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籠中ノ守リビト  作者: カナル
25/64

第23話 聖謝祭

なんとか恋愛タグ要素を回収するところまでたどり着きました

 熊狩りを行った数日後、聖謝祭が始まった。

郷内では収穫祭程ではないが市が立ち、広場に露天が並ぶ。

路地にある各商店もこの時期は書き入れ時だ。


 商店が出す掘り出しモノや

捨て値同然の品物目当ての客達で郷内は賑わう。


 その喧騒の郷内を歩くティクバとヤーフェ。

その中で二人は居心地の悪さを少し感じていた。



(おい…あの娘が熊を吹き飛ばしたって言う暴風姫か?)

(熊を倒したのは男の子みたいよ…鬼のような強さで八つ裂きにしたとか)

(剣聖の弟さんでしょ ? 返り血で真っ赤になるまで熊を斬ったとか)

(俺は嬢ちゃんの方が熊を爆散させたって聞いたけどな?)



 雑踏の中から二人を指してヒソヒソと聞こえる噂。

確かに熊を倒したのは事実だが、様々な要素が抜け落ち

様々な余計な要素が追加されている、

娯楽の少ないハベリームでは噂話が広まるのは早かった。




『………ティクバ君……八つ裂きにしたって?…』


『ヤーフェこそ、熊…爆散させたんだろ…?』




 二人は苦笑いを浮かべながら

お互いの尾ひれ背びれがついた偉業を確認し合う。

一体ガドールや狩人達はどんな説明をしたのだろうかと疑問を感じる二人。



(十一歳の子供が熊を爆散させたり八つ裂きにはできないだろう…)



 そんな事を思いながらミトバフに頼まれた

買物をする為雑貨店に向かう二人に声が掛かる。


『おや、ティクバ君にヤーフェさん こんにちは』


 ティクバの祝福の義を執り行ってくれたエムナ神官長だった。

以前会った時とは違い、今は杖も持たず簡易の法衣を着ている。

ティクバとヤーフェはエムナ神官長に挨拶を返し頭を下げる。


『いやいや…そんな畏まらなくて結構

 ところでお二人とも最近、()()()()()()そうですね?』


 頑張るの部分が引っかかるが苦笑いしながら返す


『何やらこの前の狩りの話しが噂になってしまって…』


 バツが悪そうに答えるティクバとは正反対にエムナ神官長は

嬉しそうに二人を見ながら言う。


『ええ、教会にも伝わってますよ?

 返り血を浴びるほど剣で八つ裂きにした後に理術で熊を爆散させたとか…

 いや〜元気があって大変よろしい、子供は元気が一番ですからな』


(教会にまで爆散が伝わってる…どうしよう…)


 楽しそうに語るエムナ神官長の言葉を聞くヤーフェは

家に帰った時に両親に問いただされる自分を想像してげんなりした。

そもそも熊を相手にする子供を「元気が良い」の一言で済ます

エムナ神官長もなかなかだと感じるティクバ。




『おっと…では私は用事がありますので…』


 一言二言交わすと神官長は諸用があるようで立ち去ろうとする、

しかし、思い出しかのように足を止めて二人に伝える。


『そうそう…お二人も参拝に是非お越しくださいね

 神々もきっとお二人の事をお待ちしていると思いますので』


 去り際に会釈をして雑踏の中へ向かう神官長だった。

彼の背中を見送りながらティクバとヤーフェは深い溜息をつく。




『ねぇ…教会にまで噂が伝わってるよ…』

『教会にまで伝わってるって事は郷全体に広まってると考えていいな…』


 ヤーフェの問いに冷静に分析して答えるティクバ。

その言葉には何の感情も篭っておらず、その目も死んだ魚のように光を失っている

一体、兄達はどこまで盛って吹聴したのだろうか

そう考えながら二人はもう一度深い溜息をつくのだった。









 その日の夕方、

二人は日課の外周の走り込みを終えシャムラール家に戻る。

いつもの様に風呂に入り、当たり前の様にヤーフェも夕餉を囲む。

そしていつも通りにアデナとヤーフェの言い争いが始まった。


 ギャーギャーと騒ぐ二人の小娘達の声を聞き流しながら

夕餉の準備をするミトバフとティクバ。


 今日はアーヴやガドールは忙しいようで帰りが

遅くなるから夕餉は皆で済ませておいてくれとの事だった。

先日の獲物の熊肉を使った熊鍋をつつきながらティクバは

父達の予定を思い出していた。


『そう言えばティクさん…今年はお参りどうします?』


 汁物をすするティクバを見ながらミトバフが尋ねる。

例年必ず行ってはいるが、年の終わりか始まりかは

特に決めておらず、その年の気分やアーヴの予定で決めていた

それ故の「いつ行くか?」の問いだろう。


『いつも通り父上の予定を確認してからで良いじゃないですか ?

 あぁ…今年は兄上も居るから兄上も確認しないとですね』


 郷の治安を預かる警ら隊は基本的には年中動いており

多くない隊員を交代で休ませつつ、郷の見回りや入り口の警護を行っている。

その為、隊長とは言え昨年と同じような休みの日取りと言うわけにはいかないのだ、

おそらく近衛兵も同じ様なものなのだろうとティクバは推測する。


『そうですね、でもヤーフェさんのお母様から

 年内にと頼まれているので、ティクさんは

 ヤーフェさんと一緒に先に行ってきてはいかがですか ? 』


 ミトバフの答えに何故そんな事を頼まれているのか

疑問に思うティクバを察してかヤーフェが割って入ってきた。


『この時期は母さまも教会のお仕事で忙しいんだよ…

 ツァディクに居た時は侍女のヒトと一緒に行ったけど、

 こっちでは居ないからね〜 だからティクバ君のトコで一緒にってさ』


 最近ミトバフがシャローム家でお茶をする機会があると

聞いていたがそれほど懇意だったとは知らなかったティクバ、


 詳しく聞くとヤーフェの母も知人が居ない土地で寂しかったそうで

決闘騒ぎで知り合い、娘が世話になってる事も踏まえて

ミトバフを何度かお茶に誘ったそうだ。

今ではハベリームで唯一の友人だと言う。


『本来だったらガドさんも一緒が良いのでしょうけど

 今のヤーフェさんだったらティクさんが居れば十分でしょう ?

 何せ"爆散姫"と”鮮血鬼”ですものね…』


 ミトバフは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

噂が噂を呼び、もはや原型の話しすら残らない土地ハベリーム。

ティクバとヤーフェは噂の恐ろしさを理解しつつ

噂の元凶となった熊を美味しく頂いた。





=============================






 翌日、一日の訓練を終えてヤーフェが

帰宅するタイミングで二人は”参拝”に行く事にした。


 日が沈み大分たつが、聖謝祭の期間中だという事もあり

通りには何人ものヒトが行き交い、商店や露天の明かりも

まだ煌々としている。


 そんな中二人は郷の少し離れた所にある

ハベリーム教会を目指して歩く。


 ハベリーム教会は天然の岩窟を利用して建てられている。

建立された時期は不明だが、

かなり古い時代から存在が確認されている。

特に逸話などは無いがハベリームの郷自体も

教会に詣でるヒトが集まって出来たと言われる程だった。


 そんな郷土史のような事をヤーフェに

解説していると教会の参道にたどり着いた。


 参道にはティクバ達と同じく参拝に来た者が

何人か見受けられる、それと共に面紗を付けた

一般神官も所々に目についた。


 参道から教会内に入り最奥まで歩く

”祈りの間”に着くと祭壇から数人の列が出来ていた。


 先頭の者二人が神面にお辞儀をして

思い思いに手を合わせ祈りを捧げている。

祈りの内容は商売の繁盛や安全の祈願、

漁師だったら豊漁などヒトそれぞれだ。


『結構ヒト並んでるね…

 私ツァディク以外で参拝するの初めてだよ』


 声を潜めるようにヤーフェが言う。


『そっか…じゃ これを参拝する時にそこの神官様に渡して』


 そう言ってティクバは銅銭貨をヤーフェに渡して

祭壇前に神官を目線で指す。


『ハベリームでは年またぎの参拝には御布施を納めるんだよ』


 ヤーフェは頷きながら小さく有難うと礼を言う。

ついこないだまで教会総本山のツァディクで箱入り娘をしていたのだ

知らなくても当然だろうなと思いながらティクバは頷く。


 一組また一組と祈りを終え、ティクバ達の順番が回ってきた

ヤーフェはたどたどしく御布施を神官に渡して祈る。


 それを横目で見ながらティクバも合わせて祈った。

例年は一緒に参拝する家族の健康を祈るのがティクバの中の通例だった。

でも今年はヤーフェと来た、毎日のように顔を合わすヤーフェ

出会ってから月日はそれほど経ってないが

もはや家族と言っても過言ではないくらい大事なヒトだ。


 だから今年はヤーフェの健康や幸福も祈るティクバだった。











 参拝を終えると外はかなり暗くなっていた。

参道から見える郷の明かりも少なくなっているが

夜空の雲間から時々見える月明かりのおかげで歩くには問題ない明るさだった。


 ヤーフェの自宅は郷の丘の上にあり教会からは少し距離がある。

帰り道の間、二人は訓練の事やお互いの二つ名の事を

言い合いながら歩いた。


 自宅近くの丘まで着くと横を歩くヤーフェは尋ねてきた。


『そう言えば…ティクバ君は何をお祈りしたの?』


『家族とか大事なヒトの健康とか幸せかな…?』


 ヤーフェの事も祈ったと言うのは恥ずかしく思ったティクバは

少し濁した答えをヤーフェに伝える、「ふ〜ん」と答えて一歩前へ出るヤーフェ。

その長い黒髪は月明りが反射しながら歩みと共にユラユラと揺れる。


『ヤーフェは ? 』


 端的に聞き返すティクバに「う〜ん」と

 少し思案する様子のヤーフェ、後ろ姿からもその様子がわかる。


『私も家族の幸せかな、でも…… 』



『 ティクバ君の幸せも祈ったよ ! 』



 背中を見せていたヤーフェは

その言葉と共に笑顔でこちらを振り向いた。


 月明りに照らされたヤーフェの表情の美しさに

思わずティクバは目を奪われ息を呑んで言葉を失った。

その様子に怪訝そうな顔をしてティクバの顔を覗き込むヤーフェ。


 思わずティクバは呟く。


『……オレもヤーフェの事祈った……… 』


 端的な呟き、それはヤーフェの中に

浸透するまでわずかに時間が掛かった

だが意味を理解するとヤーフェは

少し悪戯っぽい笑顔を浮かべつつティクバに尋ねる


『……私、家族じゃないですけど…? 』


『毎日、顔を合わせて食事してるんだから家族みたいなモノだろう… 』


 呟いた言葉が恥ずかしくなってきたのか徐々に顔を染めるティクバ

それを見ながら面白くなってきたのか茶化す様にさらにヤーフェは続ける


『そっか、そっか〜…家族みたいなモノなのか〜

 じゃ、私もとりあえずティクって呼ぼうかな〜

 私の方が少し早く生まれてるからお姉ちゃんだしね〜』


『……いや別に呼ぶのは良いけど、姉弟とは違うだろ… 』


 ヤーフェの言葉を思わず否定するティクバ。

その言葉を聞いた瞬間ヤーフェの茶化すような雰囲気は消え

真剣な目でこちらを見ながら尋ねる


『……じゃぁ…私はティクにとって何かな ? 』


 覗き込むと吸い込まれそうになるヤーフェの瞳、

ティクバは考える、家族じゃないけど家族と同じくらい大事なヒト

友達 ? 、親友 ? いや少し違う…

ヤーフェに対して好きとかそんな感情は既に通り越している、


 考えるが今のティクバには

それを正確に表すような言葉は持ってない

だから今持ってる言葉で表す事にした。




『 ………大事なヒトだ 』




 考えた末のティクバの答え。

先程の真剣は様相から一転してまた思案を始めるヤーフェ。

そして納得した顔になり嬉しそうに答える


『 ………そっか、そうだね

 私にとってもティクは大好きで大事なヒトだよ 』


 ヤーフェの言葉に胸が少し高鳴るのを感じつつ

自分が出した答えに納得してくれた

彼女の様子を見て安堵するティクバ。


『 ……じゃ、ここまで言ったんだからセキニン取ってもらわないとね〜 』


『 …セキニン !? 』


 嬉しそうに語るヤーフェの言葉を思わず聞き返すティクバ。


『 私にここまで言わせたんだよ ?

 それにティクだってちゃんと応えてくれた………

 あとさ、ティク………私の裸…見てるでしょ…… 』


 以前の事故(?)を思い出しバツが悪くなるティクバ。


『あれは父様にも母様にも言ってないしな〜

 これじゃ、お嫁に行けないな〜、

 ちゃんと誰かがセキニン取ってくれないとな〜』


 ティクバを見ながら芝居がかった言い方をするヤーフェ。

確かにあの件はミトバフからシャムラール家内に留めるようにと

アーヴ達も口止めされていた。


 あくまで事故ではあるが事実だけ見たら

貴人であるヤーフェに武家とは言え平民である

ティクバが狼藉を働いた事にもなりかねない出来事だった。

皇都やツァディク、他の大都市であれば大問題である。


『 ……さて、セキニンとってくれるのは誰かなぁ…?』


 再び覗き込んでくるヤーフェ、

先程とは違う胸の高鳴りを覚えるティクバは呟くように答える


『 ……もちろん オレです…』


 その言葉に満足そうに笑うヤーフェ。

その表情は大輪の花が咲いたように見惚れるものだった。


『 じゃ…約束だね』


 そう言って一歩近づきヤーフェはティクバの頬へ

そっと唇を寄せる、柔らかな唇の感触がティクバの頬に残る

一瞬のはずがとても長く感じられる瞬間だった。


 お互いの顔が離れてヤーフェの表情が見えた時

彼女は頬を赤く染めていた。そして微笑みながら言う


『 またね…ティク !! 』


 掛けられた言葉に「ああ」返事をするティクバ

足早に家路へと向かうヤーフェを見送るように眺める。


 そして彼女の姿が見えなくなった頃ティクバも家路へ向かう、

ティクバは帰り道で記憶を反芻する、あの瞬間の感触と、見惚れた笑顔を。

家に着いた頃、ふと自分がどんな表情をしているのか気になった

きっと緩んだ顔をしてるのかも知れない、表情を確認しようと思わず頬に手を添える

しかし、思い出すのはヤーフェの柔らかな唇の感触だった。


 頭を振りつつティクバは家の戸に手をかける、いまだ収まらない胸の高鳴りを抑えながら。


いつもご覧になられている方ありがとうございます。

恋愛描写って難しい事がやっと分かりました…

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