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籠中ノ守リビト  作者: カナル
18/64

第17話 ひよっ子達の巣立ち

 秋、実り多き季節。

それはここハベリームでも同じだった。

沿岸部で最も盛んな産業が漁業のハベリームだが

この季節では畑の収穫や森に出かけるヒトも多い。


 また、収穫の手伝いや、収穫物を行商に出す等

家の用事で忙しい学生も居るので学院も秋休みだ。

そして収穫も一通り終えた頃になると収穫祭が催される。


 辺境の郷のハベリームでは

年二回ある住民総出で祝う催しの一つだった。


 だが武官の家のシャムラール家は

普段とあまり変わらない日々を過ごしていた。


 違いと言えば学院が休校なのでアデナと

ティクバが家に居てヤーフェが訓練と称して朝から居たりする事だ。


 ヤーフェの母はそんなに居ては悪いと言うが

ガドールとミトバフがいつもでも来なさいと言うので

ヤーフェはその言葉に甘えてほぼ毎日来ている。


 ガドール曰く、シャローム家の護衛とは言うが

ただ立っているようなもの、

それならヤーフェを護衛する名目で訓練の相手をしていた方が

双方にとって有意義な時間の使い方だと。


 理屈は通ってはいるが”剣聖”と誉めそやされる人物が

言うような事ではないとティクバは思う。

そして今日の訓練指導役はそんな”剣聖”と剣聖の奥方(仮)だった。


 とりあえず防具を付けて庭に出て準備をするティクバとヤーフェ。


『あれ…アディは何処に行ったのかな?』


 軒先からガドールが尋ねてくる。


『アデナちゃん…またふくれっ面で出ていきましたよ

 ルアハちゃんと一緒に森に遊びに出るって言ってました』


 ヤーフェの答えに残念そうな表情になるガドール。

お転婆とは言え歳の離れた妹は可愛いのだろう、

最近、家に居る事が多くなったガドールは

しきりにアデナを構っている姿を見る。


『森ねぇ…最近、獣が増えてるから大丈夫かしら?』


 ガドールの後ろからヨナが心配そうな声をあげる。

ガドールも同意するように頷いた。


『ん〜でもヤレアハ君と大人の狩人さん達がついてるって言ってましたよ』


 その答えに安心したのか曇った表情が晴れたガドールとヨナ。

憂いがなくなって訓練をする気になったのか

ガドールはそのまま木剣を一本取り、庭に出てきた。


『さて…じゃ、今日もやろうか』


 (お願いします)と返事をするティクバとヤーフェ。

ヨナは縁側に座って見学をしている。


『えっと…纏いの真言についてはミトさんから

 弓の訓練の時に習ったんだったかな?』


 (ハイ)と返事をするティクバとヤーフェ。

そして過去のゲエンナ( 地獄 )の猛訓練を思い出し身震いする二人。

訓練の内容を大まかには聞いているガドールは少し同情したような表情になる。


 七年前から母親代りをしているミトバフは基本は優しいが

厳しいときは厳しい、ガドールも以前にその薫陶を受けたことがあるので

二人が思わず身震いする理由も察する事ができる。


 思わず表情が暗くなってしまったガドールだが気を取り直して続ける。


『…話しを続けるね…以前は矢に火纏いの真言を使ったけど

 当然、同じ事を剣にもできる。ただ矢と違って剣は材質が

 全て同じ場合が多いから調整を失敗すると手を燃やしてしまう。

 …なので練習には風纏いの真言から始めてもらうよ』


 そう言うとガドールは打ち込み台へ向き、手に持った木剣を構えた

ガドールから打ち込み台までの距離は二メテル〜三メテル程。

振って届く距離ではない。


―――――インドゥオー( 纏え ) ヴェントゥス( 風よ )


 ガドールが呟くと木剣が旋風を纏う、


―――――そしてガドールは剣を振った。


 次の瞬間には打ち込み台は音をたて倒れていた。


『…とまぁ、こんな感じに風纏い真言を剣で使うと

 間合いを飛躍的に伸ばす事ができる

 当然、直接当てれば普通の剣撃より威力は数段高くなるよ』


 倒れた打ち込み台を見ると風が当たったであろう部分が

少しえぐれている、木剣でこれなら真剣だったなら…とティクバは思う。

ヤーフェを見ると同じ事を考えているのか少し思案していた。


『…ガドールさん…弓ではこれ使えないんですか?』


 素朴な疑問をヤーフェが尋ねる。


『うん悪くない質問だね…確かにできない事はないけど

 調整が難しくてね、上手くできないとまっすぐ飛ばないんだよ

 それに個人差はあるけど、風起こしと威力は大きく変わらないんだ

 だから一般的にはあまり使わないんだよ』


 確かに旋風を纏った矢なんて真っ直ぐ飛びそうな感じがしない

それに上手くやって矢を旋回させても矢尻の構造を変えないと

威力的には下がるおそれさえある、ミトバフが教えなかった理由も納得できた。


 説明を終えたガドールは(パンッパンッ)と手を叩き二人の視線を集める。


『さぁ…説明は終わり! 二人ともやってみよう!

失敗してもすぐ折れる事はないとは思うから安心して、

それにウチには木剣はいっぱいある…

何ならそこらへんの枝でだって練習できるからさ』


 気楽に言うガドール、そして練習をはじめるティクバとヤーフェ。

だが、予想よりも難しくすんなりできるモノでもなかった。

ガドールは半日ぐらいで出来るようになったと言うが、

二人とも到底半日でできる気がしなかった。

俗っぽいところがあるガドールだったがやはり”剣聖”だったのだと二人は痛感した。



==================================


 風纏いの訓練を始めて半日、

やはりそんな短期間で習得できるはずもなく

先に”気力”が尽きてしまったティクバとヤーフェ。


 ガドールは先程用事があると言って家を出て

ヨナは退屈になったのか本を読んでいる、

”気力”も尽き、少し飽きてきたヤーフェはヨナの本を覗き込む。


『歴史書ですか…?、でも学院の教本よりも分厚いですね』

『そうね…過去の戦争の事もかなり書いてあるからかしらね』


 学院で習った最後の戦争はおよそ四百年前。

それ以前になると歴史資料は少なくなり

五百年以前になると当時の国の名前があやふやになる

それ以前は教会が教える教典の内容となる。


『確か最後の戦は四百年前のヤーレン国とクンバヤーワ王国でしたっけ?』

『あら…ヤーフェちゃん、しっかり勉強してるじゃない

 どこかの義弟とは大違いだわ〜』


 チラリとティクバを見るヨナだったが、面倒なので無視するティクバ。


『戦が無いのは良いことですけど、四百年も無いなんて凄いですよね?』


『確かに国同士の戦は無かったけど、国内の内乱はあったのよ…

 わかり易い所だとヤーレン国は内乱で倒れてハッスィール帝国とアニヤ公国に分かれたわ

 他にも学院の教本には載せてない紛争もいくつかあるわ』


『……四百年も争わないなんて事、ヒトにできるでしょうか…』


 ヤーフェとヨナの話しを聞いていてティクバはポツリと溢した。

決闘騒ぎの事をティクバは思い出していた。

あれほど簡単に怒り、争い合う自分達ヒトが

主義主張や損得が異なる相手と四百年も争わないなんて事が可能なのだろうか。


 ティクバの言葉にヨナはゆっくりと返す。


『…正確なところは解ってないけどね、たぶんヒトは争ってる場合じゃなくなったのよ…』


 ヨナは二人の頭に言葉が浸透するのを少し待ち、話しを続ける。


『…まずは怪ノ物(ケノモノ)の出現かしら、それ以前もいたのかも知れないけど

 文献として彼らが出てくるのは三百八十年前が最古よ。

 そしてその内容は彼らが町を襲って住民を食べ、当時の皇国兵にも多くの死者が出たそうよ』


 思わず生唾を飲んでしまうティクバとヤーフェ。


『……あとは教典で教わる”戦理(せんり)神勅(しんちょく)”かしらね、

 ヤーフェちゃんの前で申し訳ないけど学士としてはあまり信じてないのよね…』


『確かいつまで経っても戦を止めないヒトに呆れて神々が

 ヒトに強いた戦についての決めごとですよね?

戦は争う相手と神前で代償となるモノを賭け祭祀として行い

 約束を守れないと”神敵”とされるって言う』


『そう、さすが神官様の娘ねっ

 その内容が全てかは分からないけど教典以外にも

 各国の歴史的は文献で”戦理(せんり)神勅(しんちょく)”って記述はあるわ

でも学士としては神勅(しんちょく)を怖れて戦をしないというのは疑問が残るの』


『まぁ王室付きの学士にでもなれば、解るのかも知れないけど

 田舎学院のいち教員には難しいかしらねぇ』


 ヨナはそう言ってパタリと読んでた本を閉じた。

まるで御伽噺を読み終えて夢想の世界から子供が戻るような仕草だった。

そして縁側から腰を上げて木剣を握り言葉を続ける。


『それに今はひよっこ達の面倒を見ないといけないしねぇ』


 なるほど休憩は終わりということか

ティクバとヤーフェも腰を上げて訓練を再開しようとした。



 すると血相を変えた様子のガドールが庭に転がり込んできた。

その姿はまるで狼の群れに追いたてられた兎だ。

しかしガドールが発する言葉に、この場の全員の血の気が引いた。



『大変だ!! アディ達が森ではぐれた!!』



==================================


 ハベリームの森、それは沿岸部のハベリームの郷を

覆うように南北に大きく広がった森林地帯の総称である。


 郷から森を横切るように街道へ出る道があるが

背の高い草や木々が生い茂り、昼間でも薄暗い。

森には危険な獣も生息している為、

郷では子供だけで森に入る事は禁止している。


 そしてそんな場所に今アデナが取り残されている。


 正確にはアデナ、ルアハそれにヤレアハの三名だった。

狩人三名と一緒に森に入ったアデナ達。

しかし森に入ってしばらくすると見慣れない狼の群れに襲われ

応戦しているうちにアデナ達とはぐれた。


 狩人達は一人を郷に戻し、残り二人で

アデナ達の捜索を続けているそうだ。


 ルアハとヤレアハは一応、剣と短弓を持っているようだが、

彼らも子供なのだ。危険なの事には変わりない。


 郷の入り口で戻ってきた狩人に状況を聞くガドール。

しばらくするとアーヴと数人の警ら隊もやってきた。


 アーヴにも簡単に状況を説明するガドール。

話し聞いているうちにアーヴの表情が曇りだした。


『お前ら 巡回中のやつらに郷の守りを固めるように伝えろ

 それと郷に残ってる狩人達に声をかけろ』


 アーヴが声を発すると警ら隊が動き出す。

ガドールは先行するつもりなのだろう、

剣を腰に差し今は弓の調整をしている。


『父上、オレも…アディを探しにいきます』


 ティクバは名乗りをあげた、

同時にヤーフェも自分もと言い出す。


『お前ら…遊びじゃないんだぞ…?』


 アーヴはティクバ達を睨むように見つめる

しかしティクバはその視線に動じず見つめ返す。


『父上、それなら俺は二人と一緒に行きます。

 ここで断って黙って行かれたら問題ですからね』


 そんな中ガドールが割って入いった。

ガドールが言う事も一理あると思ったアーヴは渋々了承し

他の隊員や狩人達の様子を見にアーヴは離れる。


 残ったガドールは二人に少し待てと伝えた。

しばらくするとガドールは弓や剣、小盾が無造作に積まれた台車を引いて戻ってきた。


 中から適当な物を選ぶ、木剣ではない真剣が入っていたが

獣相手なのだから当たり前だと意を決する二人。


 それを見てガドールはひよっ子達を鼓舞するかのように言うのだった。


『さぁ…二人とも…実戦訓練と行こうじゃないか』


続けてご覧いただいている方、いつもありがとうございます。

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