表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠中ノ守リビト  作者: カナル
15/64

第14話 籠から飛び出たお姫さま

若干ヤーフェよりのお話しです。

 ヤーフェ・シャロームは今まで生きてきた中で

友人と呼べる者は一人もいなかった。

何故ならほとんど家から出た事がないのだから。


 勉強を教えてくれる家庭教師、身の回りの世話をする女中。

皆、父や伯父のが用意した者だった、

皆良いヒトだ。でも皆ヤーフェの顔色を伺う。

でもそれはヤーフェが本で読み憧れる”友達”というモノとは

おそらく違うのだろうと幼いながらに思っていた。


 ある日、父はクンバヤーワ皇国の

ハベリームと言う場所に仕事に行くと言う。

ヤーフェは今の自分の環境を変える為、父にせがんだ。

本来は単身で向かう予定だった父は始めは断る、

しかし妻や周りからもお願いされる形になり最後は折れた。


 初めて訪れたハベリームは

ヤーフェとっては全てが初体験だった。

北の山間にあるツァディクとは違って比較的暖かく

沿岸部であることから家から少し出れば海が見える。

そこはまるで以前読んだ”冒険譚”の世界の様だった。


 そして学院。ツァディクでは家庭教師がついたが

さすがにハベリームでは難しい事もあって

父はヤーフェをハベリーム学院に入学させた。


 ついにヤーフェはずっと憧れていた”友達”を

作れる環境を手に入れたのである。

しかし出身や父の立場で嫌味を言われたり

距離をとられる事もあった。


 ツァディク教皇国と言えば四神教の総本山。

そこ居る神官はほぼ上位神官、

そしてその娘となれば国の貴人に等しい。


 それでも入学して一ヶ月経った今、

出身や親の事など何の気兼ねなく話せる”友達”が出来たのだ。

特に入学初日に一緒に学院を回った四人は

ヤーフェの中では大の仲良しだ。もはや親友だとヤーフェは思う。


 そして今日もそんな親友達を見かけ、一緒に学院へ向かう。


『おはよう皆!』

『おはよ〜、ヤーフェちゃん』

『おはようヤーフェ』『おはよーさんっ!』


 優しく返事を返すヤレアハとルアハ。

元気よく返事をしたのはガル、そして気怠げに返すティクバ。

この四人はヤーフェの中での親友だ。

ちなみに当人達はどう思っているかは知らない。


『ティクバ君どうしたの? なんか疲れてるね?』


 気怠げに返事をしてきたティクバに

声をかけるヤーフェ。


『昨日、兄上達にこってり絞られてね…』

『何か怒られるような事したんですか…?』


ルアハも気になったようで尋ねる。


『いや…ただの剣術の稽古だよ、ただのね…』


まるで嫌なものでも思い出したように

げっそりとした顔をするティクバを見て

ヤレアハとガルは納得する。


『あぁ…ティクバ君の家の稽古は凄いからねぇ

 僕とガル君も一度一緒にやった事があるけど大変だったなぁ』


苦笑いをするヤレアハ、そして無言で頷くガル。

ガルがこんな顔をするなら相当なのだろうと思うルアハとヤーフェ。


『いや…稽古自体はいつもの事だから慣れているんだけど

 その後、道具の片付けを忘れてね…』


『あぁぁ……ミトさんね…』


 ヤレアハとガルはさらに納得する。

今いちピンと来ないルアハ。


『……ティクバ君のオカアサマ……』


ヤーフェは教会での恐怖体験を

思い出したのか顔面蒼白になり思わず身震いする。

あのような怖い思いをした事は今まで無かったと伝えるヤーフェ。


 教会の一件の翌日にミトバフとティクバは

ヤーフェの家に訪れ謝罪をしに来たが。

ヤーフェにとっては一生モノのトラウマとなった。


 ヤーフェが語る言葉にルアハも(ゴクリ)生唾を飲む

そして場の温度が少し下がった気さえした。

変な空気になった五人。その空気を変えようとティクバが口開いた。


『まぁ…あれに比べたら今日の剣術の訓練は大した事ないよね?』


 ガルとヤレアハ、そしてヤーフェ確かにと頷く。

そこでルアハがヤーフェにふと尋ねる


『ところでヤーフェちゃん…

 ヤーフェちゃんも剣術とってるみたいだけど

 大丈夫ですか?…弓術だけでよかったんじゃ…?』


『うん…でも皆とってるんでしょ?…

 やったこと無いけど…私もやってみようかなって…

 きっと始めはダメダメかも知れないけど

 いつまでもお嬢様だから〜って思われても嫌だしね』


『でも今日のもうひとつ訓練の”理気術”は

 私たぶん得意だよっ! ツァディクでも習ってたし!』


 皆が心配してくれるのは嬉しいが

ヤーフェは箱入り娘を卒業するためにハベリームに来たつもりだ。

だからなるべくやった事のない事には挑戦して行こうと思っていた。



==================================


――――――理気術


 それは万物に宿る”理力”を自分の体の内にある

”気力”を使って操り様々な現象を起こす術である。


 古来に神々から与えられた真言を用いて

火や風などの自然現象を任意で起こしたり、他者の傷を癒やす事も出来る。


 その利用法は多岐に渡り、生活全般に役立つ事から医学まで及ぶ、

かつての戦争では訓練した者が数多の真言の組み合わせによって

多くのヒトを一瞬に殺傷するような理術を行使した…



『……と概要はこの辺にして、今日は実習なので

 各々に渡した紙に書かれた真言を口に出して

 課題である薪に火をつけてくださいっ』


 理気学担当の先生が学生達の見ながら回る。


 ヤーフェは得意げな顔で渡された薪に向かう。

そしてティクバ達を呼んで、

(見ててね)と言い少し集中して真言を小さく唱える。


『……ブーズ(起きろ) イグニス(炎よ)……』


 ヤーフェが唱えると小さな火が起こる、

そして薪に火がついた……かのように見えたが

少し焦げただけだった。


『あれ?…これ火の真言だよね?

 書かれた通りにやったのに…』


『火力が足りなかったんじゃねーか?』


 ガルが前に出てヤーフェと同じようにする

しかしより力を込めるような感じで唱える。


ブーズ(起きろ) イグニスッ(炎よ)!』


 ヤーフェの時の三倍近い大きさの

火が出て薪を焼く…が火は付かなかった。

ヤーフェとガルとヤレアハは首を傾げる。

周りの学生の何人かも火は出るが薪に火がつかないようだ。


『…重要な事は火を出す事ではありませんよ

 課題は薪に火をつける事ですよっ』


 先生は周りの状況を見て助け舟を出す。


 ルアハは他の三人を呼ぶ。


『フフ…三人ともお料理した事ないから気づかないんだよ』


 そう言って手を薪にかざし火の真言を唱える。

小さな火が起きる、そしてしばらくすると薪に火がついた。


『火の大きさじゃなくて火を付ける時間が大事なんだよ

 ヤーフェちゃんもガル君も薪に火が付く前に気力を出すの

 止めちゃったでしょ? だから燃えないんだよ』


 ルアハは先生の様に三人に語る。


『あと風も少し入れるとよく燃えるようになるよ…』


 ルアハの薪より大きく燃える火の前でティクバが続けた。

思わず拍手をする四人。


『すごいなティクバ! そんな事も知ってるのか?』


 食い気味で聞いてくるガルとそれに同意するヤーフェ。

なんとなくガルの問いの答えが予想ができたのか

苦笑いになるヤレアハとルアハ。


『家でたまに料理するからね…

 それとうちはオカアサマがしっか〜り教えてくれるから…』


 答えを聞いて(お…おぅ…)とたじろくガル。

そして寒くもないのに少し震えが来るヤーフェだった。



 周りの学生達も一通り薪に火を付け終わると

先生は(パンッパンッ)と大きく手を叩き学生達の視線を集める。


『では次は風の真言と”気力”を持続させる訓練を行います。

 皆に配った真言が書かれた紙を二階までゆっくりと持ち上げてください』



ブーズ(起きろ) ヴェントゥス(風よ)!!』


 学生達は一斉の風の真言を唱え風を起こし渡された紙を浮かす。

ヤーフェとルアハそれにティクバは先程の要領でゆっくりと風で

紙を浮かし二階まで持ち上げる。


 ヤレアハとガルは力を入れすぎたのか紙が大きく飛んでしまう。

再度ガルは風の真言を唱えるが、やはり紙はあらぬ方向へ飛んだ。

三回目に挑戦するガル、しかし風は出なかった。


『あれ…真言…唱えたのに風が出ねぇぞ…』


 焦っているのかガルは汗だくになっている。

それを見た先生はガルに近寄り声をかける。


『ダヤギーム君、”気力”は少しづつゆっくり出せば紙は持ち上がりますよ

 それと今は”気力”切れですね…少し深呼吸して落ち着きなさい。』


 なんとかガルやヤレアハも含む学生全てが

課題を成功したところで、先生は再び手を叩き視線を集める。


『いいですか皆さん…

 理気術はこのように便利なモノではありますが

 しっかりとした結果を出すには物事の理屈を知る事と訓練が必要です、

 さらに身をもって体験した方もおられると思いますが

 多用するには多くの気力を使う事になり、使いすぎれば

 体調を崩す事もあります。

 そのあたりを念頭においておくように』


 そう先生は告げて今日の理気学の実習は終了した。


==================================


 午後の剣術の訓練、ヤーフェは少し興奮していた。

今身に付けている胸当て、篭手、膝当て…そして兜

それはまるで英雄譚に書かれた物のように感じていたからだ。


 剣術初心者のヤーフェには正直防具は必要ない。

なにせ訓練とは言っても構えや素振りだけなのだから、

でも本人が付けると言い出したので付けさせる事になった。


『はいはーい…では皆ぁ…素振りからね〜』


 全員が防具を付けたのを見計らうとヨナ・バルゼル先生は

やる気の無い感じで合図をする。


『あの…ヨナ先生? 剣術指導は警ら隊の方の担当だったのでは?』


 あたかも自分の担当のようにしている歴史・地理担当の

ヨナ先生に対してもっともな疑問を投げかけるヤレアハ。

そしてそれに対し頷く他の学生達。


『今日は警ら隊のヒト達忙しいからってアタシに回ってきたのよ。

 これでもアタシは武官の娘だし、剣聖の相手もする事あるから

 君達の訓練も多少は見れるわよ。

 実力が不満なら組手の相手でもしようかしら?』


 不穏な空気を漂わせるヨナに対して学生達は黙り

皆、大人しく素振りをはじめる。


『アタシすぐ戻ってくるから

 それまで素振り三十本ね、その後は型稽古で。

シャロームさんはルアハさんと一緒に宜しくね〜』


 そう言うと忙しいのかヨナは学舎の中に戻っていった。


 ヤーフェも皆と一緒に素振りをするが十回も振らないうちに息切れをする。


『大丈夫ヤーフェちゃん?』


 心配そうにルアハが声をかけて来た。

初めてなのに防具を全て付けて素振りなのだ

すぐに息が上がるのは当然だろうとルアハは思う。


『ありがとう! ルアハちゃんっ!』


 ヤーフェは自分が思ってるよりも軟弱だった事に

悔しさを覚えていた、得意だと思っていた理気術すら上手に出来ないこと。

木剣を少し振っては息切れしてしまう体力の無さ全部が悔しかった。


『おいおい…お姫さんにはやっぱ無理だぜ、

 何にも出来ないんだから家の中で本でも読んでりぁ良いんだよ

 まったく見苦しくて見てらんねぇよ…』


 同じ年次の男子が心無い言葉をかけてきた。


 その言葉に思わず涙が出そうになるヤーフェ。

やはり世間知らずの箱入り娘が剣を振るなんて事は

やるべきではなかった事なのか…と考えた時。


『おい…お前、言い過ぎだヤーフェに謝れ』


 ティクバが割って入って来た。


『はっ…実際、そのお姫さまは何にも

 出来てねぇじゃねーか、だからお前が出てきたんだろ?

それにオメェもオメェだ。剣聖を稽古で打ち負かしたとか

 調子に乗った事言ってんなよ!?』


『それとも何か? 剣聖ってのは

 十一歳の弟に負ける程度だったって事か?』


 きっと実際には何も音はしてはいないだろう

それでもヤーフェには聞こえた気がした。

ティクバの堪忍袋が織が切れる音を。


『分かったよ…

 そこまで言うなら二対二で組手をやろう

 こっちはオレとヤーフェだ

 そっちはお前ともう一人好きに選べよ

 こっちが勝ったらお前はヤーフェとオレに謝れ』


 英雄譚に憧れたヤーフェだったが、

まさか剣術訓練初日に決闘をするとは思っていなかった。

さすがにマズイと思ったヤレアハ達が止める。


『いや…アイツには絶対に詫びさせる…

 それにヤーフェには指一本触らせない』


 止める言葉も聞かないティクバ、

そして怒りのあまり本人は気づいていないだろうが

とんでもなく歯の浮く台詞を吐いている。


 ヤレアハとガルは溜息を吐いて思わず苦笑いを浮かべる。

そして横に居るヤーフェとルアハは

ティクバが無自覚に吐いた台詞に赤面していた。



続けてご覧になられている方、毎度ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ