動きを感づかれたりもするのだ。
そのような生業をしている者からすれば尾を出しているのは致命的なのかも知れない。
しかし女性に関しては別だ。女社会において尻尾の毛並みや毛艶は髪の毛と並ぶ程の
お洒落要素、もとい身だしなみらしく尾人の女性の多くは
尻尾を出せるような着物を着ている。
ちなみに尻尾の長さも美しさの要素の一つらしいが
ティクバによくわからない、何故ならティクバには尻尾が無いのだ
いや有るのかも知れないがパッと見には無いように見える。
かつて父や兄と一緒に風呂に入った時など凛々しい尻尾を見てよく羨んだものだった。
自分の尻尾の短さを憂いている間にアーヴとミトバフは食事を終えて
出かける支度などを始めようとしていた。
そして一緒に付いて行くとおねだりをするアデナ。
自分も行こうかと声をかけようとしたがガドールに止められた。
『…では父上、自分とティクは家におりますから、ゆっくりして来て下さい。
洗い物などは自分とティクである程度はやっておきますので…』
嬉しそうなミトバフと少し照れるようなアーヴ。
『…おう……じゃぁ色々頼むな?』『…すいませんがお願いしますねぇ…』
なるほど、才能の塊だけならともかく気遣いもできるとは。
我が兄の才覚に驚きつつも、食器を片付けたりと手を動かし始める。
ガドールも掃除をしたりと兄弟で手早く家事を終わらしていく
だいたいの事が終わったあたりで兄弟でひと息ついた。
そしてガドールがおもむろに立ち上がった。
『さて…ティク……せっかくだ…剣の腕でも見てあげようか』
昨日の父との立会を見ていたが、ガドールの動きはほとんど見えなかった。
そんな兄が稽古をつけてくれるのは嬉しいが正直怖い気もする。
『いえ…皇都の話しなどまだ全然聞けてないので……その後にでも……』
やんわりと回避しようとするが兄のほうが上手だった。
『うん……オハナシしながらでも出来るから大丈夫だよ…?』
優しい笑顔なのに圧力を感じるのは何故なのだろう。
これは回避できない流れだと悟り、ティクバは小声で答える。
「ア…ハイ…ヨロシクオネガイシマス…」
これで明日は全身筋肉痛が確定した。