閑話① 母娘の収穫祭
銅銭は100円、小銀銭1,000円、銀銭は10,000円くらいの感覚で書いてます
めったにでてこないけど金銭は100,000円
雑踏を歩く大小二つの影。
露天の食べ物屋の包を両手にかかえるアデナとミトバフだった。
さらにアデナに至っては串焼きを口に加えている。
その姿は色気より食い気。
しかし美女と美幼女の前では
その食品満載の包も、口に加えた串焼きすらも
彼女達を引き立てる一流の飾りだった。
道行く紳士諸兄が思わず振り返る程に。
だが美女と美幼女は
そんな事は意に介さずお買い物と
露天の食べ物を堪能していた。
そこで美幼女アデナはふと気づいた事を
美女ミトバフに尋ねる。
『ミトちゃんこの串焼き、銅銭貨六枚したよね?
学院のご飯が銅銭貨二枚くらいなのに…』
『良いところに気が付きましたね! お祭りと言うのは少し割高なのですよ』
賢い娘の質問に嬉しくなる義母ミトバフ。
『たぶんこの串焼きは普段お肉屋さんで買うと銅銭貨四〜五枚くらいですかね
あと学院の食堂は郷の皆で少しづつお金を出し合ってるから
安くて美味しいものが食べられるんですよ』
なるほどと納得するアデナ、しかしその顔が少し曇る。
そして先程まで勢いよく齧りついていた串焼きの手を止める。
『じゃぁ…これ無駄遣いに…なっちゃう?』
普段ミトバフが無駄遣いは駄目と父や兄に怒る姿を
見ているアデナは少し申し訳なさそうだ。
『うぅ…たまに良いんじゃない…ですかね?…お祭りですから…』
純粋な娘の眼差しを受けてたじろぐ。
ここで無駄使いと断じてしまえが娘が悲しみ
食べ物が満載された包を小脇に抱える
自分の立つ瀬がないと感じる義母ミトバフ。
ミトバフの言葉を聞いて
曇った表情を戻すアデナは射的の方を指さして尋ねる。
『じゃぁ…アレやっても良い?』
射的二回で小銀銭一枚、およそ串焼き二本分。
アデナがやるには距離があって、勝率は低い。
賭け事の類が好きではないミトバフとしては悩ましい。
『そうですね…一回だけですよ?』
しかし娘の笑顔はプライスレス。
普段は止めるがお祭りだからと
ミトバフの財布の紐もユルユルになる。
喜ぶアデナ、二人は景品の種類を確認する。
一等はかなりよく出来た投擲器と短弓。
二等は木彫りの腕輪、動物の骨の首飾り。
三等はお菓子の詰め合わせ。
ハズレは飴玉の袋。
(…二等と一等は十分お得ね…)
シャムラール家の台所を預かるミトバフは
先程のアデナの言葉もあって
ついつい景品を見てその価値を値踏みしてしまう。
おそらく一等、二等は銀銭一枚〜小銀銭七、八枚の価値はありそうだ。
実際、皇都とは違い大量生産の工場なんてものは無い
ハベリームでは工芸品の類は一点物になってしまう為
値が少し張る、行商の品も運送費が
上乗せされているので似たような値段だ。
そう思えば妥当な値段と景品の種類かも知れない。
そんな事を考えながらアデナに小銀銭二枚を渡す。
『おっ、お嬢ちゃんやるかい?』
威勢よくアデナに声をかける射的屋、
元気よく返事をするアデナに弓矢を渡す。
狙いは二等の木彫りの腕輪、
まずは一射目、しっかり狙って放つ、
だがアデナの腕力では少し届かずハズレになる。
『ハハッ残念だったな』
悔しがるアデナを見て笑う射的屋、
その姿を見てミトバフはヒントを出す事にした。
『アデナちゃんもう少し上の方を狙うのよ』
その言葉に頷き再度挑戦するアデナ。
今度は二等の的より少し上を狙って放つ
しかし上すぎたのか矢は弧を描いて
的を少し掠めた程度だった。
『いや〜惜しかったなぁ!! 嬢ちゃん!』
煽るような言葉の射的屋、
その小馬鹿にするような笑い声と
悔しさでアデナは半ベソになりながら
ミトバフに助けを請う。
『ミトちゃん…アレぇ…』
相当欲しかったのか半ベソのまま
二等の首飾りを指差すアデナ。
『もう一回いっとくかい?』
良い獲物が来たと言わんばかりの
笑みを浮かべる射的屋、その言葉で何人もの
カモを仕留めてきたのだろう。
『では私が…』
そこでミトバフが名乗りを上げる
大人のミトバフであれば余裕で届く距離だ。
腕輪は手に入ったも同然とアデナは喜ぶ
しかしそう甘くはなかった。
『おっと…次はお母さんが挑戦かい?…
悪いがお母さんはこっちの的だ、それと立ち位置は後ろの線だからな』
射的屋は知っていた。
ハベリームの大人が弓を使える事を。
それ故用意した的はアデナの時よりも
一周り以上小さく距離も倍以上だ。
(悪いがこっちも商売だ…悪く思うなよ…)
『さぁ…好きな的を狙ってくれや! しっかり当ててくれよぉ!
一回失敗しても、もう一回あるからな! せいぜい頑張りな!!』
『ミトちゃん大丈夫ぅ…?』
『えぇ、もちろん、腕輪でいいんですよね?』
頷くアデナに満面の笑みで返すミトバフ。
いくらハベリームの住民でもこんな細い女が
この距離と的を当てられるはずが無いとたかをくくる射的屋。
『オヤジさん…一回に使う矢は一本だけですか?』
『へ…?、別に当てられるなら二本でも三本でも使っても構いませんぜ…』
質問の意味が今ひとつ理解できず適当な答えしてしまう。
しかしその安易な答えが今日の商売の失敗に繋がるとは
射的屋は気づいていなかった。
『ではお言葉に甘えて…』
弓を構えるミトバフ。
その姿は堂に入っていた、その程度は何度も見てきた射的屋
しかし番えた矢の本数を見て驚く。
(―――なっ…三本…!)
だが所詮、数打てば当たるという発想だろうと
自分の心を落ち着かせつつ射的屋はミトバフを見ていた。
『フッッ』小さく息を吐くミトバフそして放たれる矢。
次の瞬間には二等の的二つ、三等の的一つに矢が刺さっていた。
『―――なっ…』
声にならない声を漏らす射的屋。
たまたま脇で見ていたヒト達も歓声をもらす。
『はい…アデナちゃん取れましたよ〜』
「やった!!」と声を上げるアデナ。
驚きのあまり何も言えない射的屋。
しかしそこで終わりではなかった。
『さてオヤジさん…一回、二射でしたよね…
…的…用意してもらっていいですか?』
手に三本の矢を握り微笑むミトバフ。
美しい微笑みとは裏腹にその目は獲物を捉えた狩人の目だった。
憐れな獲物となった射的屋は今日の赤字を
頭で計算しつつ無言で的を用意するのであった。
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