閑話③ 千里の道も一歩から
また閑話ですいません!
でもどうしても入れたかったシチュなのです
寒さも穏やかになり、草木が芽吹きはじめた頃
ティクバ達は第二級の三年次になった。
とはいえ同じ第二級なので別段何か変わったわけでもない
講義や訓練の内容が少し高度になるとかその程度だ。
座学は状況次第だが剣術などの実技に関しては
ティクバは一切問題視していなかった。
何故なら自分達には鬼家庭教師達が付いているからだ。
最近では訓練の内容が一段と厳しくなっていた。
風纏の理術で、複数の矢を操り飛ばす
風起の理術で、飛んでくる石を叩き落とす
炎纏と風起の理術を同時に使って燃える岩を遠くまで飛ばす
その他使い道があまり分からない雷起の術や水起の術等…
学院では話題にも出ない理術の指導と訓練がされている
おそらくいくつかは学院では教えない兵士向けのモノもあるのだろう。
武官の家の人間とはいえ、父達が何をさせたいのか
少し理解に苦しみ始めたティクバだった。
だが何より驚きなのはその訓練にヤーフェがついてきている事だった。
ほんの一年前までは剣も振る事もおぼつかなった箱入り娘は
文句を言いながらも全ての訓練についてきている
ものによってはヤーフェの方が上手くこなすものまであった。
そして今日も鬼教官達が待つ家に学院から
ヤーフェと一緒に帰るところだった。
『ガル君達誘ったけど断られたね〜』
『そうだな…最近兄上が本気だからなぁ…』
ガドール教室が始まった当初は度々来ていたガルやヤレアハも
訓練の内容が日々厳しくなっていくにつれ足が遠のき
今では二週間に一度程しか来なくなっていた。
『しかしヤーフェよく付いてこれるよな…』
思わず率直な感想を口にするティクバ。
『私が言い出しっぺだからね〜
それに未来の旦那様が頑張っているからね〜 』
それを聞いたティクバは少し赤くなりながら「おぅ」と短く返事をする。
聖謝祭の後からヤーフェはティクバと二人の時にだけ
こうやって誂うようになった。
ティクバとしても決して悪い気はせず、むしろ嬉しいくらいだった。
そんな冗談を言い合いながら二人はシャムラール家に戻る、
最近ヤーフェは自宅に居るよりも
シャムラール家に居る方が長いのではと思うくらいだった
それに伴ってヤーフェの母がシャムラール家に
お茶をしに来る機会もかなり増えていた。
そして今日もヤーフェの母、エラ=シャロームが
ミトバフと談話をしながら娘達の帰りを待っていた。
『あっ…母さま、また居る〜』
『えぇ…居ますよ〜、あら…母が娘の成長を見に来て
何か問題かしら ? それとも居たら何か良くないのかしら〜?』
ヤーフェの言葉をあしらいながらティバの方へ視線を投げかけるエラ
その視線の意図は理解できてないがとりあえず挨拶をするティクバ。
『こんにちは、エラさん』
『こんにちは、ティクバ君、お邪魔してるわね…
いつもヤーフェの相手ありがとうね 』
ミトバフより年上とは思えない若々しさや
その優しい笑顔と品のある所作は子供のティクバでも思わず
見惚れるほどだった。やはり翼人は美人が多い…
すると隣で不機嫌そうなヤーフェがティクバの方を見ている。
『……すいません、訓練があるので…』
『そう、じゃぁ私も娘の様子を見てようかしら』
そう言ってエラとミトバフは縁側の方へ移動する。
ティクバとヤーフェも庭へ出ようとするとヤーフェが
「先に行っていて」と言い家の中に戻っていった。
急いで戻っていくヤーフェを見ながら首を傾げる
ティクバとミトバフ、二人は弓を持ち準備万端だった。
そこにエラが寄ってきてミトバフに耳打ちする。
『…あら…そうでしたか!…』
少し驚いたような声を出すミトバフを見て
怪訝そうな顔をするティクバ。
二人の話しを聞こうと近づくと
ミトバフの手が制すような動きをした。
『…女性の内緒話に聞き耳を立てるのは、
男子としては良くないですよ?』
二人の話しを聞こうと近づくと
ミトバフの手が制すような動きをした。
するとヤーフェが戻ってくるとミトバフに詫びる
『…ごめん…ミトさん、今日ちょっとお腹が…』
『えぇ、構いませんよ、今日は見学していて下さい』
ヤーフェとミトバフのやり取りを見ながら
思わずティクバは色んな意味で駄目な言葉を口に出してしまった
『どうしたヤーフェ…食べ過ぎか ? 』
ヤーフェの顔がみるみる赤くなりふくれっ面になる。
その様子にティクバはたじろぎながら詫びる。
それをを見ながらミトバフは溜息をひとつ吐く
『ティクさん…女の子には色々あるのです…
それにそのような言葉は思っていても
普通は女性に掛けないものですよ』
ミトバフが纏う空気が少々、怒気を含んでいる。
ヤーフェを心配したのに何故怒られなくてはならないのか
ティクバは理不尽だと感じながら
今日の訓練は少し厳しくなるのかもしれないと覚悟するのだった。
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ティクバ達が第二級の三年次になってから一ヶ月。
すでに緑は青々茂り始め、冬物の外套などは
箪笥にしまわれ暫く経ち、
日によっては少し暑さすら感じ始めた季節。
その日は珍しく、アーヴは朝から休みのようで
私室に篭っていた。普段だったらティクバに声を掛け
組手の一本でもしててもおかしくない時間だった。
『ミトちゃん…父さま、お部屋にずっと居るですか?』
たまの休みにアーヴに構ってもらおうかと思っていた
アデナが父の様子をお茶を煎れているミトバフに訪ねる。
『たぶんですけど…お手紙を書いているのですよ…』
アデナの問いに優しく答えるミトバフ。
そこにティクバが通りかかる。
『あっ…ティクさん、これを旦那様に…』
そう言って盆に載せられた湯呑を
差し出してくる、それをみて「私もー」と
アデナが足元にくっついてきた。
『父上…入りますよ…』
アーヴの私室の前で一声かけるティクバ
中から短く返事が聞こえたので戸を開けて入る。
そこには机の前で頭を抱えているアーヴが居た。
『ミトさんが、これをと…』
先程渡された、湯呑をティクバは机に置く。
父の珍しい姿にアデナは小走りに父の足元へ纏わりつく
『父さま、何してるのです ? 』
私室に籠もる事など年に数回しかない父に
興味津々のアデナ、その様子に筆を置いて
湯呑を啜りながら答えるアーヴ。
『いや…義親父殿と師匠に文を出そうと思ってな…
特に義親父殿には年の終わりに出していたんだが
すっかり忘れていてなぁ… 』
バツが悪そうに答えるアーヴにティクバは思い出す
確か母の父、つまりティクバの祖父に当たる人物は
アシュムルという町の領主だと聞いた事を。
アデナも何も知らないのか間の抜けた顔をしている。
『お前達は小さかったから覚えてないかもな…
確か母さんが亡くなってからすぐに会いに行ったよ』
『そうでしたか…すいませんまったく覚えてないです』
『私も覚えてないのです…』
詫びるように俯くティクバとアデナ
「構わないよ」と返事をしながら、もう一口茶啜るアーヴ、
そして言葉を続ける
『以前は皇国領だったんだが今はササリード領でな
そこまで遠くはないんだが関が出来たから少し疎遠になっちまってよ…
とは言え、年に二回か三回程、文をやり取りしてたんだが
年またぎの文を出し忘れたら逆に向こうから来たってわけだ』
なるほどと頷きながら、ティクバは机の隅にある
一通の書簡に視線を流す。
『そっちは師匠のだな』
『師匠…ですか ? 』
思わずそのまま言葉を返すティクバ。
剣の達人でもある父なのだから
誰か高名な武人に師事していたのだろうが
そんな話しは聞いた事はなかった。
『結構、遠くに住んでいてな…
馬でも一月以上かかるんじゃないかな…
世話になってたのは大分、昔だが
たまに文を送ってくるんだが返さないと何通でも
送ってくるんだよ…それも文句が書かれて』
アーヴの言葉に苦笑いを浮かべるティクバ。
なんとなくだがその師匠とやらが気になり訪ねる
『父上のお師匠と言う事は相当お強いんでしょうね ?』
『ぅん…たぶん俺の三倍は強いぞ…今でも勝てる気はしないな…』
嫌な物を思い出すかのような顔になるアーヴ
きっと彼も今の自分のように猛烈な特訓をしたのかも知れないと想像する
『まぁ…お前もいずれ世話になるかもな…』
そしてアーヴ少し不穏な発言をした。
そんな鬼師匠には関わりたくないと思うティクバだったが
アーヴはもうその話題には触れず、違う話しを始めた。
『さて、今日はヤーフェちゃんが来るのは午後からだったな ?
毎回、剣術とかじゃそろそろ飽きただろ 今日は少し違う訓練をしようじゃないか』
「わぁ〜可愛いね〜 ふさふさだ〜」
生き物大好きヤーフェは手にしている馬の尻尾の感触を
堪能しながら女の子がしてはいけない顔をしていた。
ヤーフェが家を訪れるとアーヴはミトバフと二人を連れて
警ら隊隊舎へ向かった、アデナも来たいと言ったが
今はガドールがアデナを捕まえて妹成分を補充中である。
「さてお二人さん…今日は乗馬の訓練だ !」
アーヴはそう言うと馬に跨る、併せてミトバフも別の馬に乗る。
「ティクは俺と、ヤーフェちゃんはミトの後ろに乗ってくれ」
二人が乗るとアーヴ達は馬に声をかけ馬の腹を足で叩く
すると二頭の馬は駆け出し凄まじい速度で森へ向かった。
「…疾いですね〜 馬車には乗ったことありますけど
馬ってこんなに疾いんですね〜」
ミトバフの後ろに乗るヤーフェがはしゃぎながら叫ぶように言う。
「おぅ、 郷の中じゃ他のモンの迷惑になるからな、森を抜けた平原まで行こうや
そこなら誰の迷惑にもならんし、こいつらの運動不足解消にも調度いい」
馬の背に乗り、アーヴにしがみつきながら暫くすると森を抜ける。
薄暗い森から抜けて目が明るさに慣れなかったのか一瞬、視界が白くなった。
そして次の瞬間には地平線まで広がる大平原が視界に飛び込んだ。
――――オロト大平原
ハベリームから各都市を繋ぐ街道が敷かれている交通の要衝だ
アーヴは軽く手綱を引き速度を緩めると
森から少し離れたところで馬を停めた。
四人は馬から降りると
アーヴは二頭の馬を引きながらティクバとヤーフェの近くに寄せた。
『訓練の前にまずは紹介だな、
こっちの栗毛の馬がイーそれで黒鹿毛の方がスーだ
どっちも俺の馬だが普段は隊で働いてるな』
名前を呼ばれた事を理解しているのか大きく鼻を鳴らす二頭。
栗毛のイーは何故かヤーフェの匂いを嗅ぎだした。
「…父上が馬をお持ちだったとは知りませんでした」
「まぁ…普段は隊舎に居るからな、以前は家に居たんだが
遊ばせるのももったいないから警ら隊で働いてもらってるんだ」
馬達の紹介を終え、早速跨ってみろと言うアーヴ。
ティクバは黒鹿毛のスーに乗る。
アーヴに言われた通り足で軽く腹を叩くとゆっくりとスーは進みだす。
「おぅ、悪くないな…ヤーフェちゃんはどうだ ? 」
ヤーフェは栗毛のイーに何故かベロベロと舐められていたが
アーヴに言われ跨ってみる、そしてイーの頭を撫でながら腹を叩く。
「ほらイー、進んで〜」
(…………)
「あれ? ほら、進んで〜」
ただ鼻を鳴らすだけのイー。
生き物大好きヤーフェはイーに別の意味でも舐められていたようだ。
涙目になりながらゆったり歩くスーとティクバを見るヤーフェ。
アーヴとミトバフも苦笑いだった。
「まぁ…馬もヒトを見るからな……」
何の慰めにもならない言葉を呟くアーヴ
その言葉に最早泣きそうなヤーフェ、
生き物好きな彼女気持ちとは裏腹に
生き物達はそれほど彼女の事を好きではないようだ。
どうやら今日の乗馬訓練は一筋縄ではいかないようだった。
乗馬訓練始めてどれだけ経ったか
既に太陽は傾き、地平線を赤く染め上げていた。
間もなくあたりは暗くなり闇に包まれるだろう。
ヤーフェは何とかイーに慣れたらしく
何とか指示する方向には進んでくれるようになったようだ。
スーの方は指示通りに走ったりもしてくれる
イーとは違って大人しいのだろう。
ティクバは物分りの良いスーの頭を撫でた。
「二人ともそろそろ戻りますよー」
遠くの方からミトバフが二人に向かって手を
振りながら声をかけてくる、ティクバ達は
ミトバフの元に馬を寄せた。
「帰りはティクがヤーフェちゃん乗せていきな
ヤーフェちゃんは…そうだな…もうちょっと練習だな」
苦笑いしながらアーヴは栗毛のイーの手綱を持つ
「自分だって乗れるんだからと」と文句を言いながら渋々
ティクバの後ろに乗るヤーフェ、それを嗤うかのように鼻を鳴らすスー、
文句を言うヤーフェを後ろにティクバはスーを走らす。
それを見てヤーフェは言う
「私も乗れるんだからね…」
「練習あるのみだな…」
ヤーフェの言葉に短く返事をするティクバ。
前には悠々とアーヴがミトバフを後ろに乗せて走っている。
それを視線で追うヤーフェ、「いいなぁ」と小さく呟く。
「また一緒に練習すれば上手くなるさ…」
ヤーフェを励ますティクバ。
「乗馬以外も手伝ってくれる?」
「もちろん…」
短い単語を交わす二人。
「明日も明後日も? 」
「当然…」
背中ごしに聞いてくるヤーフェに答えるティクバ
「じゃぁ…ずっと一緒だね…」
「あぁ……何せセキニン問題になるからな…… 」
そう言って笑い会うティクバとヤーフェ。
あたりはもうすっかり暗闇に呑まれていた。
しかし二人の目にはぼんやりと美しく光るハベリームの郷の灯りが見えていた。
すんなり馬に乗る作品多いんですが、実は乗馬ってかなり難しいそうです。
いつもご覧いただいている方ありがとうございます!
どうでも良い話しなのですが、アデナは水◯いのりさんを想像しながら書いてます。




