第18話 実践訓練
3/1 誤字修正/一人称修正 見直しているつもりでも結構ありますね…
頬を伝う汗、荒い呼吸
そして短弓を握る手に嫌な汗がにじむ。
草むらに隠れる影。
ルアハ=ダヤギームとヤレアハ=ロメデットは焦っていた。
十頭はいるであろう狼の群れに襲われ
何とか逃げ延びたが一緒にきた狩人とはぐれてしまったのだ。
ルアハは狩人の娘だ、二、三頭の狼なら逃げおおせる自身はある。
実際、今逃げる間に一頭仕留めている。だが十頭はかなり厳しい。
それにヤレアハはともかく、アデナの体力では追いつかれてしまう。
先程は狩人達が囮になってくれたから
何とか隠れる場所まで走る事ができた、だが次に見つかったらどうするか…
数にもよるが応戦する…?、それとも逃げる…?
この状況に頭を回転させるルアハ、
しかし焦って思考がまとまらない、そんなルアハに落ち着いた様子で
ヤレアハが肩を叩く。
『ルアハちゃん…まずは落ち着こう…』
そう言って後ろのアデナを見るようにヤレアハが目で促す。
後ろのアデナは護身用の幅広の短剣を持って震えてる。
おそらく短剣と言っても子供に持たす程度だきっと刃を潰されているだろう
狼と戦えるような代物ではない。
―――――まずは見つからない事が第一か…
ヤレアハのおかげで今とるべき行動を定めるルアハ。
そんなルアハを見てヤレアハは腰袋から油紙にくるまれた
包を取り出して理術で火をつけた。目に来るような刺激臭が漂う。
『ヤレアハ君…それは?』
『獣避けの香だよ…本当は畑とかで使うんだけどね、
兄上達が他の郷や町に行く時に
これを焚いてると獣に会わないって聞いたことがあるから
念の為に家から拝借してきたんだ』
狩人は獲物を効率的に見つける為、罠を作ったりお香を焚いて
獣をおびき寄せたりはするが、獣を遠ざけるお香をルアハは知らなかった。
何よりヤレアハがそんな準備をしている事に驚いた。
『すごいね…ヤレアハ君は』
『そんな事ないよ…僕は皆と違って剣も弓もそれほど上手くないからね』
そう言って二つ目の獣よけの香に火を付け、言葉を続ける。
『でも…いつか大陸を回りたいと思ってるから役立ちそうな知識は
覚えるようにしているんだ…』
香に火を付け終わったヤレアハがまだ震えているアデナに寄り
落ち着けるようにと頭を撫でる。ルアハは、あたりを警戒をする。
『あとは郷のヒト達が探しくるまで何とか見つからないようにしないと…
僕のお香も残り二つ…あと一刻ぐらいで日没、その前に見つけてくれれば良いけど』
ヤレアハの言葉に無言で頷くルアハ。
そう森の獣達の多くは夜行性のモノも多い、今回は襲ってこなかったが
山猫なども危険だ、それに暗くなれば帰り道もわかりにくい。
いくらルアハが狩人の娘とは言え夜中の森には入った事はない。
『とりあえずアデナちゃんが落ち着くまでここに居よ、
それで落ち着いたら郷の方へゆっくり戻ろうよ』
ルアハの提案に返事をするヤレアハ。
そして涙目になりながらも何とか頷くアデナ。
震えは止まったようだがやはり恐ろしいのだろう、その手は短剣をきつく握っていた。
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『二人とも、聞いてくれ…』
そう呟くのは重鎧こそ着ていないものの
それ以外は完全武装と言っても過言ではない”剣聖”ガドールだった。
『狼は素早いから、こちらが見つかった状態で弓で仕留めるのは難しい、
だからまずは盾で守りを固めるんだ、
それで襲ってきたところを盾で弾いて体勢を崩し
スキをつくる、そしてそこを狙うんだ…』
普段のガドールとは違う真剣な口調で語る。
『ティクは盾と剣でヤーフェちゃんを守れ、絶対に離れないようにしろ
そしてヤーフェちゃんはティクが注意が引いている奴らの
スキを狙って弓を射ってくれ、もし囲まれたりしたら
ヤーフェちゃんも盾を構えてお互いを守り合うんだ。』
『でも…そうすると兄上は…』
ガドールは盾など持っていない。
腰に剣を差し、短弓と矢筒を背負っている。
あとは腰袋に備えてある投擲用の短剣を数本挿しているぐらいだ。
『俺の事は気にするな、自分達の心配が第一だ。』
強い口調で答えるガドールにティクバとヤーフェは頷く
そしてこのガドールの雰囲気でこれが訓練ではない事を
二人はしっかりと理解した。
しばらく森を進むと血の臭いを感じた。
三人は背負っていた弓を手に持ち、
ゆっくりと物陰に隠れながら臭いのする方向へ進む。
そして臭いが一段と強くなったきた辺りの草をかき分けると
狼の死体が転がっていた。それも一頭ではない。
五頭ほどだ、そして離れたところにもう一頭。
あたり一面血だらけだった。
そしてその血の海に男が二人うずくまっている。
周囲の安全を確認したガドールは二人に駆け寄った。
『大丈夫か!?』
『あぁ…オレの方は何とか』
ガドールの問いかけに返事をする男。
左肩から血を流している、左足も少し血が滲んでいる。
おそらく爪で足を、肩は噛みつかれでもしたのであろう。
『でも…こいつは…』
返事をした男の横には物言わぬ姿となった男がいた。
喉をやられたのであろう、今だにその喉から血が滴っている。
凄惨な光景にヤーフェは思わず目を逸らす。
『あんた達…ヤレアハ君やアデナと一緒に出た狩人だよね?』
『あぁ…坊っちゃんのお守りついでに
仕掛けた罠の様子を見に来たらこのザマだよ…』
簡単な応急処置をしながら会話する狩人とガドール
もう一人の方は手遅れなのだろう、
ガドールは手当は返事をする男だけにしていた。
『子供達はどうした?』
『オレ達が囮になって逃したよ…でもオレ達二人だけじゃ
この数が精一杯だった…』
―――――精一杯? まだ居るのか…
『あといくつ居た?』
『おそらく五か六だ…子供らを追って向こうへ行ったよ』
そう言って狩人は離れた所にある狼の死体の方を指さした。
(そうか…)と短い返事をするガドールに対して狩人は懇願するように言う
『すまねぇ…郷の狩人として恥ずかしいが、子供達を頼む…』
『もちろんだ…』
そう言ってガドールはティクバ達を呼び狼が向かったであろう方向へ進んでいった。
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日没まであと半刻ほどだろうか、
ルアハ達は隠れていた場所から郷へ向かって移動しはじめた。
当然、郷に近い方が捜索隊に出会う確立が上がる、
しかしそれは建前で、同じ場所でただ息を殺して待つのが三人とも辛かったのだ。
何かしていないと恐怖に飲まれてしまいそうになる。
だから三人は危険を承知で郷の方へ向かう事に決めた。
だが日が沈んでからはそうも言ってられない。
暗闇は方向感覚を狂わせる。そしてその闇の中は獣達の世界なのだ。
今よりもっと慎重な行動が必要になる。
ルアハは日が落ちた後の行動を考えながら歩を進めていた。
しかしそんな先の事よりも逼迫した問題が目の前に表れた。
赤黒く毛の逆だった狼だった。
そしてその後ろには矢傷や血にまみれた六頭の狼
先程ルアハ達を追ってきた狼達なのはすぐわかった。
後ずさるルアハ、しかしヤレアハは剣を構えて前に出る
だがその顔は青ざめている。気力だけで一歩を踏み出したのだ。
『ヤレアハ君…』
『…ここで君らに何かあったらガル君やティクバ君に顔向けできないよ…』
そう言ってヤレアハはもう半歩、前に出ようとする。
すると一頭の狼が前に出た、そして次の瞬間、地を蹴って距離を詰めてきた。
ルアハがすかさず矢を番え放つ
しかしその矢は狼をかすめて空を切る。
『外したっ!?』
ヤレアハまであと一歩のところまで迫る狼。
弓を離し剣の柄に手をかけようとするルアハ。
アデナは後ろで恐怖のあまりしゃがみ込み、悲鳴を上げる。
狼の牙はヤレアハの眼前まで迫る。
『このぉぉぉっ!』
ヤレアハは力まかせに剣を振った。
しかしその場から狼は消えた。
いや消えたのではなく、地面に叩き伏せられていた。
その転がった狼の頭には矢が刺さっていた。
『えっ…?』
何が起きたのか理解できないでいるルアハとヤレアハ。
そして次の瞬間、後方に居た二頭の狼が爆ぜる。
『こっちだ!! この野郎ぉ!!』
辺りの空気を震えさせる怒号が側面の茂みから聞こえた。
その怒号の主はガドールだった。
ガドールは声を発すると同時に抜剣して駆け出す。
一瞬だじろいだ三頭の狼達だったがガドールへ狙いを定めて
駆けようとするが、左右の狼が子犬のような
鳴き声を上げて吹き飛ばされた。その頭は矢に射抜かれていた。
ガドールの後方のティクバとヤーフェが弓で射ったのだ。
左右の仲間が射られても気に留めないのか
中央の一頭はガドールの前まで躍り出て、その口を大きく開き
獲物であるガドールを捉えようとするその刹那
―――――インドゥオー ヴェントゥス!!
逆袈裟斬りの瞬間に風纏いの真言を放つガドール
飛び込んできた狼の胴体は二つに分かれ、そのまま地面に落ちた。
周囲を警戒して二射目を構えるティクバとヤーフェ、剣を払って血を落とすガドール。
あたりには六頭の狼だったモノが転がっている。
短時間でのあまりにも多くの出来事に言葉失ったルアハとヤレアハだった。
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六人が郷に戻ったのは日没を過ぎて半刻ほど経った頃だった。
帰りに怪我を追った狩人の様子を見に行ったが
何とか亡骸と一緒に自力で戻ったようだった。
郷に戻ると大騒ぎになった。
ミトバフやヤレアハ達の家族が郷の出入り口に集まっていたからだ。
子供達の無事を喜ぶ大人達、他にも戻ってくる後続隊の
無事を確認すると一層喜んだ。
だがその中でも暗い顔をした者が一人居た。
『ご苦労だったな…そんな暗い顔すんなよ…』
『いえ…犠牲者が出てしまったので褒められたものでは…』
鎮痛な面持ちのガドールにアーヴが声をかける。
『いや…アイツらも狩人だ。残念だがこういう事があるのは
理解しているよ…それに娘助けてもらったんだ…文句は言えないよ』
横からルアハの父、タヤ=ダルギームもガドールも慰める。
未だ表情が暗い青年剣士を見守る二人。
いくら腕が良くても、”剣聖”など言われてもガドールはまだ若かった。
任務でヒトの死を目の当たりにした事も一度や二度ではない、
しかし割り切れるモノではなかった。
しばらく黙っていたガドールだが、気を取り直した様子でタヤにに尋ねる。
『タヤさん…今回俺達が出くわした狼は七頭いました…
その中の一頭が他のやつよりも一回り大きくて赤い毛の狼がいたんです。
でもソイツはいつの間にか居なくなっていた…』
ガドールの話しを黙って聞くタヤ。
『たぶん群れのボスだと思うのですが
その赤い狼について何かご存知ですか?』
『いや…特には聞いていないな、たぶん怪ノ物だろう、ただそんなモンが居るなら
しばらくは警戒しないと不味いだろう、狩人連中にも伝えておくよ
隊長さんの方も気に留めておいてくれよ』
そう言ってアーヴの肩を叩きルアハと帰っていくタヤ。
その時、ガドールは怪訝に思った。アーヴの顔が苦虫をかみつぶすような顔をしていた事に。




