表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠中ノ守リビト  作者: カナル
33/64

第26話 怪物憑き

 ヤーフェ達が襲撃に遭ってから二日。

未だかつてない事件に、郷は慌ただしく

あっという間に時間は過ぎた。


 負傷者の救護や治療、襲撃者達の身元の確認、

郷の見回りの強化、郷内への危険の周知徹底、近隣の集落への連絡。

それらをこなしていたらまたたくまに三日という時間が経ってしまった。


 直面した問題を一通り処理した後、

アーヴはやっと今回の事件についての報告や今後についてなどを

話し合う会議を開くよう領主に進言した。

領主もそれに同意して郷の重鎮達を招集した。












『皆さん、忙しいところ集まってもらい申し訳ない』


 警ら隊 隊長室に集まった重鎮達にアーヴが声をかける。

既に時間は深夜と言っても差し支えない時間だった。

集まったのは領主であるケレック=ロメデット、狩人長のタヤ=ダルギーム

教会代表のシェクラ=シャローム、そして学院長であるトゥルファーの四名とアーヴ。

アーヴは一同の表情を見る、皆その顏には疲れの色が見て取れた。


『いや、今だかつてないほどの事件だ、領主として集まるのは当然だよ』


 アーヴの言葉に真っ先に応えたのはハベリーム領主であり

ヤレアハの父であるケレック=ロメデットだった。


 ケレックはその白い物が混ざりはじめた髭を触りながら

深いシワが刻まれた顏を一層渋くして言葉を続ける。


『しかしこの様な事が起こるとは…私が領主を拝命して初めてになるな…

 学院があるぐらいしか取り柄の無い、こんな田舎の郷で何故こんな…』


 ケレックは言葉の最後の方を濁しつつ、

今までの領主として処理してきた数々の難題に思いを馳せる。

皇都との地方税の交渉、飢饉に備えての付近の村落との友好関係の維持。

どれも忍耐と知恵で最良とは言えないまでもそれなりの結果を出してきた


 だが、名領主として言われるケレックでも

今回の事件は長い領主としての経験をもってしても

今後具体的にどう対応して良いのか考えあぐねる程だった。

それ故に他の面々の意見を聞こうとと視線を周りに促す。


『まずは各々、報告をする事にしましょうか…』


 ケレックの言葉に最年長であり普段は好々爺然としている

学院長のトゥルファーが話しを進めようと言葉を発する。

それを皮切りに深夜の報告会が始まった。


 要約するとこうだった。

学院はとりあえず休校、

そして子供はもちろん大人も森に入る事は禁止。

さらに念の為、子供のみの外出も禁止

襲撃者達の身元は不明、近隣の村落にも使いを走らせたが

ここ二日で行方不明の者はいないとの事だった。

念の為、襲撃者の遺体を神官達が確認したが

見知った者はいないという答えだった。


 十数人居た襲撃者の顏をこの一帯で

ただ一つの教会の神官達が全員が見覚えがないと言う。

それは襲撃者が周辺の村落の者ではない可能性が

高いという事を意味していた。


『あぁ…神々よ…感謝致します…』


 領民同士の諍いの可能性は低いと判断したのか

報告を聞いた敬虔な四神教の信徒ケレックは思わず祈りの言葉を口にする。

一方で本来、神々に祈るべきシェクラが冷静に現状を分析する。


『しかしこれでは大した対応策も考えられませんな…

 せいぜい郷や森の巡回の強化ぐらいしか……』


『…いえ…そうでもありませんよ…』


 他にも襲撃者達の仲間がいるであろう事を懸念する

シェクラの言葉をアーヴが否定し、そして言葉を続けた。


『獣除けの香を焚いてください…

 それと昼夜問わず郷の篝火をつけるのです。

 彼らは火を嫌い、嗅覚も野生の獣並です

 そうすれば彼らは寄り付かないでしょう』


 何の疑いもなく対策を話すアーヴ。

その言葉に一同は訝しみつつ

何故そんな事を知っているのか? と

問いをなげかけようとする

だがその表情を察してかアーヴの口が先に開いた。


『息子から襲撃者達の様子を聞きました…

 彼らはおそらく怪物憑(けものつ)きでしょう…』


 アーヴの言葉を聞いたシェクラとトゥルファーは

苦虫を噛み潰した表情をする、

しかしケレックとタヤはそんな単語を聞いた事がない。

思わずタヤはアーヴに尋ねるとアーヴは端的に答えた


『”怪物憑(けものつ)き”とは言わばヒトの怪ノ物(ケノモノ)です…』


『そんな話し…俺や狩人連中にも事ないぞ !? 』


 アーヴの言葉に思わずタヤが声を荒げつつ聞き返す。

当然だった、辺境とは言え狩人組合の長であるタヤには

警ら隊のアーヴと同じように皇都で指名手配の犯罪者や

近隣の怪ノ物(ケノモノ)の出没情報など、郷の治安に関わる情報は

入って来るはずだった。


 なのに自分は知らされていない。

それ故にタヤは声を荒げずにはいられなかった。

そんなタヤの疑問に答えたのはトゥルファーだった。


『…それはこの事実をごく一部の者にしか

 知らされてないからです…

 良いですか狩人長…冷静に考えてください

 怪ノ物(ケノモノ)とは動物にしか罹らない病の一種と

 一般的には考えられています、そして治療法は無く

 罹ったら最後、異形のモノに姿を変えて周りの者を襲い

 あとは誰かに討伐してもらうのを待つだけ…

 そんなものがヒトにも罹るなどと言う事を民に伝えろと? 』


『…そ…それは……』


 嫌味が混ざりつつも学生に講義するかのように

ゆっくりと説明をするトゥルファー。

タヤは反論できないでいた、

いかに学がなくとも学院長の言う状況で情報が広まれば

皇都や大都市では大混乱になる可能性がある事は解る。


『お解りいただけたようですな…

 ですからこの事実は王族の方以外では

 高位の学士と神官、それと部の軍属の者にしか

 知らされていません』


 タヤが察したであろう事を見た学院長はそうして言葉を締めくくる。

トゥルファーの明かした真実はタヤやケレックを黙らせるには十分で

隊長室はしばらく沈黙が続いた。


 結局、決まった事は多くなかった。

ひとまずアーヴの言った対策をとりつつ

郷と周囲の森の巡回強化をして様子を見る事、

それと皇都へ使いを送り、怪ノ物(ケノモノ)の研究者を秘密裏に呼び寄せる事。

以上の事を決めて今回の会議は終わる事となった。












 会議が終わり隊舎から自宅へ向かうアーヴ。

普段だったら暗闇が支配する時間だったが今はアーヴの指揮で

篝火が至るところで煌々と揺らめいていた。


 そんな中、道の向こう側に人影が見える。

本来だったら警ら隊の隊員しか出歩いていない時間だったが

その影は隊員のものではなかった。


『…エムナ殿…お戻りでしたか…』


 その影はツァディク本国に急用で戻っていたエムナ神官長だった。

エムナはゆっくりとアーヴに近づきつつ尋ねてくる


『えぇ…先程戻りました。

 しかし何やら郷が物々しい様子ですが何かありましたか ?』


『ええ…森に怪ノ物(ケノモノ)怪物憑(けものつ)きが出ましてね…

 それでうちの息子とその友人が怪我を負いました…』


 今更、神官長を相手に

隠す必要もないと感じアーヴは事実を答える。

エムナはその言葉を聞くと少し俯く


『そうですか…

 では…ティクバ君とお友達の怪我が

 すぐにでも良くなるように私は神々に祈りましょう…

 それでは…』


 エムナはそう言って一つ会釈をすると再び歩み始めた、

アーヴはその背中を見ながらひとつ尋ねる


『神官長…以前に全ての出来事は神々の導きだとおっしゃいましたね

 そして悲しい出来事は神々からの試練であり

 ヒトはそれを乗り越えてこそ幸福になれるとも…

 貴方は…』


 エムナは歩みを止めアーヴが話し終える前に自分の言葉で遮る。


『シャムラール隊長……

 貴方に神々の導きと加護があらんことを…』


 そう言うと再び歩み始めて暗がりの中にエムナは姿を消した。





==================================





 襲撃から三日。

すでに昼近いと言うのに篝火はいたる所でつけられ

郷内はお香の匂いがたちこめていた。

そんな中ヤーフェは学院の近くにある診療所に向かう。


 普通だったら学院にいるか、

ティクバの家の庭で素振りをしている時間だった。

しかし今は学院は休校、そしてシャムラール家は

ヤーフェの相手をしていられる状況ではなかった。


 襲撃から逃れた日、ティクバは郷の門前で倒れた。

そしてそのまま診療所へ運ばれて手当を受けるが

意識は戻らなかった、ヤーフェも診療所に入り

ティクバやサウルの様子を見ていたかったが

ガドールから護衛に人員を割けないと言われ

その日は渋々自宅へ戻った。


 翌日、診療所へ行こうとすると

父親に止められた、郷には厳戒礼が敷かれ

子供の外出が禁止されているとの事だった。

結局その日もティクバの様子をヤーフェは

見ることはできなかった。


 そして三日経った今朝

シャローム家の夜直終わりのガドールを見つけ

尋ねるとティクバの無事は確認できた。

だがやはり自分の目で確認したかったヤーフェは

頼み込んで診療所へ同伴してもらう事にしたのだった。



『ヤーフェちゃん…

 やっぱりお家に戻らない ?

 さっきも言ったけどティクは大丈夫だからね…

 それに勝手に出歩いたら問題になっちゃうよ…?』



 はじめはヤーフェに押し切られる形で

同伴する事にしたガドールだったが

度々、引き返す事を提案してくる。

そんなガドールにヤーフェは切り返す。


『ガドールさんが一緒に居てくれれば問題ないでしょ ?

 戒厳令では子供のみの外出の禁止…

 護衛の件だってこうやってガドールさんが隣に居る…

 ほら…何の問題もない……違います ?』


『…いや…でもね…ヤーフェちゃん貴人だしさ…』


 ヤーフェは考える。

もしかしたらティクバの様態が良くないのかも知れない

でも今日まで連絡がない事やガドールの様子からして

命に別状はないのだろう。


 だからガドールがここまで診療所へ自分を

連れて行く事を拒む理由が余計に理解できなかった


そんな事を考えながら

歯切れの悪い答えをするガドールに

向き直りヤーフェは尋ねる



『…その貴人のお願い…

 ガドールさんは聞いてくれないんですか…?

 それに何か隠してるみたいで嫌な感じです…

 私はただティクの顏が見たいだけなんですよ ? 』



 ガドールとしては今ここで断る事はできた。

だが遅かれ早かれヤーフェはティクバの様子を見るのだ

ここで押し問答をしたところで大した意味はない

ガドールはそう判断して一つ溜息をつくと

「わかった…」と頷き診療所へと足を向ける



『…ヤーフェちゃん…何を見ても冷静でいてほしい…』



 先程まで後ろを歩いていたガドールは

観念したのかヤーフェの前を歩きながら

溜息混じりの言葉を漏らした。

何故そんな事を言うのか分からなかったが

とりあえずヤーフェは返事をし、

そのままガドールについて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ