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籠中ノ守リビト  作者: カナル
32/64

第25話 死線

 前方の怪ノ物達に吸い寄せられるかのように

ヤーフェが放った矢が飛び、迫り来る一頭の頭を射抜いた


 しかしそれでは勢いは止まらない。

頭を射抜かれたにも関わらず、怪ノ物はヤーフェに

飛びかかろうとする。


 次の矢を構える暇はない、そう悟ったヤーフェ。

矢を番えようした手を腰の剣にをかけようとすると

目の前のマザールが割って入り怪ノ物を盾で吹き飛ばした。


『お嬢!! コイツら射抜いたくらいじゃ駄目だ!

 頭を吹き飛ばすくらいの威力がないと止まらねぇ!!』


 周りを見るとマザールの言う通りだった。

タヤの矢が二・三本ささっている怪ノ物が

何事も無いようにティクバやサウルと対峙している。


 もはや後方のタヤ隊は乱戦状態。

この状態では弓は悪手だった。


『ヤーフェちゃん! 盾と短槍で

 確実に動きを止てから仕留めんるんだ!!』


 後ろから聞こえるガドールの声、

さすがの状況判断の速さだった。

ヤーフェは弓を捨て短槍へ持ち変え

ティクバと対峙していた一頭の脇腹を穿つ


『ヤァッ!!』


 ヤーフェの一撃に子犬のような

鳴き声をあげて転がる怪ノ物。

それを見ていたティクバは軽口を叩きつつ

怪ノ物に止めを刺す。


『さすが爆散姫…』

『ティクの方こそ余裕そうだね』


 ヤーフェはティクバの様子を見て言葉を返す

マザールも聞こえていたのか

槍を振りながら茶化すように合いの手を入れる。


『さすが熊殺しだな』


 サウルも同意するように呟く。


『お嬢もティクバも規格外…』


 規格外かどうかはともかくヤーフェとティクバは

この三年半、ずっと訓練をしてきた。

狩りの手伝い自体はそれほど多くないが

ガドールとアーヴは訓練と称して

狼狩りや野犬の討伐を二人に課していたのだ。



 怪ノ物とは言え所詮、少し大きい狼程度

この数なら二人にとっては足が竦むような事ではない。

ヤーフェはそう思っていた。



 後方の四頭いた怪ノ物は

今サウルがが相手をしているのが最後。

タヤは後方の隊はもう問題ないと判断して

前方のガドール隊の加勢へ向かう。


 サウルは向かってきた怪ノ物の牙を躱すと

盾ではじき、転がったところを短槍で刺す。

断末魔の鳴き声をあげているところに

マザールとティクバが同時に止めを刺した。


 怪ノ物が動かなくなるのを見ながら残心を解く四人。

後方のガドール隊を見ると残り二頭となっていた。


 乱戦の為にガドール隊とヤーフェ達は少し離れてしまっている。

こちらは全て倒したが、あまり離れるのは危険だ。

そう思ってヤーフェはティクバ達に声をかけて

ガドール達の方を振り返り、援護に向かおうとする


 しかし何の前触れもなくヤーフェの後方から

叫び声が聞こえた。




 ……え ?…何 !?




 ティクバ達の方へ振り返るヤーフェ。

ティクバとマザールもヤーフェと同じように叫び声に反応したのか

自分達の後方を見ていた、そしてその視線の先には


 一人の男が幽鬼のようにぼんやりと立っていた。

右手に血塗れの斧を握って。


 そして男の足元には血溜まりに沈むサウル。



 ヤーフェは状況が理解できなかった。

思わずティクバを見ると、槍と盾を構えている。

戦闘態勢に維持しつつもその表情からは

困惑の色が見えた。



『お前ぇぇっッ!! 』



 そんな中、真っ先に動いたのはマザールだった。

怒号のような声をあげながら

男に、そしてサウルを目指して駆ける。


 空気が痺れるような咆哮を聞いても

男は動かない、それどころかマザールを見ていない。

その土気色の顏も、死んだ魚のような目もマザールを

捉えていなかった。ただ視線を宙に漂わせているだけだった。


 マザールは男を殴ろうとあと数歩のところまで近づく



 だが男は何の前触れもなく斧を振った。



 間一髪、躱すマザール、

男の斧は地面に突き刺さっている、

跡を見れば解る、それは受ければ致命の一撃だった。



―――殺すつもりだ…



 ヤーフェはやっと理解した、サウルをやったのはこの男だと。



『てめぇ… 』



 苦虫を噛み潰したような表情をしながら呟くマザールは

腰の剣を抜く、ティクバもマザールに並び槍を構えた。


 マザールの咆哮を聞いたガドール達が残りの怪ノ物を片付けたのか

駆け寄ってくる、倒れているサウルを見て

慌てて駆け寄ろうとするタヤと狩人達。


 すると斧を地面に刺した状態から動かなかった男は

近づく狩人に向かって斧を振り上げる、

それを躱すように飛び退く狩人達。


 すると周りの草陰が揺れ、数人の男女が姿を現す。

誰も彼も、生気を失ったような顔色で

力なくユラユラと体を揺らすように出てくる

何人かはその手に鎌やナタなどを持っていた。



 気がつくと後ろの草陰からも女が数人。

ヤーフェとガドール達はすっかり取り囲まれていた。

その数は十人以上、


『どいて下さいっっ!! 早くサウル君を助けないと!

 ガドールさん ! 何なんですかこのヒト達 !!』


 思わずヤーフェは叫んでいた。

ヤーフェがあの姿になったサウルを見てから

暫く経つ、そしてその間、サウルは微動だにしていない。

それにあの血溜まり、あの出血量はどう見ても命に関わる量だ。


 ヤーフェの叫び声を聞いても何か言うわけでもなく

ユラユラと歩きながら囲いを狭めていく男達。


 最早、半狂乱のように叫ぶヤーフェを無視して

ガドールとタヤは冷静に状況を見つつ短く言葉と視線を交わす。


『ハベリームに物盗りなんて聞いたこと無ぇな』

『いや…彼らはそんなモノじゃないよ…タヤさん』

『どちらにしても戦るしかないか…』


 ガドールとタヤのやりとりが耳に入り

思わず体がこわばるヤーフェ、



 ヒトと戦う ? 何で ? いや、そんな事よりも

 こんな槍や剣では当たったら殺してしまう…



 きっとティクバやマザールも同じように躊躇ったのだろう。

だから目の前の男がサウルをあんな姿にしたと判っても

斬り掛かれなかったのだ。


 だが目の前の男はヤーフェ達の心の準備など

待ってくれなかった、言葉にならない奇声をあげたかと思うと

斧を振りかぶる、



 その刹那、ガドールが前に出て



 

 ―――男の首を刎ねた。




 剣を嗜む者なら解る、その一閃の美しさ。

まるでお手本のように理想的で見惚れるような一閃。

ヤーフェ達は思わず息を呑んだ。


 そして次の瞬間には

首から鮮血を吹き上げ、膝から崩れ落ちる男の姿が視界に入った。


 いくら訓練しようが、獣を狩ろうが、所詮は子供。

それはヤーフェ達三人にとっては衝撃的な光景だった。

ヤーフェは涙目になりながら胃から酸味がこみ上げるのを必死に我慢する。



 そしてガドールは叫ぶように声を上げる。



『彼らは怪ノ物と同じだ !! 戦らなきゃ、俺らが死ぬぞっ!!! 』



 その言葉を合図に囲んでいる連中を射掛ける狩人やタヤ。

ティクバとマザールも雄叫びをあげながら近くの鎌を持っている男達に斬りかかる。


 それを見て腹を決めるヤーフェ。

だが槍を握る手に力が入らない、足も少し震えている。


 獣相手ならヤーフェは戦えた、

その疾い爪や鋭い牙が届く前に槍で刺し、術で吹き飛ばし、剣で薙ぐ。

さっきの怪ノ物とだって何とか恐怖をこらえて戦えた。


 しかし彼らよりも遥かに緩慢な動きの目の前の敵が

ヤーフェは怖かった、自分が殺される事はもちろん怖い

だがたとえ正気を失っていても相手は自分と同じヒト。




 ヒトをこの手で殺すなんて…できない




 迷いのあるヤーフェに気づいたのか二人の女が

ヤーフェに狙いを定め近づいてくる、二人の手には包丁が握られていた。



『こ 来ないで!! ブ ブーズ ヴェントゥス!! 』



 風起の術を使うが威力が小さのか、

女達は吹き飛ばされても、すぐに立ち上がり、ゆっくりだが

確実にヤーフェとの間合いを詰めてくる



『ブーズ ヴェン―――っ!! 』



 気力切れだった、その場でよろめくヤーフェ。

女達が包丁を振りかぶったその時、女の胸から槍の穂先とが生えた

そして口から血を吐き、崩れ落ちる。



『ヤーフェ !! 大丈夫か !? 』

『うん…なんとか…ありがとう ティク… 』


 駆け寄るティクバに礼を言うヤーフェ。

声をかけてきたティクバは全身に返り血をいたる所に浴びていた。

ティクバは血で汚れた手を拭い、ヤーフェを起こそうとその手を差し出す


しかしその瞬間、先程胸を貫かれたはずの女の片方がティクバの右肩に噛み付いた。


『―――っ! 』

『ティク!! 』


 一瞬の出来事に叫ぶように声をあげるヤーフェ。

ティクバは帯紐に挿してある短剣を左手で抜くと後ろ手で

女の脇腹を刺す、女がたじろいだ瞬間を逃さず右手で顏を殴り振り払う。


 そして先程落とした短槍を拾い、今度は女の腹部を貫いて後ろの木へ縫い止めた

しかし胸を刺され、腹を貫かれても呻きながらまだ動く女。


 それを止めよう腕に力を入れるティクバ、その右肩から鮮血がしたたり落ちる。

革鎧の上からでも解るほどの出血、みるみる革鎧の色が変わっていく。

そのティクバの姿にヤーフェの目には涙が浮かぶ。


『ティク…… 』

『大丈夫だ…ヤーフェ…』


 ティクバはそう言うと腰の剣を抜く。


『ヤーフェ…後ろを向いててくれ…

 これからやる事はあまり気分の良いものじゃないから…』


 呻き、もがく襲ってきた女とティクバを見て

ヤーフェは何をするのかを察して警戒しつつも視線を逸らし周りを見る。


 取り囲んできた連中は皆、倒れ動かなくなっていた。

そのほとんどは首を刎ねられるか、頭部に大きな傷を負っている。


 凄惨な光景のせいか、それとも何も出来なかった自分の不甲斐なさなのか

先程まで何とか堪えていた涙がヤーフェの目からこぼれる


ヤーフェの後ろから聞こえていた呻き声

それは叩き斬るような音と地面に何か落ちた音の後、聞こえなくなった。










 襲撃者をなんとか撃退したヤーフェ達。

不幸中の幸いなのか、サウルはなんとか生きていた。

だが予断を許す状況ではなく、急ぎ郷に戻ることになった。


 ガドールやタヤがサウル応急処置をしつつ

他の者達で周りの木材などを使って簡単な担架を作り

サウルを乗せて郷へ急ぐ。


 急ぎつつも警戒しなくてはいけない道中。

襲撃の応戦で皆、疲弊してるのか口数も少ない、

その間、子供達はサウルの意識を保つようにと話しかけていた。


『サウル…お前の槍さばき凄かったな、

 返ったらティクバやお嬢みたいな二つ名を皆で考えてやるからな!』

『そうだよ! 皆でカッコイイの考えるからね!』


 マザールやヤーフェの言葉を聞きながら苦笑いを返すサウル。

その呼吸は荒く、言葉を発する力も今はないのだろう。

すると先頭のガドールが声を発する


『皆 郷が見えてきたあと少しだ ! 』


 言葉には力がある、ましてや危機的状況では

言葉ひとつで生き死にが分かれる事もあるのだ


 ガドールの言葉を聞いた一行は残りの力を振り絞り

郷への道を足早に急いだ。

森を抜けるとガドールはヤーフェ達に声をかける


『俺は先に医者と薬師を呼んでくるから!

 皆、ここに居てくれ! 』


 そう言ってガドールは一人で走って郷の中へ入っていった。


 一行は何とか郷の入り口の門の前まで辿り着く、

ガドールから先に知らせを受けていたのであろう

警ら隊の何人かが駆け寄り、声をかけてくる


 「大丈夫か?」とか「もう安心していいぞ」など

警ら隊員達の言葉に安心しつつその場にへたり込むヤーフェ

そのまま辺りを見ると他の者達も各々、言葉を返していた。


 だがそこにティクバの姿は無い。



 ……ティク?



 怪訝に思ったヤーフェは視線を森の方へ戻して見る

すると森に続く道にティクバが倒れていた。


『ティク!! 』


 悲鳴にも似た声をあげ、駆けていくヤーフェ。

そして倒れているティクバの上半身を起こし、

その顏を見た時絶句した。


 顏の右側の皮膚が変色していたのだ。

それはまるで先程の襲撃者達のように土気色だった


『ティク!! ティク!! ティク!! 』

『…大丈夫…聞こえて…る 』


 何度も呼ぶヤーフェに力なく応えるティクバ。

その呼吸は少し荒く、右の瞳も浅黒く変色している

先程噛まれた以外にもどこか傷を負っているのだろうかと

ティクバの全身を見るヤーフェ、だが肩の傷以外は目立った傷はない。



 ……もしかして毒?



 どうしていいか分からないヤーフェ

その目には涙が浮かぶ。

その様子を見たティクバは苦笑いしながら声をかける


『…大丈夫…だ…これ…ぐらいじゃ…死な…ないよ…オレ…は 』


 そう言うティクバに涙を流しながら「うんうん」と頷くヤーフェ

ヤーフェを心配させまいと掛けた言葉、しかしそれとは裏腹に

ティクバの瞼は徐々に閉じる。


『ティク!! 大丈夫なんでしょ!? 』


『あぁ………』


 力なく苦笑いで応えるティクバ、しかしその瞼は完全に閉じられる。


『お願い!! お医者様来るから! しっかりして!!』


『………』


 ティクバは応えない。マザールや何人かが集まってくる


『マザール君! ティクが! ティクが!!』


 叫ぶように何度も何度もティクバの名前を呼ぶヤーフェ、

マザール達も声をかけるがティクバは応えない

ヤーフェやマザール悲鳴のような叫び声は一帯に響く、それでもティクバは起きなかった。



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