第15話 籠には帰らぬお姫さま
今回も少しヤーフェ寄りのお話しです
『ティクバ君…本当にやらないと駄目…かな?』
幼い頃から望んでいた冒険譚の幕が
まったく望まない形で幕開けしてしまったヤーフェ。
『ヤーフェ…お前は悔しくないの?
あんなに馬鹿にされたんだよ?』
兜をかぶり、胸当てや篭手の位置を調整するティクバが答える
『オレは悔しいよ…頑張ってるヤーフェが
馬鹿にされたのもそうだけど
アイツは兄上の事も馬鹿にした』
近くにあった木製の大盾をヤーフェに渡して
近くへ来るように促すティクバ、準備は万端のようだ。
『でも私、剣なんて振れないよ…』
『大丈夫だ…剣はふらなくて良い盾を構えてくれ』
ハベリーム学院で教える剣術は主に
盾を主体とした防御に重きを置く剣術である。
武官の子供や一部の子供達は家で教わる事もあって
剣のみの速度重視で攻撃主体の剣術も使うが、
護身術の延長で剣術を教える学院として
盾を主体とした訓練を教えている。
『ヤーフェは動かずに守ってくれ
ただオレが合図した時に
思いっきり風の術をオレにぶつけてほしい』
『うん…わかった』
『ヤレアハ! 先生居ないから審判を頼む』
ヤレアハは小さく溜息をついて了承の意を示す。
ガルやルアハは心配そうにヤーフェとティクバを見ていた。
『勝敗は…剣と盾を落とす、あと降参させる
もちろん僕がこれ以上は無理だと思っても終わりだ
四人ともいいね? 』
ヤーフェは大盾を構え、ティクバは剣を向け小盾を構える。
相手は二人、ヤーフェを馬鹿にした男子の…確か名前はマザール、
そしてその取り巻きの男子はサウルだった気がする
マザールはティクバより大柄だ。
サウルはティクバより少し小さい、おそらくヤーフェと同じぐらいだろう。
当然ヤーフェは模擬戦などやった事などない。
それでも何もしないよりは良いと思い相手を分析しようとしていた。
『はじめっ!!!』
ヤレアハの声と同時にサウルがヤーフェに襲いかかる
しかし腰が入っていない太刀筋は難なくヤーフェの大盾に
防がれる、それを見て再度大きく振りかぶるサウル
『ヒッッ!!』
小さく悲鳴を上げる盾を強く握るヤーフェ。
しかしヤーフェにサウルの剣が振り下ろされる事は無かった。
ヤーフェに夢中だったサウルの横っ腹にティクバの木剣が
当たっていたのだ。
防ぐ事ができなかったのだろうサウルは膝から崩れ落ちた。
『一本!!』
サウルを見てヤレアハは戦闘続行不可能と判断した。
だがそれを見てマザールは激昂する。
『ティクバァァ!! テメェェ!!』
盾を構えた状態で迫ってくる。
ティクバも盾で受けるが体格差で押される。
そのまま盾を落とされて一撃入れられるのだろうと
皆が予想した時だった。
『ヤーフェッ! 今だっ!!』
ティクバがヤーフェを呼んだ瞬間。
ヤーフェはティクバの後ろに回り込む
――――ブーズ ヴェントゥス!!!
ヤーフェの声と同時にティクバが爆ぜた。
きっと周りにはそう見えただろう。
そして次の瞬間にはティクバがマザール相手に
のしかかって剣を構えていた。
ティクバは風の術を背中に受けて
その勢いで盾を弾き、相手が剣を構えるよりも
早く押し倒したのだった。
『これでオレ達の勝ちだ、さぁ謝れ』
しかし押し倒した衝撃で気絶させたのか
マザールからの返事は無かった。
放った風の術の勢いで尻もちをつき
ティクバの後ろ姿しか見えないヤーフェだったが
自分達が勝った事だけは理解できた。
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『ティクバ君…本当に書かないと駄目…かな?』
幼い頃から望んでいた冒険譚の幕が
予想外の形で幕引きしてしまったヤーフェ。
『ヤーフェ…お前は怖くないのか?
あんなに怒られたんだぞ?』
筆を持ってどのような反省文を書くか悩むティクバが答える。
剣術訓練中に私的な理由で決闘もどきの模擬戦を行い、
さらに相手を気絶させるという問題を起こした二人。
当然、戻ってきたヨナは激怒した。
当事者の片割れは気絶して叱りようがないので
もう片方のティクバとヤーフェは烈火のごとく叱られた。
そして現在、教員室の横にある小部屋で
反省文を書いておけと指示を受けている。
かれこれ一刻ほど経つがヤーフェも
ティクバも一向に筆が進まない。
『どう? 貴方達、ちゃんと書けてる?』
どう文章を書こうか悩んでいると
ヨナが部屋の扉を開けて入ってきた。
『いや…あまりと言うか全然と言うか…』
『自分もあまり筆が進んでないです…かね』
あからさまな深い溜息を吐くヨナ
二人の前にあるほぼ白紙の紙を眺め、もう一つ軽く溜息を吐く。
『貴方達まったくわかってないわね…
一緒に居た子達からだいたいの経緯は聞いたわ
馬鹿にしてきたのはあの子達だった事も…』
『でもね…決闘をしかけたのは…ティク!
貴方でしょ、それにシャロームさんも止めなかった』
まったくその通りだった。ヤーフェはいけない事だと
わかっていながら、やはり心のどこかで悔しかったのだ。
見返してやりたいと思っていたのだ。
『あの子達、意識を取り戻したわ、
でも骨にヒビが入っていたそうよ…
今、理気術の先生が術で治療してるから問題ないと思うけど…』
一刻前とは違いヨナは淡々と語ったが
その内容は自分達がしでかした事の重大さに気付くには十分な内容だった。
もし、もっと力を込めていたらと思うと
顔から血の気が引く音が聞こえる。
ヤーフェとティクバの顔見たヨナ。
二人が事の重大さを理解したであろう事を確認すると小さく息を吐いた。
『解ってもらえたようね…
はいっ…じゃぁ、先生のお説教はこれでおしまい!』
ポンッと小さく手を叩いて空気を変えるヨナ。
そしてゆっくりと優しく二人の頭を撫でる。
『ティクはさ…ガドの事を言われて怒ったのかも知れないけど
シャロームさんを見てあげてって言うアタシとの約束を
守ってくれたんだよね?』
思わずティクバの顔を見るヤーフェ、
恥ずかしいのか視線をそらすティクバ。
『それでシャロームさんも馬鹿やったアタシの義弟に
ついて来てくれた…………二人ともありがとうね…』
そう言うとヨナは二人の肩を優しく叩く。
怒られて、叱られて、自分達がいかに危ない事を
したのかを実感して、そして最後に褒められた。
そんな二人の口から出た言葉は
――――ごめん…なさい。
その一言だった。
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翌日、ヤーフェは生まれてから三度目のお説教を受けている。
それも何故か自分の親ではなく、一緒に無茶をした
ティクバの義母、ミトバフからだ。
一応、怪我人が出た以上、学院として保護者に説明が
必要という事で当事者とその親を集めの報告となった。
マザールとサウルの親はヤーフェの出身を知ると
怪我をさせられた側にもかかわらず逆に頭を下げた。
ヤーフェの母親は「皆、無事だったし…子供のした事ですし…」と
穏便に済ませた。
そしてマザールとサウルの親は帰っていった。
そのままこの問題報告会も終わるかと思えたがミトバフが”待った”をかける。
『ティクさん…怪我をさせた方に以外にも
謝らねばならない方…いますよね?』
ヤーフェは威圧感を感じる、そうトラウマ級の威圧感を。
『はい……ヤーフェ、今回は本当にごめん…オレが勝手したせいで迷惑かけた』
ティクバがヤーフェに向かって頭を下げる。
今回の件はティクバがヤーフェを
庇うところから始まったのだ、庇う事は悪くないが
訓練とはいえティクバの一存でヤーフェを
危険な目に合わせたのは事実だ。
『うぅん…良いんだ、言い返せなかった私も悪いし』
ヤーフェは思う。
確かに庇った事によって決闘になってしまった。
でもあそこで自分がちゃんと剣を振れていたら
ちゃんと言い返せていたらこのような事にはならなかった。
『さて…ヤーフェさん、貴方も今回の事で
ご自分の立場がよく分かったでしょう?』
ヤーフェはミトバフが
何を言わんとしているかは予想できた
貴人に等しい立場の自分に何かあれば
小さいはず問題も余計に大きくなるのだと。
今回もヤーフェが関わらなければ。
ただの子供の喧嘩で済んだのかも知れない。
『貴方のような方に剣は似合いませんよ?』
『それは…剣術の訓練は…辞めろ…と?』
ヤーフェの母親も上位神官の子として育った。
それ故、剣術訓練の危険性も平民と
自分達の立場の差も理解できていなかった。
でもミトバフは違う。
今は高位武官の妻ではあるが平民なのである。
そしてこの席の中で最も現実を理解している。
『ご両親や皆の事を思うのであれば…』
最後の言葉を少し濁すミトバフ。
ヤーフェの母はその言葉を聞いて少し寂しそうにする
ティクバは何も言えない。
少し間が空いてヤーフェは口を開いた
『…私はずっとツァディクで大切に守られて
育てられてきました、それこそ箱入り娘です。
でもずっと外の世界に憧れていました。
そして今はハベリームに来て友達も出来ました。』
『また昔みたいに、ただ守ってもらう
籠の鳥に戻るのは、私 嫌なんです
だってそれは友達とは違うじゃないですか!』
ヤーフェの母は思うところがあるのだろうか俯いている。
それを見て小さく溜息を吐き少し思案するミトバフ。
『分かりました…ではご両親が宜しいのであれば
剣術はシャムラール家でお教え致しましょう』
こうして籠の外を夢見た鳥は、外の世界の苛烈さを知ることになる。
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