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籠中ノ守リビト  作者: カナル
39/64

第32話 それは嵐を呼ぶ女②


『さて…それでは調査の内容を確認しますわね…

 牢に入れてるティクバ君の安全性の確認と

 彼から感染しない事の証明で良かったですか?』


 渡された資料に目を通しながら

集まった面々の顏を見つつ念を押すように尋ねるアネーラに

相違ないと言った様子で頷くトゥルファーやケレック。


『この資料に記載がある鎖を引きちぎった事が事実なら

 彼に害意があったらとっくに牢を破って既に逃げているのでは?』


 呆れるように尋ねるアネーラに

少し苛立つ様子のケレックが答える


『そんな事は判らないだろっ!!

 仮に害意が無いとしても、安全が確認されるまで

 それなりの対応をするのが郷を預かる者の責任ではないのかね!?』


『では何をもって安全とおっしゃるのですか?

 都や大都市では毎日のように殺人が起きてます

 そしてその犯人は彼のような怪物憑きではなく私達と同じヒトですよ?』


 まるで押し問答だった。

アネーラとケレックのやり取りに部屋の中の空気は悪くなる

するとアネーラは溜息を吐き語りだす。


『いいでしょう…これは秘匿事項ですがお話しましょう

 実は意思疎通が可能な怪物憑き(けものつき)は既に何人か確認されています

 ほとんどが他国の例ですが皇国でも二年前に一件あって私が確認しました』


 アネーラの言葉に慌てた様子でトゥルファーが尋ねる


『そんな話し聞いたことないぞ? 他国の件はともかく

 学院を任されている私には国内の件は報告書の一つも

 回ってきてもおかしくないはずだが…?』


 学院長という立場上、学術的には発見や技術の話しは

自分の興味如何に関わらず入ってくるはずだった。

しかしそんな異例の発見の情報が自分のもとに

届いていない事にトゥルファーは驚きを覚える。


『まぁ…お養父様(おとうさま)の耳に入らなかったのも当然でしょう…

 何せその町の領主が宮廷学士団に賄賂を送って

 私の報告を無かった事にしたのですから……』


 そう言っていままで呆れ顏だたアネーラの表情が

寒気すら覚える真顔に変わった。


『なんでそんな事をしたと思いますか?

 答えは簡単です…今あなた方がしているように変異した者を

 捕らえ、私の調査が終わる前に殺してしまったのですよ…


 変異した者は若い女性でしてね……

 今のヤーフェ女史より少し上ぐらいだったでしょうか…

 私が町に着いてその娘を見た時には既にボロボロで

 ただただ助けを求め泣いていましたよ…

 そして翌日、本格的な調査をしようとした矢先

 彼女は検非違使(けびいし)に処刑されていました……』


 アネーラが語った内容は衝撃的だった。

しかしそれはハベリームで起きている事とほぼ変わらない

違いと言えばこの郷のヒトの方が少しだけ慎重で

変異した者の身内がたまたま郷の治安を守る責任者だったというだけだ。


 そんな重苦しい空気を変えようとアーヴは口を開く


『とりあえず領主殿…ティクバの様子を見てはどうですか?

 少なくともそれで害意がない事はおわかりいただけるでしょう』


 アネーラの話しで気圧されるたのか

先程まで激昂寸前だったケレックもアーヴに言われて大人しく頷いた。






=============================





 


 薄暗い牢の中、家から送られた蝋燭を灯し

ティクバは本を読んでいた。食事と寝る事以外は

特にする事がない獄中生活の中、

ミトバフが送ってくれた本は有意義な時間を与えてくれた。

ティクバは寝台の横に積んでいる本を見る


 ■そのまま食べれる草花大全集、

 ■近代剣術におけるその歴史と変遷

 ■集団戦における地理的条件の優位性

 ■家庭の理術


 どれも父の書斎の蔵書だろう、兵法書関連が多いのは

ミトバフの趣味なのかガドールの好みなのかは判らないが

とりあえず退屈はしないので良しとしよう。



 もうここに入って一週間近く経つ

牢番や食事を持ってきてくれる隊員のほとんどが

顏見知りなので獄中生活としては快適な部類なのだろう


 事実、風呂には入れないが体を拭く布巾などは

朝、夜に持ってきてもらえるし、

「何か食べたい物はあるか?」などと聞かれる事もあった。


 しかしアーヴが来た時に「まだ出れないのか?」と尋ねると

苦々しい顏しながら頭を下げられ、もう少し待ってくれと言われ

サウルの葬儀への出席も許可してもらえなかった。



 実のところティクバは獄中生活よりも出た後の事に不安を感じていた

不安の種はこの変わってしまった容姿だ…

家族はなんとか受け入れてくれるかも知れない

しかし友人達は? ヤーフェは?


 あの日以来、ヤーフェはここに来ていない。


 変わってしまった自分への周囲の反応、

それがこの一週間近くの間、何度も頭をよぎりティクバを不安にさせた。


 そんな中、牢の外が少し騒がしくなる

そして次の瞬間には薄暗いこの空間に一条の光が差し込んできた。

時間がわからない牢の中だが食事にはまだ早い気がする


 差し込んでくる光が眩しく目を細めると

牢に入ってくる幾人の影が見えた、そしてその中のひとつが駆け寄ってくる。



―――ティク!!



 駆け寄ってきたのはヤーフェだった。

最後に見てから一週間も経ってないがひどく懐かしく感じる

ヤーフェは崩れるように鉄格子の前まで来た。

その目には涙を浮かべながらティクバの名前を何度も呼んでいる。

そして鉄格子の隙間から抱きつかんばかりに腕を伸ばす。


『ヤーフェ…久しぶりだな…』


 そう言ってヤーフェの頭を撫でようと腕を伸ばそうとする

しかしそこで後ろから咳払いで止められた。


 苦笑いしている父と兄、それに学院長とルアハの父親

そして不機嫌そうな顏の領主とヤーフェの父親、

徐々に光に目が慣れて人影の全容が顕わになる。


 そしてヤーフェのすぐ後ろに見慣れない女が立っていた。


『えー……っと………ヤーフェちゃん…?

 悪いんだけど…そろそろお仕事させてもらって良いかしら?』


 見慣れない女の言葉を聞くとヤーフェの顏はみるみる赤くなり

跳ねるように後ろへ下がる、それと同時に女は前に出て

鉄格子の眼の前、ティクバの手が届く程の距離まで近づいて来た。


『ではまずは自己紹介から…

 私はアネーラ=トルファルソン。 貴方の調べに来た研究員よ…』


 そう言って手袋をした右手を差し出してくる。

ティクバも合わせて手を差し出し軽く握る


『自分はティクバ―――』


 名乗ろうするティクバをアネーラは止める。


『大丈夫よ、ヤーフェちゃんから聞いてるから

 でも良かったわ…ちゃんと握力の調整はできるみたいね……』


 どうやら既に調査は始まっているようだった

思わずティクバは身構える、しかしアネーラは少し微笑みかけた。


『大丈夫よ…きっと悪いようにはしないわ………たぶんね』


 それを聞くと何故かティクバに憐憫の眼差しを送ってくるヤーフェ。

その真意が判らないがティクバは一応アネーラに礼を言う事にした。











 

 そこから暫くはアネーラからいくつかの質問を受けた。


 味覚や視覚などの五感の変化、記憶の混濁の有無、火への忌避耐性

殺人衝動、食人衝動の有無など様々だった。


 最後の方は質問されていてあまり良い気がしなかったが素直に答えた。

答え終わるとアネーラは懐から蝋燭を取り出し火をつけてティクバに渡す


『ティクバ君…この蝋燭の匂いどう思う?』


『そうですね…あまり良い匂いとは思いませんね…

 どちらかと言うと臭いと思います……』


 ティクバの言葉に頷きながら手元の紙に何やら書付けているアネーラ。

周囲のアーヴ達も黙ってその様子を見ている。


『じゃぁ…最後になるけど…この鉄格子を曲げてもらえる?』


 アネーラはそう言うと自分とティクバを隔てている鉄格子を軽く叩く


『え…? これをですか…?』


『そうよ?…報告では鉄で出来た足枷を千切ったとあったから

 これを曲げるくらいは出来るのでしょ?』


 ティクバはアネーラの意図まったく理解できなかった。


 この女は自分が郷にとって害にならない事を

調べ証明する為に来たのではなかったのか?

そう思いつつティクバはアーヴの方へ視線を送る

しかしアーヴは「やれ」と言わんばかりに首を動かす。


『…トルファルソンさん…少し下がってください…』


 そう言って渋々ティクバは左手で鉄格子を握り

ゆっくり力を込そのまま左へ引っ張った。

すると格子は軋むような金属音を鳴らしながら曲がっていく


 そして隣の格子にくっつく程まで曲げるとティクバは手を離した。


『…これで良いですか?』


 何の為にこんな事をさせられているのか判らないティクバとしては

今の行動が逆に郷にとって脅威になる事の証明になる気がした。

実際、トゥルファーやタヤの驚いた様子を見てもその通りだろう

しかし満足そうな表情のアネーラはどうやら違うらしい


『皆さん! ご覧になりました?

 これだけの力なら牢から出るのも容易いでしょう

 なのに彼はあえてここに留まった、

 郷に害意なしと判断するには十分でしょう?

 それに私の手を握った時もそれはそれは優しく握ってくれました…

 すなわち力の制御が十分出来ていると言う事です』


 どうやら持ってる力を論ずるよりも力の使い方が問題だと言う事なのだろう

しかしアネーラの言葉にケレックやトゥルファーは不満そうだった。

その中でケレックが口を開く


『彼が意図的に郷に害を為すよう事をしないのは判った…

 しかし感染という点ではどうなんだね…トルファルソン君 ?

 何か治療薬や予防薬などは無いのかね?』


 確かに怪物憑きが伝染る可能性がある以上、

ティクバ自身の意思とは関係なく脅威である事には変わらない

だが薬があるなら既に出回り、怪物憑きの情報も伏せられてはいない

要は領主はティクバを牢から出したくないのだろう。


『残念ながら薬は開発されてないでしょう…

 しかし同じ空気を吸っても皆さんも牢番の方も

 感染ってはいないのでしょう?

 それに他国の例から見てもティクバ君の状態になった

 怪物憑きから感染したと言う報告はありませんよ』


『――っしかし病は皮膚や汗からも

 伝染ると言うではないかそれに関してはどうするのかね!?』


 一向に認めようとしないケレック。

他の面々も正直もう十分ではないかと思いつつも

確固たる証明が欲しいと思っているのも事実。

なのであえてケレックを止めようとしない。


 しかしあまりの意固地さにアネーラは苛立ちを覚えていた。

そこから少し考える素振りをしてケレックに尋ねる。


『なるほど…領主様は空気から伝染らない事に関しては

 ご納得いただけてるのですかね?』


『……あぁ…そこに関しては認めよう…』


 アネーラはさらに考える素振りをして

先程から黙って見ているヤーフェを見て尋ねる


『ヤーフェちゃんも証明したい?』


 アネーラの顏は少し困っているようだった。


『それでティクがここから出れるなら…

 あっ…でも痛いのとかは…なるべくヤメてあげてほしいです…』


 それを聞くと苦笑いしながら

「まぁ…痛くはないけど…怒らないでね…」と呟き

アーヴに鉄格子の中に入れてほしいと伝えた。



 牢の中に入り座っているティクバの前に立つアネーラは

再度確認をするかのように尋ねた。


『領主様のご懸念は接触や汗からの感染の確認ですよね?』


『……そうだ…彼が普段の生活を送る以上

 他の住民と接触するし仕事や会話もすれば伝染る恐れもあるだろう』


『なるほど…わかりました…』


 領主とアネーラの会話からまた握手でもするのだろうと思うティクバ。

領主が難癖をつけても面倒だと思い親指を少し舐めて両手を出した。


 正直、ヤレアハには申し訳ないがティクバは領主に好印象を持てなかった

彼がここに入ってきてから半刻も経ってないが

その口から出る言葉にはどうやっても

ティクバを牢から出したくない強い意思が感じられるのだ。


 しかしこれなら皮膚でも汗でも調べる事はできるだろう

何なら今舐めたことで唾液ですらも調べられるはずだ。

これならさすがの領主でも納得するだろう

そう思ってティクバはアネーラに確認しようとする


『トルファルソンさん…これでいいで―――』


 しかしアネーラがしてきたのは握手ではなかった。

座っているティクバに覆いかぶさるように腕を首に回すアネーラ

そして次の瞬間にはアネーラの唇はティクバのそれを捉える。



 なっ!!―――



 この瞬間、アネーラ以外の全員の考えが始めて一致した。


 一瞬の出来事で何の抵抗も出来なかったティクバ

鉄格子に隔てられている為、ただ驚きの表情をするしかない周りの者達。

あまりに予想外のアネーラの行動に全員、言葉を失っていた

しかしその中で唯一、一人だけ驚きとは別の感情を顕わにしている者がいるのだった。


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