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籠中ノ守リビト  作者: カナル
17/64

第16話 シャムラール家の教え

 季節はもう夏、ティクバ達が決闘騒ぎを起こし、

ミトバフがヤーフェに剣術を教えると言い出して

そろそろ二ヶ月半が過ぎようとしていた。


 上位神官の娘がわざわざ剣術を他家に習う?

そんな諌めるような意見もあったらしいが

ヤーフェの意思は固く、両親を説得しにかかった。

最終的にはヤーフェの父が

アーヴと何故か知己であった事から許可が出た。


 それから学院が終わるとヤーフェは

シャムラール家で剣術の指導を受ける日々が始まる。

指導役はガドールとミトバフ、たまにヨナとアーヴも参加した。


 後から聞いた話しだが、ティクバ達が決闘騒ぎで使った

理気術を用いた戦い方は、実際に警ら隊や軍などでも教わる

応用剣術で学院では教えない類のモノだった。


 だが使ってしまったものはしょうがないので

ちゃんと知識や技術、そして危険性も学んだ上で

ティクバとヤーフェには訓練させる事になったのだ。

〈実情は戦闘狂夫妻(未来の)が面白いからと言う理由もあったらしい〉

当然ながら応用剣術は学院での使用は禁止である。


 しかしヒトの口には戸は立てられないのか

話しを聞きつけたヤレアハとガル、

しまいには決闘騒ぎの相手であるマザールとサウルも時々来るようになり

次第にシャムラール家は剣術教室と化していった。


 それともう一つ、アーヴ達が結婚式を行った。

当初は身内だけで祝うつもりだったらしいが

ヨナとアデナが待ったをかけ、アーヴがウィズダム達に

奮発して作らせた花嫁衣装の事もあって執り行う事になった。


 結局、略式とは言えやってくる人数を考え

警ら隊隊舎の屋内修練場を使う程盛大なものになった。


 当然、ティクバも参加してアーヴやミトバフの晴れ姿を見て

何とも嬉しい気持ちになったが、それと同じくらい主役達を囲む

取り巻き達も印象に残っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それは式も中盤となり、訪れたヒトに

酒は食事がふるまわれしばらくした頃だった。


 絶え間なく挨拶に訪れるヒト達を相手にする

アーヴ達を見ながらティクバ達は話す。


『それにしても…ティクバ君のお義母さん、綺麗だね〜』

『だねぇ…衣装もそうだけどもともとミトさんは

 郷でも一番かもって言われる美人さんだったからねぇ』


 ヤーフェとルアハが食事そっちのけで話しをしている。


『私もあの綺麗なのを着て、お嫁に行きます!』

『じゃぁ、アデナちゃんがお嫁に行く時は今のミトさんの衣装だねぇ』


 アデナも女の子なら当然思うであろう発言をするが何故かティクバは少し悲しくなる。


『あっ…でも兄様(あにさま)に嫁ぐのなら、お嫁に行くって言わない…のですかね?』

『う〜ん…アデナちゃん…兄妹は家族だから結婚できないかなぁ…』


 いきなり至宝発言を投下するアデナをルアハとヤーフェはやんわりと止める。


『ん?…何でですか?…だってミトちゃんは家族だったけど父さまと結婚できたですよ?』


 齢七歳にしては鋭い切り返しだった。ヤーフェとルアハはたじろぎ、

そしてティクバの方を見る(お宅の教育はどうなっているのか?)

そんな言葉を含む視線だった、思わずティクバも押し黙ってしまった。


『それはね…アディがティクや俺と血が繋がってるからだよ…

 オレもアディみたいな可愛い子を嫁に貰えないのは残念だけど

 そういう決まりなんだよ〜』


 既に出来上がってしまっているガドールが割って入ってきた。

的確な返しに、さすがと思うティクバ達、

これで酔ってなくて”しすこん”発言がなければ

”さすが剣聖”と思うところだ。だが剣聖にも敵わないモノはあった。


『そうねぇ…だから血は繋がってない可愛いアタシと結婚するのよねぇ…

 っっで!…ガドはアタシにいつ花嫁衣装を着させてくれるのかしらぁ?…ん?』


 さらに出来上がってしまっているヨナがガドールの首に腕を回す。

剣聖は逃げられない、二言、三言、何かヨナに言っているようだが

ガドールの酔いが覚めていく様子が手に取るようにわかる。

ティクバとヤーフェそしてルアハは眼前の光景に身震いを覚える。


『なるほど!!…ミトちゃんやヨナ姉様を見て解りました!

お嫁さんになるには強くないといけないのですねっ!

それで強くなって兄様(あにさま)と結婚できない決まりなんて変えてやるのです!』


 アデナの間違った(?)理解に対してヤーフェとルアハは

ティクバの方に(お宅すこしオカシイのでは?)の視線を投げかけてくるが

もうティクバは何も言えなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そんな二ヶ月間を思い出しながら、

今朝も学舎へ向かうティクバ、その横には先々週から

学院に通うようになったアデナも居た。


『おはよう二人とも!』

『おはよう…ヤーフェ、ルアハ』


 後ろからルアハとヤーフェが声をかけて来る


『おはようです、ルアハちゃん』


 挨拶を返すティクバ、アデナも返すがルアハだけにだった。


『アディ…ちゃんとへーフェにも返事しなよ』


 アデナの態度に対して注意するティクバ。

しかしアデナはふくれっ面をして

貴人であるヤーフェにとんでもない言葉を吐きつける。


『泥棒猫にする返事など無いのです!』


――――泥棒猫!?


『アデナちゃん…そんな言葉どこで…』


言葉にならないと言った様子のルアハとヤーフェ。

さすがにヤーフェの顔も引き攣る。

だがまったく悪びれる様子もないアデナ。ティクバも言葉が出ない。


 ヤーフェがシャムラール家に訪れるようになってからの

最大の問題、それはアデナとヤーフェの仲がすこぶる悪い事だった。

ヤーフェが来始めた頃は問題無かったのだが

次第にアデナがヤーフェを敵視しはじめて今に至る。


『ヨナ姉様の事は認めてますけど…コイツは違うのです!』

(コイツ…だと…)


 さらにヤーフェの顔が引き攣る。


『アディ…お前言い過ぎだ、そもそもヤーフェは

 そういうのじゃないと思うぞ?』


 ヤーフェはたじろいだ、ルアハはヤーフェに憐憫の眼差しを向ける。

アデナはその様子、そして空気に気づいたようで

フンッと鼻を鳴らし尻尾を逆立てて一人で学舎へ向かって行った。

ティクバとルアハはアデナの後ろ姿を見ながら溜息を漏らす。


『よぉ…今日はまた盛大にお姫様の機嫌損ねたなぁ…』


 今の光景を見ていたであろうガルとヤレアハが後ろからやって来る。

ガルは楽しそうだがヤレアハは苦笑いだ。


『お前ら見てたなら…助けてくれよ』


 ティクバの返しにルアハとヤーフェも同じ意見のようで頷くが

ガルは(俺には無理だ)と言わんばかりに無言で首を振る。


『分かったよ…僕が様子見てくるね、

 機嫌直してくれるかは分からないけどね』


 ヤレアハは機嫌を損ねたお姫様の様子を見るため、アデナを追った。


 そうこれが二週間前から始まったティクバ達の新しい朝の日常だったのだ。


==================================


 今日の学院の講義を全て終えて、

家に戻るティクバ、そして学院帰りのまま訓練に訪れるヤーフェ。

今日はマザール達も来ず、ガル達も用事があるようで訓練は二人だった。


 訓練の指導はガドールが少し多い、本来近衛の仕事もあるガドールが

がいつも訓練に付き合って問題ないのかと尋ねた事があるが

実は仕事の内容の殆どがシャローム家の護衛だったそうだ。


 だからヤーフェの訓練に付き合うのはガドールにとって

仕事の範疇になると語っていた。


 防具を身につけて、簡易訓練場と化したシャムラール邸の

庭へ出るティクバとヤーフェは今日もガドールだと思っていた

しかし今日の訓練の先生はミトバフだった。


 緊張したのか少し顔が引き攣るヤーフェ、

シャローム家に来た時や結婚式での美しく優しい姿を見て

だいぶ慣れてきたがヤーフェにとっての

ミトバフの第一印象は今だに”恐怖”なのだ。

それ故に彼女の訓練となると緊張するようだった。


『今日はガドさんは別のお仕事で

 遅くなるそうなので私が見ますね』


 そう言いながら弓と矢の何本かが入った台車を持ってくる

ティクバには通常運転の優しいミトバフに見えるのだが

ヤーフェは違うのか(ヒャイッ)と少し上ずった返事をした。


『剣はガドさん達から沢山習ってると思うので

 私からは今日は弓をお教えしましょう

 ティクさんはともかくヤーフェさんは学院で教わりましたか?』


『はい、最近はなんとか的に当たるようになりましたっ!』


 ハベリームは沿岸の郷だが郷から一歩外へ出れば

すぐに森が広がる、森の中には小さな獣だけではなく

狼も山猫も居る、時には怪ノ物も出没する。

そしてそれらが襲ってくる事すらあるのだ。


 だからハベリームの住民のほとんどは弓の扱いを覚える

学院は推奨としているが、実際すべての学生がとっている。


『そうですか…ではこの弓であちらの的を射ってください。』


 庭の隅にある木に紐で五十セチル程の木片の的がくくりつけらていた。

ここからの距離だと十メテルと少し、

学院の訓練では二十メテル以上離して射つから当てられる距離だ。


 ヤーフェが弓を構え、息を吸うのと同時に弦を引き絞る。

一瞬の間、そして息を吐く瞬間に矢を放った。

放たれた矢は(カァァンッ)と音を立てて的に刺さった。


『うんうん…良いですね!

 あとはもっと素早く討てるようになると尚良いです!』


 ミトバフは手を合わせながらヤーフェを褒める。

ティクバから見ても今の一射は素晴らしいものだった。

だが元狩人のミトバフからするとまだ上があるらしい。


『では…弓の扱いは大丈夫そうなので一つ上の技術をお教えしますね』


『お二人は剣術と理術を同時に使う方法を、

 今教わっているかと思いますが、弓術にも同じ事が言えるのです。

 …森の獣達はとても素早いです、なのでまず素早く正確に射る事が

 狩人としての基本です。』


 二人が理解しているのかを確認するようにここで一拍おくミトバフ。


『ただ大型の獣や怪ノ物はただの弓矢の一射では

 仕留める事もできませんし、怯みすらしません…』


 ティクバが以前に聞いたことがある、ミトバフの生家で起こった惨劇。

それを思い出したのか、彼女の表情に少し影がさした。


『そこで理気術を使って矢の威力を底上げするのです。

 まずはお手本をお見せしますね』


 ミトバフはそう言って、弓を構える

そして小さく呟く「…ブーズ(起きろ)…」


 ――――ヴェントゥス( 風よ )


 その刹那、放ったであろう矢は的を射抜いていた。


 ヤーフェが射った矢は矢尻が食い込む程度だったが

ミトバフが放った矢は完全に貫通していた。


『…とこのように風を起こす真言を使えば

 軽く射ってもこの通りです。』


 微笑むミトバフ、矢が貫通している的。

それを見たヤーフェの顔が青ざめる。

確かに引き絞り具合から見て全力では射っていないのは分かった。

それでもこの威力はヤーフェも震えるのも頷ける。


 しかしティクバは一つ疑問に思った事を口にする。


『ミトさん…狩人が使うのは風の理術だけなんですか?』


 少し驚いた表情をするミトバフだったが

すぐに表情を元の優しい笑みに戻して答える。


『いえ…狩人はあまり好んで使いませんが

 私が知っているのはもう一つありますよ。……火矢です』


 ミトバフは一本の矢を手にとった。


『お二人とも学院で世の中の物すべてに”理力”が宿っている事

 そして私達の体に宿るものを"気力"と呼んでいる事は習いましたよね。』


『でも”理力”と言うのは宿っているだけではありません、

 人工物も含めてすべて”物”はわずかですが”理力”を放出しています

 そして呼吸するかのように吸収もしているのです。』


 意味はなんとなく理解したがティクバも

ヤーフェも話しの流れがいまいち見えてこない。

ミトバフも見せた方が早いと思ったのか、説明を一旦止めて

(見ててくださいね)と言う


 ――――ブーズ(起きろ) イグニス( 炎よ )


 ミトバフが真言を唱えると。矢に火がつき燃えだす。

これに関しては学院で習った火起こしの真言だ。

燃えた矢を(熱っ)と言いながら火を消すミトバフ。


『今は矢に対して火起こし真言を使いました。

 でもこの状態で矢を射るとどうなると思いますか?』


 ティクバは普通に火矢になると答える。しかしヤーフェは少し違っていた。


『火矢にはなると思うけど…弓が燃えちゃう…?』


『その通りですヤーフェさん!

 ティクさんの言う通り火矢にはなりますが、

 おそらく弦から火がついて弓も燃えてしまうでしょうね

 なので………』


 ミトバフはもう一本、矢を取り、唱える


 ――――インドゥオー( 纏え ) イグニス( 炎よ )


 ミトバフが真言を唱えると。

金属で出来ているはずの矢尻が燃え出した。


『これが纏いの真言です、今のは矢尻から漏れ出ている”理力”に対して

 火をつけました。なので火を纏った矢尻が燃えているように見えるのです』


 初めて聞く真言に目を輝かせるティクバとヤーフェ。

(フフ…)と笑いミトバフは続ける。


『おそらく本来は第二級シュナイムの最後で習う事ですが

 お二人なら良いでしょう、学院の先生には秘密ですよ』


 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべるミトバフ。

ヤーフェは新しい真言を試したいようだったが疑問に思った事を尋ねた。


『でもミトさん…なんで狩人はこれ使わないんですか?』


『そうですね…まず威力を間違うと森が火事になってしまいます

 それと人工物や無機物が放出している”理力”は消費しきると

 その物体が脆く壊れやすくなります。

 要は…矢がもったいない!って事ですね。』


 いたって現実的なミトバフらしい理由にティクバとヤーフェは納得した。


『それでは火纏いの矢から練習していきましょうか?』


 嬉しそうに矢を取って、意気揚々と真言を唱えるヤーフェとティクバ

しかし火が付かなかったり、付いても一瞬だったり、

付いた瞬間に矢尻が崩れたりと悪戦苦闘する。


『フフ…これは教え甲斐がありそうですねぇ…』


 背筋が粟立った、先程まで優しい笑みのミトバフの表情に不穏な影がさしている。

ヤーフェはその雰囲気を感じ取ったのかビクリと体を揺らした。


ヤーフェがミトバフと打ち解けるのはまだしばらく先になりそうだった。


いつもご覧いただいている方ありがとうございます。

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