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籠中ノ守リビト  作者: カナル
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第27話_ただ会いたくて

 晴々とした雲ひとつない空、

暑くもなく、寒くもない心地いい陽気。

きっとガルだったら鼻歌でも歌っているだろう

ヤーフェそんな事を思いながらは歩いていた


 だが心地よい陽気とは裏腹に

前を歩くガドールとの空気は重い。



―――何を見ても冷静でいてほしい



 意味深な言葉を溢し黙々と歩くガドール

そしてヤーフェも黙って後ろを歩く。


 何故そんな事を聞くのか? そう尋ねれば済む話しなのだが、

その時のガドールの表情や纏う空気がヤーフェにそれをさせなかった。

故に今の二人の間に流れる空気はまるで葬式のようだった。


 そんな中、視界に診療所が見えてきた。


『私、先に行きますね ! 』


 ヤーフェはそう言って駆け出す。

この何とも言えない空気から抜け出したかったのだ。


『そうだね…先に彼の様子を見てくると良い… 』


 ガドールはヤーフェの言葉に返事をするが

駆け出していたヤーフェには聞こえていないようだった。











 『こんにちは〜… 』


 診療所の扉をゆっくりと開けるヤーフェ。

しかし受付には誰も居なかった、訝しみつつも

ティクバの様子を見たい一心でそのまま中へ入る


 入院用の寝台のある部屋を見つけ、ゆっくりと扉を開けた。

部屋の中には寝台が八つ有り、手前の二つには警ら隊員二人が

横になっている、そして一番奥にはサウルが横になっていた。


 サウルの姿は痛々しかった。

胸部から腹部に巻かれた包帯、腕や肩の包帯も血が滲んでいる

さらに真新しい治療されていない傷もある

そしてその皮膚は倒れた時のティクバのように変色していた。

何より疑問だったのはサウルの体が革紐で

寝台に固定されている事だった。


 ヤーフェはサウルの様子を見ようと近付こうとする

しかし肩に手がかかり止められた。


『それ以上は駄目だよ…』


 後ろからガドールの重苦しい声が聞こえた


『何故です? 私はただ友達の様子を見たいだけなのに…』


 ヤーフェは振り返りガドールに問う

その答えはガドールではなく扉の後ろから聞こえた。


『それは君の安全の為だ…』


 そう言ってトゥルファーが部屋へ入って来る。

学院長が何故こんな所に居るのかと疑問に思うヤーフェ

しかしトゥルファーは話しを続ける。


『今朝、早くにサウル君は意識を取り戻した…

 だが錯乱していたのか暴れてね…

 様子を見に来た医者と止めに入った

 警ら隊員二人に重症を負わせた』


『じゃぁ…サウル君は……』


 トゥルファーの言葉に思わずサウルを見て

大した意味もない言葉をヤーフェは漏らす


『元々、重傷を負っていたんだ…

 そんな体で警ら隊員三人と大立ち回り…

 元医者の私の見立てではおそらく今日が峠だろう…』


 信じられない言葉だった。

サウルとは数日前に剣を合わせたばかりだ

そんなハベリームで出会った大切な友人の一人の命が

今日で終わるかも知れない…

だがトゥルファーとガドールの表情はそれが

冗談ではない事を物語っていた。


 なんと言っていいか分からないヤーフェ

そこでハッとしてここに来た本来の目的を思い出した。


『…なら…ティクは ?……ティクはどうしているんですか?』


 掴みかからんばかりの勢いで問いただすヤーフェに

トゥルファーは鎮痛な面持ちで答える


『…ティクバ君の命は問題ない…

 でも意識の方はまだ戻っていない…

 それとサウル君の一件で彼には別の場所に移ってもらった』



 ――――別の場所…?



 ハベリームには診察や治療をできるような場所は

この診療所しかないはずだった。

一応、学院内にも怪我をしたり体調を崩した学生を診る場所はある

しかしわざわざ診療所から移すような理由がない。


 ヤーフェの理解できないと言った表情に

苦い表情をしながらガドールは「ついておいで」と言うだけだった。











 警ら隊隊舎、その門前にヤーフェとガドールは立っていた。

こんな所にティクバを移す必要が何故あったのだろうとヤーフェは考えた。

だがそんなヤーフェに構う事なくガドールは門をくぐる。


 門をくぐると正面の隊舎ではなく脇にある蔵のような建物に

ガドールは向かう、その蔵の入り口には門衛が一人立っていた。


 入り口を塞ぐように立っている門衛はガドールが近づくと道を開ける

そのままガドールは蔵の扉を開くと、陰気で薄暗い空間が広がっていた


 ヤーフェはここが何なのか今気づいた。



 ――――ここは牢だ



 ヤーフェは以前にアーヴから聞いた話しを思い出す。


 ハベリームで牢が使われる事は年に五回あるか無いか、

使われたとしてもほとんどは市や祝祭で酔って暴れた者を

頭を冷やす為に一晩放り込む程度であると。


 だがそれでも牢である事には変わりない。

そんな場所に怪我人の、それも実の弟を放り込んでいる

ガドールにヤーフェは怒りがこみ上げてきた。


 それと同時にカドールやトゥルファーの言葉を思い出す。


〈何を見ても冷静でいてほしい〉

〈錯乱して医者と警ら隊員に傷を負わせた〉


 確かに牢に入れれば錯乱しても誰も傷つける事はないのだろう

理解はしつつも納得はできないヤーフェは

溢れそうになる怒りを必死に抑えつつ尋ねる


『それで…ティクはどこですか……』


 ガドールは無言で首を動かし牢の奥を指す

暗がりに目が慣れてきたヤーフェはガドールの指した方向を

目を凝らして見てみると立っている人影が見えた。


 警ら隊員だった、

隊員はヤーフェの姿を見ると苦い表情をしながら俯く、

まるで自分の行いをヤーフェに咎めらるのを

避けようとしているかのようだった。


 そしてその奥の牢の中にも影がある。

ヤーフェは一歩づつ近づく、暗闇に慣れたヤーフェの目は

その影の正体を捉える



 ――――ティ…ク…?


 牢の中には椅子に腰掛け、手足を太い鎖に繋がれた者がいた。


 服装はティクバだった。

しかし髪の毛は長く赤毛、

その顏は髪の毛でよく見えないがまるで死人のように土気色だった。

最後に見たティクバの姿とはかけ離れていた為

ヤーフェは名前を呼ぼうとしたはずが思わず問いかけになっていた。



『…ぁぁ……ヤーフェ…か…?』



 するとヤーフェの問いかけに今まで微動だにしなかった

ティクバらしき人物は答える、その声は間違いなくティクバのものだった。


 ティクバは椅子から立ち上がる。手足の鎖が鳴った。


『ティク!! 』


 ヤーフェはティクバの姿を

もっとよく見ようと牢の中に入ろうとするが

ガドールに止められ後ろへ下がれと言われる。


 何故、止めるのかとヤーフェは問いかけようとするが

ガドールの表情は固い、そして抜剣していた。

気づけば隣の隊員も剣を構えている。

ヤーフェは二人の纏う空気に喉元まで来ていた疑問を堪えた。


『兄上…これはどういう事ですか…

 それにここは何処なのですか… 』


 意識が明瞭になってきたのだろうティクバは

自分の手足に付いている鎖や周りを見ながら

ガドールに問いかける、しかしガドール達は剣を収める様子はない

そしてティクバの問いには答えず一方的に伝える


『まずは大人しく座れ…』


 ガドールから出た言葉は向けられている白刃のように冷たかった。

その冷たさにヤーフェ思わず恐怖すら覚えた。


 ティクバは溜息を一つ吐き大人しく椅子に腰掛けガドールに尋ねる


『何でこんな罪人みたいな事を?

 オレが一体何をしたって言うんですか?』


 ティクバの問にガドールは少し緊張を緩め、

剣を収めつつ答えた。


『お前が暴れて、俺たちやヤーフェちゃんに危害を

 加えるんじゃないかと思ってね…』


『そんな事…!!』


 ガドールの言葉が心外だったのかティクバは

怒りすら孕んだ言葉を吐きながら

勢いよく椅子を立つ



 ――――パキンッ!



 ティクバの手足に繋がれた鎖が千切れた音だった。


 ヤーフェは驚いた、何故ならそれはヒトの力では

千切れるような太さには見えなかったからだ

同じ事を思ったであろう隣の隊員も驚愕の表情を浮かべている


『―――っ!?』


 そして驚いたのは鎖を千切った

当の本人のティクバも同じであった。


『判っただろう?

 確かにお前は何もしてない…

 でも、その力でこれから何かするかも知れない…

 そう思ったから俺達はお前をここに入れたんだ』


 淡々と語るガドール

その言葉が耳に入っているのか

ティクバは崩れるように無言で椅子に腰掛ける

ヤーフェはそんなティクバの姿を見つつも

かける言葉が見つからなかった。


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